5話 とりあえず、食おう


「ふおおおお食い物があるうううううう」

「……」


 連れて来られたキッチンの奥にあるパントリーは、きちんと密閉されていて、ざっと確認したところ腐っているものは少なかった。

(扉を開けた瞬間、ねずみや虫が何匹か走っていったが)


「根菜とイモは大丈夫そうだ。干し肉もあるじゃないか!」

「……食うのか?」

「いいの!?」


 質問に質問を返すのはよくないが、グリモアはコクンと頷いた。


「そこも、好きに使え」

「え!?」


 細くて長い指で指した場所は、さっき通り過ぎたキッチンだ。


「わたしには不要なものだ」

「助かる! サンキュ……ありがとう!」


 俺は思わずグリモアに駆け寄って、宙に浮いていた手を握った。ひんやりと冷たい。


「つめた! そういや、太陽ないなら寒いよな。この材料ならポトフ作れる! 食えば体あったまるから」


 材料を両腕で抱えると、キッチンにある作業台の上に並べてみる。ナイフや小鍋は持ってきたバックパックの中にある。問題なく作れそうだ。

 

「……シン」

「なに?」

「ぽとふとはなんだ」

「野菜のスープ。って、ここで火はどうやって使うの? 水はどこ?」

「ふむ……」

 

 グリモアは、興味深そうに俺の背後から観察していたのをいったんやめ、真っ黒な石作りのIHヒーターのようなものの前に俺を導いた。


「これは魔導コンロと言って、魔石で動く。ここに手をかざすと、熱くなる。止める時は、ここに手をかざす。まきのオーブンは、そちらだ」

「ほお。熱さの強弱はどうやる?」

「?」

「あー、おけおけ……色々試してみるわ」

「おけ……水は……井戸。そこの扉から出れば良い。すぐ近くだ。薪小屋まきごやも同じ場所」


 そうか、オーケーは通じないのか。おけと勘違いされたのも、なんだか可愛い。

 

「はは! 井戸水なら煮沸した方がいいな。わかった。道具取ってきていい?」

「いいぞ」

 

 ダイニングまで戻る俺の背後を、グリモアは黙ってついてくる。

 

「どっか座って待ってていいぞ?」

「……」

「見ててもいいけどな。あ、これ持って?」

 

 ダイニングに置いてあった荷物から取り出した、調味料の入ったケースを渡すと、こくんと頷く。

 あまりに素直で無害すぎて、グリモアが死神なのを俺はスコンと忘れていたらしい。

 

「……シンは、わたしが怖くないのか」

「え? あ! 忘れてた!」

「っふ」


 ――グリモアが、笑った。死神も笑うんだな。うっかりまた可愛いとか思ってしまった。


 


 ◇




「シンは、よく動く」

「あ~。ボケたばあちゃんと暮らしてたからな。人を世話すんのは慣れてるってか、身についてる」

 

 キッチンでせかせか動く俺を見ながら、グリモアが淡々と言う。

 死神の目の前で料理をするのは、自慢じゃないが人生初だ。


「ボケ?」

「うん。人間は年を取ると、記憶を忘れたり、言動がおかしくなることがあるんだ」

「年と記憶が、関係あるのか?」

「若くてもなる人もいるけど。大体は、年寄り」

「ほう」


 なんだか湿っぽくなった。話題を変えよう。

 

「キャンプの準備してたから、調味料もあってよかった~」

「?」

「あー。ひとりごと。うん」


 塩・コショウ・オリーブオイル・ハーブ入り岩塩、それから醤油しょうゆ。これらは絶対持ち歩くようにしていた。

 コンソメがなくても、野菜の甘みと干し肉と醤油で十分。ざくざく切った玉ねぎとなんかのイモ、それから人参――ぐつぐつ煮込む間に、血抜きして天井からぶら下がっていた鳥を解体する。


 まるっとさばいてハーブ塩を振って、キッチンに置いてあった鉄皿に乗せ、薪オーブンの炉内に放り込むだけの簡単料理だ。

 

「あ~パンが欲しい~~~~」

「パン……とは?」

「ちょっとまって。もしかしてグリモアって……飯食わない!?」

 

 ここまで勢いでやってきてから、はたと気づく。


「食べたことはない」

「まじかあ」

「だが、良い匂いだ」

「まじか!」


 匂いが良いと感じるなら、うまいと感じるはずだ、と俺は気を取り直して鍋の様子を見る。


「これ、マセキって言ってたけど、便利だな」

「魔力のこもった石で動く」

「でもオーブンはまきなんだな」

「魔石は貴重」

「なるほど!」

 

 グリモアが、さっきから俺の背後で何か言いたそうにしているので、促してみた。


「なにか聞きたいこととかあるなら、答えるぞ?」

「いや……人間は大変だと初めて知った。腹の中にはなにかがいるし、ボケるし、これだけの手間でなにかを作る」

「いや、なにもいないってば」

「腹の虫と言っただろう」

比喩ひゆだよ、比喩」

「ひゆ? まあいい。とにかく、そんな手間をかけて一日何度食べるのだ」

「二回か三回かな」

「毎日?」

「できれば、ね」

「ふむ……そうやって命を維持するのだな」

 

 改めて言われると、大変だな人間って。


「それをわたしは一瞬で奪う」

「!」


 ばっと振り返った俺は、グリモアとばっちり目が合った。

 黒い眼球に赤い瞳。異様であるのに、なぜかもう受け入れている自分がいる。

 

「それも、初めて知った」


 言葉は淡々としている。

 が、俺にはそれがグリモアの嘆きに聞こえた。だから、なるべく明るい声で言う。


「そろそろ、できるよ。初めての飯、楽しんでくれ! えーっと、皿はどこだ?」

 

 

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