2話 勝手に呼んで、勝手に追放


「どうか、待たれよ!」


 暴れる神官のおっさんを必死に止める聖騎士ライナルトの背に隠れた俺は、突然周囲の人間たちが動きを止めてこうべを垂れ始めたのに気づく。

 

「騒々しい」


 凛とした女性の声が、マイクでも使っているのかと思うぐらいに響き渡った。


 ライナルトが、ばっと右手を左胸に当ててひざまずく。俺の頭の中は現実をまともに受け入れられておらず、彼の背中の真っ白なマントが、床でぐしゃぐしゃになっているのが気になって仕方なかった。


「……おもてを上げよ」


 全員が姿勢を正す中、恐る恐るライナルトの背中から顔を出してみる。


「うぁ」


 彼女の姿を目で捉えた瞬間、変な声が出た。

 

 真っ赤な髪を結って頭に王冠を乗せた、ドレス姿の女性が、青くて冷たい目で遠くから俺を見下ろしていたからだ。

 美人なのはもちろんだが、只者ではない威圧感がある。


「なんだ、御子みこと相まみえるのを期待しておったのに。魔物もどきか」

「女王陛下っ! これは」

「大司祭。言い訳は良い」


 うん、また勝手に話が進むぞ。

 温厚な俺でも、いい加減キレていいよな。


「あの! さっきから聞いてれば! 人のこと魔物もどきってなん、なんですか!?」


 キレたけど、オーラに圧倒されて敬語が出た。

 

「無礼な!」

 

 それでもますますぶちギレる大司祭のおっさんは、そろそろ頭の血管が切れそうになっている。

 すると聖騎士団長のライナルトが、ひざまずいた姿勢のまま声を張った。


「陛下。この者が異世界から参ったことは確かでございます。人間か魔物かはさておき、無礼につきましてはお許しを」

「ライナルト。余はそこまで狭量きょうりょうか?」

「滅相もございません。浅はかな進言、お許し願いたく」

「良い。そこの者」

「……はい」

「そちの世界は知らんがな。余の世界で

「は!?」


 慌てて頭頂と、腰のあたりを手で確かめると――ふわりとする何かがある。


「はあ!? ……あっ!!」


 電撃のように、記憶が蘇る。

 残念ながら、思い当たる節があった。

 

 田舎で少しの間一緒に住んでいた、亡くなった祖母が自慢げに言っていたのだ。『しんちゃん。菊守の家はね、妖狐ようこの血を引いてるんだよ』と。

 

 昔話にしたって荒唐無稽こうとうむけいすぎたし、ボケてるし、へえ俺ん家ってすごいんだね~と適当に流していた。

 

「まーじかぁ……」


 鏡で見るまでもない。太くて薄茶色でふわふわの尻尾を、自分で引っ張って見ることができたからだ。引っ張られた感覚もある。本当に、自分から狐の尻尾が生えている。

 先ほどの大司祭が唱えた呪文で、妖狐の血が顕現けんげんしたのか? なんてファンタジー世界っぽく考えてみる。

 缶チューハイをちびちび飲みながら、ダラダラアニメを見る。そんな日常に帰りたいが……こうなったら、もう無理か。

 

「いやでも、生えてるだけで、普通の人間なんですってば!」

 

 手遅れかもしれないが、主張はしておく。 

 だが女王の海の底みたいな冷たい青い目は、明らかに拒絶している。


「……太陽の印は、あるか」

「なんですかそれ!?」

「体のどこかに、それと同じシルシがあるはずだ」


 す、と指さす先は床に描かれた円の真ん中。

 立ち上がって模様が見えるようにと歩くと、太陽がぼうぼうと燃えているようなシンボルマークが描かれているのが分かった。


「ええと……」

「全身くまなく検分けんぶんせよ」

「ここで!?」

「ライナルト」

「っ……」


 苦渋の決断、という表情で聖騎士団長が優しく背中のバックパックを下ろさせると、俺の部屋着に手を掛ける。

 

「うっそだああああああああああ」


 味方だと思ってたのに! ひどい裏切りだわっ!

