その後(楽しく?暮らしています)


「太陽は元に戻ったしバーベキューも終わったし……」


 しばらくの間タラッタ国境の砦に留まったのに、深い理由はなかった。

 次の目的は何にしようか、とぼうっと考える時間が必要だったし、何より亀島の近くできちんと太陽が昇るのを確かめたかった。(リルラがさぼったら怒鳴り込みにいってやるとは思っていた。)


 数日間はまた太陽がなくなったらどうしよう、と不安がっていた皆も安心したことから、俺はとりあえず闇の城へ帰ることに決めた。


「帰るか、グリモア」

「良いのか」

「なにが?」

「その……人里から離れるが……」


 正直に言えば、俺は人間があまり好きではない。

 接するのに非常に気を遣うし、出自や出身を聞かれることほど憂鬱ゆううつなことはなかった。仲良くなろうと、軽く「出身どこ?」と聞いてくるセリフほど残酷なことはない。むしろグリモアとふたりの方が気が楽だと思っているぐらいだ。


「別にいいよ。欲しい物あったらソルに乗せてもらって買いに行けばいいしさ。それよか、城の中、好きにしていい?」

「いいぞ」

「やった!」


 あのでかくて立派な城を好きにしていい。これほどワクワクすることはない。



 ――そう思っていた時期が俺にもありましたよね。



「おーわーんーねーーーーーー!!」


 

 まず部屋を整えようと掃除から始めた。


 広い。広い。広すぎる。


「今まではどうしてた?」

「時を止めていた」

「んなるほどぅ~~~~」


 人が出入りするとなると、そうはいかないということで、ホコリまみれ。

 隅から隅まで掃除しようと思うと、一日にできる区画は決まっているし、合間にキッチンで料理をして洗濯して、とやっていたら全然終わらない。


「これ俺ひとり、むり」

「ふむ……メイドを雇おう」

「お金どうする!?」

「金庫に山ほどある」

「は?」

「命を取るのに金を払いたがる酔狂すいきょうな……」

「ああはいはい、聞かない聞かない」


 とはいえ、自ら進んでここで働こうと思うような人は、いないのではないだろうか。


「シン! 頼まれた種を持ってきたぞ」

「おおおおライナルト! ちょうどいいところに」


 聖騎士団長に復帰しないと決めたライナルトは、今のところフリーを満喫しているらしい。

 

「どうした?」

「相談したいことがあってさ。メイドさんとかって、雇えるものかな?」

「ふむ……募集をかけることはできるが、シンは太陽の御子だ。陛下から選定いただいた方が良いだろう」

「うえええ」

「ついでに、執事と護衛も置いた方が良い」

「え!?」

「シンは少し自覚が足りない。太陽神様を顕現けんげんさせるほどの力を持つと分かった以上、シンを捕らえて脅そうと考える者も」

「ひいいいいええええええ」

 

 そう言われてみれば、そうかもしれない。

 太陽神リルラを降臨させたことは――あの時は正解だったかもしれないが、後々のことを考えれば他の手段もあったのかもしれない。


「シンを脅すな、ライナルト」

「シンに危険が及んでも良いのか?」

「わたしがいる」

「人間社会から隔離する気か。シンは、人間だぞ!」

「っ……」


 ライナルトの言うことは正論だ。

 けれどグリモアに対しては、なぜか攻撃的になるのも感じていた。

 

「ライナルト、グリモアにそんなきつく当たるなよ」

「……すまぬ」

 

 俺は、ふと思いついた。

 きっとライナルトは俺のことが心配なのだ。ならばいっそのこと雇ってしまえば良いのではないかと。


「なあ、ライナルトって今フリーだろ?」

「ふりぃ?」

「あーと、どこにも属してないってこと」

「ああ」

「太陽の御子の、護衛長になるってどう? 退屈かもしれないけっ」


 言い終わる前に、ぎゅうううと抱き着かれた。ついでに、耳にもすりすりされている気がする。


「ありがとう! シン! そうなりたいと願っていた!」

「おおぅ……」


 太陽神殿が解体され、敬虔な信仰心と剣の腕を持て余した元聖騎士団長を、どうしたらよいのかは俺もずっと考えていたことだ。


「あんまり誇りを持てるようなあれじゃないかもしれないけどさ」

「何を言う! これ以上ない名誉だっ!」

「はは、ならよかった」


 ぽんぽん、と落ち着けというように背中を叩くと、ばっと体を離してとても嬉しそうな顔をされた。

 それからライナルトが俺の目の前にひざまずくのを、戸惑いの気持ちで眺める。


「太陽の御子様に、わが身一生の忠誠を捧げます」

「おっも……! いやうん、ありがとう」


 頷くと、おもむろに取られた左手首の裏に――太陽神の印がある場所だ――軽くちゅっとキスをされる。

 

