3話 追放先は、ヤミノシロ
「着いたぞ。降りろ」
馬車の扉が開いて、付き添いの騎士にぶっきらぼうに言われ、素直に降りる。
どのくらい走ったのかは分からないが、軽く数日は経っている感覚がある。太陽が昇ることはなく、ずっと真っ暗なので、あくまで感覚だ。
粗末な木の馬車はベンチも固く、よっぽどシュラフを出そうかと思ったが……取り上げられたら嫌だったので、バックパックを抱き枕に、もたれるようにしてやり過ごした。
もちろんまともな食事はしていないので、腹はギュルギュル鳴る。少しは気遣われたのか、監視の元、森の中でトイレをしたり水と軽食(すごい硬いパン?)を与えられたりしつつ、また馬車に戻るの繰り返しだった。派手に揺れる硬いベンチの上でストレッチや筋トレはしていたものの、わずかな時間でも歩く時間は、大切だ。
途中では何度か魔物に襲われたが、さすが騎士たち。剣で撃退していたけど、俺は馬車の中で震えていただけだった。
というか、ここで俺のことを捨てれば、危ない思いをしなくて済むのに? と試しに言ってみたら、死神に捧げるのが任務なんだそうだ。わざわざご苦労なことで。
顎を撫でると、無精髭が結構伸びている。その感覚的にも、やはり数日経っている。
「んで、ヤミノシロってどこなんです?」
青ざめた顔の騎士のひとりが、無言で指さすのを目で追う。
だが眼前には、
中からは、ギャッギャッギャとか、ホトトトトトとか、よく分からない鳥か獣かの声がする。
「え、この中ってこと?」
「晴れていれば、塔の屋根ぐらいは見えるのだが」
「まっすぐ進めばいい。われらが付き添えるのは、ここまでだ」
「ええ!?」
突然ほっぽり出されるとは思わなかった。
「すまない……」
「……」
数日接して、結果俺に害がないと分かったのだろう。
本当に申し訳なさそうな顔をさせるのが、逆に申し訳なかった。
「しょうがないすよ。俺ね、元の世界では親に捨てられたんです。だから捨てられ慣れてるっていうか?」
幸い一時養育をしてくれた施設は良いところだったし、近所のボランティアで空手を教える良いおじさんとも出会えた(師範と呼べって怒られたけど)。高校生からはバイトして、ボケた祖母も見送れたし就職もできた。彼女はできなかったけど。
馬車で揺られる間、覚悟を決めたつもりだ。
「送ってくださって、ありがとうございました。無事に帰ってくださいね」
騎士ふたり、大号泣である。泣きたいのは、こっちなのに。
俺はバックパックを背負い直すと、騎士たちに背を向けた。
かっこつけないと、やってられない。だって、少し先は視界が効かないぐらい、暗い。
「魔物に食い殺されるのだけは、嫌だな~」
大きな独り言を言いながら、踏み出した。
◇
森の中のけもの道を歩くのは、慣れている。キャンプが趣味な俺は、時々山にも登っていたからだ。
とはいっても装備が必要なところではなく、あくまでハイキング。
「トレッキングブーツなかったら、やばかったな」
ゴロゴロ転がっている石や、木の枝が多い。
間違いなくケガをしていただろう。
「うお、暗い! 前見えないな……しゃあねえ」
かろうじて道だろうと思われるところを歩いてきたが、限界が近づいてきている。
バックパックから、LEDランタンを取り出した。バッテリー搭載の充電タイプで五十時間は使えるが、なるべく節約したいため出していなかった。
「すぐ死ぬんなら、節約もクソもないけどな~」
持ち手がカラビナになっている、プラスチックボトルのようなデザインのそれを、バックパックの肩ベルトに下げる。
早速スイッチをオンにすると、問題なく光り安心した。
「うし、
――ランタンが周囲を明るく照らすや否や、目の前にパタパタと何かが飛んでいた。
「ええええええまものおおおおお!!?!?」
「チガウ」
まん丸で真っ黒なスライムのような質感のそれは、両手で持てるくらいの大きさで、体のほとんどが一つ目。眼球部分が黒く、瞳が赤い。
それがパチパチと瞬きをしていて、丸の真横からはコウモリのような羽根が生えている。しかも喋ると、体の下半分が裂けるぐらいの大きな口で、ギザギザの歯が見える。
「しゃべったああああああああああ!? うおおおおこわいいいいいい」
「オマエ、ダレダ」
俺の叫びを無視して、そいつは淡々と喋る。おかげで少し理性を取り戻した。
「え!? えっと、
「キクモ……」
「シンです! シン!」
「シン。ナニシニキタ」
「俺が聞きたいよ……太陽神殿の大司祭のオッサン? に御子召喚? とかで無理やり別世界から連れてこられて、御子じゃないならヤミノシロに追放だって」
「ソウカ。ツイテコイ」
「えっ」
そいつは、くるりと方向転換をして背を向けると、バサバサと前方へ飛び始めた。
意外と速い。俺はそれに、早歩きでついていく。
「……おまえは?」
「ナンダ」
「誰なんだ?」
「グリモア」
「ぐりもあ? 魔術書みたいな名前だな」
「マホウ、デキルノカ」
「いやいや。厨二病を患った時にちょっと興味があっただけ」
「チュウニビョウ?」
「改めて言わないで!」
バサバサ飛んでいたグリモアが、振り返った。
「ツイタゾ」
「え? お、おぅ……うええええ」
闇の城という形容にふさわしい、真っ黒で身長の三倍はある鉄柵に囲まれた城が目の前に現れた。
濃い灰色の石造りで、庭園には枯れ噴水と枯れ木しかない。窓から漏れる明かりすらない。
「ここに、死神住んでる?」
「スンデル」
「ひとりで?」
「ヒトリ」
「……まじか。こんな広いのに」
グリモアが門にパタパタと近づくと、勝手にキイィと大きな門が開いていく。
大きな建物に、大きな尖塔を一つ持っていた。騎士が言っていたのは、これだろう。
「うおーすげえ。ノイシュヴァンシュタイン城みたいだ」
「ノイ……?」
「あ、ひとりごとです」
この妙な生き物のおかげで、俺は殺されに来たということをすっかり忘れ、のほほんと門の中に入っていったのだった。
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