(動揺しすぎて、なぜか心に乙女が降臨した。)

 

 恨みのこもった目で見上げれば、水色の瞳が潤んでいる。小さく「すまない」と言われた。銀髪って現実で見るとそんな感じなんだな。右のもみあげだけ長く伸ばして三つ編みにしてるのは、なにか意味あるの? にしても、精悍な顔つきだなあ、モテるんだろうなぁと、現実逃避に必死になっている間に――下着まで全部脱がされた。


 こいつ、紳士かと思いきや脱がすの手慣れてるぞ! なら、俺の敵だ! 自慢じゃないが、大人になってから誰かの服を脱がせたことなんて、ないからな! 脱がされたのも、ハジメテなのっ! くそ、また謎に乙女になっちまう!

 

 

 ――かろうじて大事な部分は、脱いだ衣服で押さえてくれ、そこを確認したのはライナルトだけだった。

 

 

「恐れながら……」

「無いのだな。ならば、不要である」


 言い捨てると、女王は表情一つ変えずに広間を出て行った。

 

 それを見送った後で、この場にいる全員が、日ごろの恨みを全部こめたような目で俺を見る。さすがに傷ついていると、真っ赤な顔色を通り越して梅干し色になった大司祭が、ぶるぶる震えながら、言った。


「闇の城へ、追放する!」



 ヤミノシロ、って耳で聞いてみてよ。絶対意味分からないから。

 


「っ……すまない、シン殿。私には止める権限が」

「あのさ、今気づいたんだけど」


 俺は、とりあえずズボンを履いて、カバンから取り出した靴下とブーツを履く。つくづく、キャンプの準備中で良かった。

 スウェットのネック部分に頭を通したら、慣れてないからか狐の耳? が少し引っかかる。それをそっと手助けしてくれるライナルトは、多分良い奴だ。


「あいつら、名乗ってすらいねえ!」

 



 ◇




「うわ、真っ暗。夜?」


 ライナルトに連れられて神殿(太陽神の神殿のうちの一つらしい)を出ると、外は真っ暗だった。

 異世界の空気は、どこからか草花のような匂いがして、地面が土のせいか埃っぽい。

 現代日本と違い、照明も街灯もないせいだと思っていたが、違うようだ。

 

「いや、これでも昼間だ」

「え!?」


 見上げると、雲ひとつない夜空が広がっているように見える。星は見えないが、一面濃い灰色のような空だ。


「太陽神というからには、太陽があるのかと」

「普通ならな……だが太陽神リルラ様が、ここひと月の間お隠れになってしまった」


 ライナルトは、俺をどこかへ案内しながら、深く深く溜息を吐いた。


「その原因が、死神にあるのだと教会は言っている。そしてその死神を倒せる唯一の存在が、御子みこ様なのだと」

「あ~。だから召喚の儀式をしたってわけですか」

「話が早い。シン殿の世界にも、そういうことがあるのか?」

「えーとまあ、それなりに……」


 名前で呼んでくれた真剣なライナルトに向かって、作り話だけど、とは言えなかった。

 

「あ!? んじゃさっきのヤミノシロってつまり」

「死神の住む城だ」

「まじかよーーーーーっ!!」


 気づけば眼前に、鎧を着た人間がふたり立っている。腰にはごっついさや入りの剣。背後には、馬二頭が引く馬車がある。


「えっこれ、無理やり乗せられるやつぅ!?」

「すまない、私には」

「逆らえないんでしょ……女王様怖そうですもんねえ」

「っ、頼むから逃げようなどと考えるな。外には、魔物が出るのだ」

「魔物って……げげげ」


 持ってきた荷物を持って行ってもいいのは、良かったかなあとぼんやり考える。

 いくら空手の心得があっても、剣を持った複数の人間や魔物に、勝てるわけがない。ましてや、見知らぬ異世界だ。土地勘も金もない。

 

「死神って、やっぱり怖いですか?」

「わからん。出会った者は……即死と伝わっている」

「いやっほーう」



 召喚されて、あっという間に追放、しかも死亡フラグ付き。



「これで俺の人生、終わるのか~……」



 実感のないまま、馬車に乗せられる。

 悲しそうなライナルトに、見送られた。

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