「んあああああ!?」

 

 並みの乙女なら、一発陥落の胸きゅんなナイト仕様イベントだろうが、俺は普通の男だ。しかもキキキキスなんて誰にもされたことない(動揺)。


「おい! 調子に乗るな」


 呆然とする俺の背後から、グリモアが羽交い絞めにしてライナルトから無理やり引き剥がした。

 

「乗ってなどいない。儀式だ」

「っ……必ず守れよ」

「太陽神リルラ様に誓って」


 あれに誓うのかあ、と『フリフリミニスカボクっ娘神様』を思い浮かべたのは、許していただきたい。


「えーとありがとな、ライナルト。お給料は要相談ってことで」

「いや私には領地があるから、特に困っていない」

「リョウチ、アル……?」

「ああ。こう見えて伯爵位だ」

「え、はくしゃく……お貴族様だった?」

「不都合でも?」


 質問に質問を返すのはよくない。けれど、「国王と直接話すには相応の身分がいる」と言っていたなと思い出す。ライナルトにはその身分があるから、タラッタの国王や騎士たちが敬意を払っていたということか、とようやく納得した。


「いきなり高貴な人間を部下にしてしまうこの微妙な気持ち……」

「高貴でもない。今まで通りにしてくれ」

「ちょ、とまて」


 ということは。


 異世界召喚した一般人(と思われていた)の俺を、ただの責任感だけで聖騎士団長を退任して追いかけ、死神の城まで来て強引にパーティ入り。

 挙句の果てに、旅の過程で魔獣と戦って殺しまくり、敵対国の国王と接見し、未知の魔獣と戦って他国の騎士を圧倒する武力を誇る。さらに命がけで『太陽の御子』へ祈りを捧げて殺されかけたのが、伯爵でただの俺の護衛長に喜んでなるって言う――


「サイコパスッ!!」

「さい?」


 首をひねりながら微笑むライナルトが、これほどまでに恐ろしい存在になるとは思わなかった。

 

「むりむり! こわい!」

「……忠誠の儀式は、反故ほごにはできん」

「ぎやああああああこわいいいいいいい」



 ――闇の城に、男の悲鳴が響き渡った。




 ◇

 



「妖狐の能力って、あの時だけだったのかなあ」


 ライナルトの紹介で、身元のしっかりした執事やメイドが住むようになり、生活が安定したころ。

 俺はキッチンで軽食のサンドイッチを作りながら、改めて自分の能力と向き合っていた。


 耳が良い、ジャンプ力がすごい、のは分かる。

 精気を吸う、はタルタロスの時だけだった。化けるのも。

 あとは、たぶらかす。


「もしかして、ライナルトに使ってないよな? 俺」

「何の話だ?」

「わっ」


 顎を上げると、グリモアの赤い目が、上から覗きこんでいた。

 いつの間にか、背後から俺の料理を眺めていたらしい。

 

「俺の能力ってなんなのかな~って」

「ふむ」

「前の世界ではさ、妖狐っていう魔物がいて。俺の家はその血を引いてるって聞いたことがあるんだけど」

「ほう?」

「その魔物にはさ、『たぶらかす』……つまり人を誘惑したりだましたりする能力があるんだ」

「それをライナルトに使っているのではと?」

「うん」


 前の世界から持ち込んだイースト菌は、大切に増やしているおかげでいつでもパンを焼けるようになった。

 一晩冷所で寝かせたタネをこねて、鉄のフライパンに並べる。両面を焼いて、ベーコンとトマトとレタスを挟もうと思っている。マヨネーズは、卵と塩とお酢、それからオリーブオイルを混ぜた手作りだ。

 

「くくく」

「え、笑ってる!?」


 もう一枚のフライパンでベーコンを焼いていると、後ろから耳にすりすりされた。


「そんなもの、使ってないぞ」

「そう?」

「シンがたぶらかしているとすれば、この耳と尻尾でだ」

「っげえ! やっぱモフモフかぁ」


 確かに、隙を見ては触られている気がする。

 ペット気分で慣れたけれど。

 

