4話 変な死神



 正面扉も、グリモアが近づくと勝手に両開きに開いた。


「コッチダ」


 それからまた、一方的にパタパタと飛んでいく。


「ちょ、待ってくれ~」

「ワカッタ」


 素直に速度をゆるめたグリモアに向かって、俺は思わず目をぱちくりさせてしまった。


「優しいな、グリモア」

「……」


 少しゆっくり飛ぶようになった黒いスライムは、それから一言も喋らなくなった。


「グリモア?」

「……」


 気づくと、立派な彫り細工のされた木の扉の前で止まっていた。その扉はギギギと音を立てて、また勝手に両開きに開いていく。

 

「うわあ」


 中は、広いダイニングルームのようだった。壁際に立派な暖炉があり、中央には背もたれの高い、いくつもの椅子が並べられた長テーブル。

 大きく取られた窓が並び、それぞれに重そうなカーテンが付いていて、その間の壁には照明のための燭台しょくだいが等間隔につけられている。


 部屋に入っていくと、その燭台の上のろうそくに火が、順番にボ、ボ、と点いていく。

 最後に、天井から下がっている巨大なシャンデリアに、一斉に火が入った。


「うおおおおお」

「スワレ」

「えっ」

 

 座れと言われても、マナーなどは全く分からない。とりあえず暖炉に一番近い、廊下側の椅子に決める。

 単純に、入った扉から一番近かったからだ。

 

「わかった」


 背中からバックパックを下ろし、カバンと一緒に左隣の椅子の足元に置く。

 それからゆっくりと腰かけると、行動を見守っていたグリモアがパタパタと飛んで――目の前の椅子の上で、ボン! と黒い霧を出した。


「うえっ!?」


 その黒い霧は、みるみる人影のようになっていく。


「うええええええ!?」


 そして黒い人影は、やがて俺と同じような人の形になり、優雅な仕草で向かいの椅子に座った。


「はいいいいいい!?」

「……」

「え? え? グリモア!?」

「ああ。グリモアだ」


 長いストレートの黒髪に、黒い眼球の中の赤い目。真っ白な肌に、ぎざぎざの歯。長身のわりに体の線は細く、今にも消えそうな存在感だ。


「はえええ。言われてみれば、グリモアですねえ」

「……シンは、キツネの魔物か?」

「あ、いえ、人間なんですが」

「ふうん」

「あの、死神はどこに……」

「?」


 ぐりん、と首を傾げるグリモアを、ちょっとかわいいと思ってしまった。


「ああいや、なんか闇の城に追放されるってことは、死神に命を捧げること、らしくって」

「わたしを殺すか?」

「は!? 殺さないよ!」

「なら、死ぬ必要はない」

「えええええ?」


 俺は、一気に肩の力が抜けた。


「ちょっと話が違いすぎて」

「ヘルディナは、昔から頭が固い」

「へるでぃな?」

「赤い髪の偉そうな女」

「ああ、女王様のことかぁ。ヘルディナって名前だったんだ」

「……」

「あ? てことは、俺、どうしたらいいの!?」

「死にたいなら、命を吸ってやることもできるが」

「いやいや、いやいや! え? グリモアが?」

「ああ」

「命、吸うの!?!?!?」

「? そうだが」

「グリモア!」

「なんだ」

「グリモアが死神!?!?」


 グリモアは一瞬絶句した後、眉間にしわを寄せた。


「違う、と言いたいが。人間いわくは、そうらしい」

「うーわあ」

「その気になれば、万物に死をもたらせるからな」

「うおおおおおおぅ」

 

 それってやっぱ死神じゃん、のセリフはかろうじて飲み込む。


「あのー俺、できれば死にたくないんですけど」


 でも怖いので、敬語になるのは許して欲しい。


「ふむ……」


 それから、しばらく沈黙した。

 素直にうん、と言ってくれたら良いのに、何かを考えこんでいる。ものすごく、怖い。自分の命を目の前の存在が握っている、なんて経験、したことないんだ。どういう心構えでいたらいいんだ。これ以上無言なら、俺、泣くぞ。


「条件、というか。わたしを手伝う気は、あるか」

「え!?」


 びく! と体ごと飛びあがってしまった。予想だにしなかった提案だったからだ。


「断ったら?」

「命をもらうことにしよう」

「断れないですね!」

「なに、難しいことではない」


 グリモアは、テーブルの上に両肘を突いて手を組み、俺をまっすぐに見つめてきた。

 赤い瞳が、恐ろしい。けれども口調が穏やかなので、引き寄せられるように見てしまう。

 

「旅を、したいのだ」

「旅ぃ!?」

「ああ。今、外が暗いのは太陽神リルラが隠れてしまったせいなんだが」

「はいはい、そんなこと言ってましたね!」


 ライナルトが教えてくれた時に、あま岩戸いわとみたいだなって思ったからちゃんと覚えてる。


「わたしが、会いにいかねばならない」

「は? その、太陽神、に?」


 グリモアが、太陽神が隠れた岩の前で踊るのを想像――できなかった。

 

「そうだ。だが道が分からぬ……」

「俺も分かりませんけど!」

「……その、人に聞きながら……」

「あーはいはい! って俺、この耳と尻尾があるんで」

「わたしの力で、隠すことはできる」


 俺は頭の中で、色々なことを考えようとした。

 けれども、断ったら死ぬから。考えるまでもない。

 なにせ、グリモアはちゃんと会話ができる。呼び出したやつらよりもよっぽど理性的だ。


「んじゃ、いきましょう! 旅!」


 ガタン! と拳を握って立ち上がったら――盛大にぎゅるるるるると腹が鳴った。ホッとして、空腹を実感してしまったからだろう。


「うあー、腹の虫鳴ったー」

「? 腹の中に何かいるのか?」

「いません!」

「だがすごい音が」

「腹が減ったら、鳴るんです!」


 ふむ、と言いながらグリモアも立ち上がる。俺より頭一つ分くらいは身長が高い。百七十二だから、百八十五くらいか?


「勝手に人間が置いて行ったものがあるが……」

「え! 食い物もありますか!?」

「わからん。適当に放り込んでいる」

「どこですか!」


 言いながらグリモアに歩いて近づいていくと、赤い目がぱちぱちと瞬いた。髪の毛に隠れていたが、耳の先が少し尖っている。本物だろうか。触ってみたい。


「……ついてこい」


 グリモアは、今度は人の姿のままで歩き出した。大司祭のおっさんとよく似たローブ姿だが、黒色で装飾もない。裾も袖も長くてダボダボしているのに、颯爽と動いている。足の長さが違いすぎて、やっぱり追いつくのが大変だ。


「速いか?」


 それに気づいてくれて、歩調がゆっくりになった。

 

「! やっぱり優しいな、グリモア」

「……」

 

 それからまたしばらく、無言になった。

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