「この柔らかさと温かさは何物にも代えがたい」

「へえへえ」

「だがそうだな、シンの能力を知るのも、大切なことだ」

「だろ?」


 グリモアが、俺の頭頂に鼻を埋めてぐりぐりしながら言った。


「……また、旅をするのも良いな」

「!」

「ヒューリーは政情不安が払しょくされていない。そのせいか、魔獣退治がままならないと聞く」

「もしかして、エミーが困ってるんじゃないのか?」

「そうかもしれん」


 母の支えになりたい、と王城に戻ったエミーは、王女であるせいかなかなか連絡が取れなかった。

 

「俺がさ……その、太陽の御子として各地を回ったら……みんな元気になるかな」


 太陽神殿のことは、ヒューリー国内に暗い影を落としている。

 もう太陽神の恩恵を受けられないのでは、と王国民が不安がっているのは想像にかたくない。

 

「激励訪問、みたいな。そしたらグリモアの評判も良くなるし」

「わたしのことまで考えるのは、シンらしい」


 ちょうど、廊下から足音が聞こえてきたので、呼んでみる。


「ライー! サンドイッチ食べるー?」

「食べる!」


 早歩きでキッチンに入って来た護衛長に、俺は笑いながら言った。


「それ食ったら、相談!」



 

 ◇




 太陽の御子を演じるため、グリモアは俺の耳と尻尾を隠すこと、ライナルトは髪色を赤く染めることを提案した。

 だから今の俺は、あのボクっ娘太陽神リルラと似たような色になっている。


 服装も、パーカーとデニムから、こちらの世界風に変えた。

 ベージュのチュニックにトラウザ、ロングブーツ。腰には革ベルトに大きなナイフを下げている。

 上からはフード付きの茶色いマントで、一般的な旅人の格好で目立たなくした。両手首には常に、印を見られないように布を巻いている。


 そうしてやってきたのは、とある山間やまあいだ。

 目の前の森に、武装勢力が息を潜めているのが聞こえ、足を止める。

 

「んあああそうだよね、なんで国がヒューリーとタラッタだけって決めつけてたんだろ俺ぇ」

「資源がなければ、奪う。蛮族が考えることだな……森の王国と言われるだけあって、農作物が豊富なこの土地は、昔から狙われていたのだ。それを太陽神殿が聖地たる権威でもって守っていた」

「うんうん、それ潰したの俺だね。知ってる。そりゃエミーも言えないわけだわぁ」


 ヒューリーは、南は海洋王国タラッタと接しているが、西は鉄の王国ロアイと接している。

 太陽が隠れ沈黙していた、鉄鉱山と鍛冶が盛んな国は、恐らくヒューリーの食糧と木材を狙っているのだろうということだった。鍛冶には火が必要だ。


「平和解決、したいなあ」

「それは向こう次第だろう」

「同意する」


 珍しく、元死神と元聖騎士団長が同じ意見だ。


「えーっとどうしよっかな」


 うーんうーんと両腕を組んで考える。


「あんまりこう、『太陽の御子である!』的にはやりたくないんだよね」

「はは。シンらしい」


 ライナルトが微笑む一方で、グリモアは視線を鋭くする。


「わたしが出て行こう」

「え」

住処すみかを荒そうというのなら容赦しない」


 グリモア、結構怒ってる?


「ああいう武力にすぐ頼る連中には、物理的でわかりやすい脅威が必要だろう」

「あーっとグリ……」


 止める前に、もう出ちゃってた。


「その方ら、鬱陶うっとうしいぞ」


 禍々しい黒いオーラを出しながら、赤い目をこれでもかと光らせながら。

 徐々に近づいてくる真っ黒なローブを着た存在が、両手の中に黒い渦を作り始める。その様は、完全に死神――



「ちょちょちょ、グリモア!? 死神に戻っちゃってるってば!」



 慌てて飛び出した俺、必死。


 

 ――お世話係は、まだまだ必要なようだ。

 

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妖狐の血を引く俺は、死神のお世話係 ~御子召喚されたけど、追放されてモフモフ要員になりました!?~ 卯崎瑛珠@初書籍発売中 @Ei_ju

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