19話 太陽の御子
ぽかぽかと暖かな光が、頬に当たっている。
あ~よく寝たなあ。そろそろ起きて片付けでも始めるか~。
趣味のキャンプから都会に戻るのは、いつも
養護施設育ちで親がいないと分かると、ガードマンの同僚や先輩たちは決まって同情の目を向ける。
「まあ、平穏に過ごせば定年までいられるからさ」
「夜勤キツイけど、手当は出るしな」
「高卒でも働けて幸せだよ」
俺を慰めようと様々な声を掛けられたけれど、ごめん、どれもしっくりこない。
俺は俺が当たり前だから。人と比べると落ち込むこともあるけれど。そんなに哀れなことかな? とも思う。
むしろそういう声を聞く方が、俺は不幸なのかな、人と違うのかなと思ってしまう。
だから、自然の中に居るのが好きだった。
誰もいない穴場の川辺や、山の中に寝転がって、太陽の光を浴びる。
それだけで心が洗われて、また一週間を頑張れるのだ。
まるで太陽が、俺を浄化してくれているような――
◇
「……ン! シン!」
誰かが、呼んでいる。
「……ン! シン!」
そんな、必死に呼ばなくても。俺はどうせ、ひとりぼっちだ。
「……ン! シン! 起きろ! 起きてくれ!」
「しんーーーーーーーーーっ」
「グリモアを! 解放するのだろうっ!」
「おきてえええええうわーーーーん」
グリ……?
「あやつは、シンじゃないと! 無理だぞっ!」
「っは!」
思わず、笑った。確かに。
「シン!」
ぼやけた視界の向こうに、水色の瞳があった。
「はは。いつも……だ」
何度かまばたきをすると、心配そうに覗き込んでいるライナルトとエミーの顔が見えた。
「シン!?」
「この世界で、目が覚めるとさ……絶対ライの、目がある、んだよな~……」
「っっ」
がばりと上から覆いかぶさるように抱きしめられた。鎧は着けていないけれど、力が強すぎて痛い。分厚い胸板が、すごい。俺も少し鍛えてる方だけど、こうはなれないな。
「いだだだ」
「無事で! よかったっ!」
男に抱きしめられると、ものすごい力強くてがっしりしてて、なんていうか、トキメくね?
「ふは。また、乙女なった……」
「おとめ??」
不思議な顔をしながら離れるライナルトと交替するかのように、エミーが俺の腹に顔を乗せるようにして「ぼすっ」と突っ伏した。
「ふぐっ! おい、エミー……」
どうやら気絶しているようで、呼んでもぴくりとも動かない。
「すまぬ。一晩中祈りっぱなしだったのだ。安心して気が抜けたのだろう」
「え……あ? 呪いのナイフ、どうなっ……いでで」
完全に覚醒すると、体中のあちこちが痛い。おまけに、腕も上がらないぐらいに、疲弊している。
「殿下が祈りで浄化してくださった。かなり無茶をされた……」
「そういうライも、傷だらけじゃん」
見える範囲だけでも、頬や首に切り傷と、打撲痕がある。
「私のは、大したものではない」
「そう? ライってすげえのな~! 最後のとか、まじかっこよかった」
「っ」
ぽたり、とライナルトの水色の目から雫が落ちてきた。
「なんだよ」
「だめかと、おもっ」
「泣くなよ、聖騎士団長」
「元、だ!」
「ははは!」
また上から顔をぎゅううううと抱きしめられた。
腹にはエミーが乗ってるし、今度こそ死ぬかと思うぐらいに苦しかったけど――我慢した。あと、胸板すげえ。
「目が覚めたか」
突然、威厳のある声が降ってくる。
「邪魔か?」
「っ、いえ」
慌てて起き上がるライナルトの肩越しに、金色の髭が見えたかと思うと、にこにこと覗きこまれているのが分かった。海洋王国国王のアンセルミだと認識したけれど、体が動かない。
それはそうだろう。まだ起き上がれるほど、元気じゃない。
「そのままで良い。よくやったな、キツネ」
国王のくせに、気安すぎないか?
「お褒めにあずかりー、
「きょうえつ?」
「めちゃくちゃありがとうございます、です」
「ふは。苦しゅうない」
うお! リアルの苦しゅうないをもらってしまった。
ちょっと録画したい、とか思っちゃった。
「大活躍だったな。まさか余に化けるとは思わなんだ」
「げ」
忘れてた!
「えーっとそのー、不敬罪とか……」
「そうだなあ。いつもなら即縛り首なんだが」
やっぱり!?
「我が騎士たちの命を救うためだったのだろう?」
「ソウデスゥ」
「ならばよい。騎士たちは、我が命も同然だからな」
「ふえええぇ……よかったぁ」
大きな息を吐くと、国王は優しい顔で俺を見下ろす。
「ライナルトから聞いた。そなたは、
「ええ、まあ、はい」
「ならば、敬意を払わねばならぬのは、こちらの方だ」
「ぐげ! いやいや、俺、違いますから」
「違う、とは?」
「太陽の御子なんかじゃないんです」
「……なぜそう思う」
「普通の人間ですし、あと、太陽の印? がなかったです」
おそらく、グリモアが見せてくれたように、手首になんらかの文様があるはずだと理解している。
俺には、それがない。
「ほら」
証拠だ、とばかりに俺は両手首を持ち上げて見せる。そこには当然、何もない。
「ないから、追放されました」
「なんと愚かなことを」
国王が、思いっきり眉尻を下げている。
「おろか?」
「太陽神がお隠れになっておるのだ。印が現れるわけなかろうに」
「え!?」
「魔法陣での召喚に、間違えや例外など、聞いたことがないぞ」
「ほげえええええええええ!?」
ライナルトも、あっけに取られている。
「聖騎士団長が、情けないことだな」
「っ、元、です」
「海の守護獣と会話をしていたようだと、そなたから報告を受けたが」
「はい。シンはあの巨大な亀と話をしていたようです」
「それは、事実か? シン」
「え、はい。名乗ってくれました。タルタロスと」
「!!」
ライナルトが驚愕に目を見開いている。
一方で国王は、はああと盛大な溜息を吐いた。
「えっと……?」
「守護獣の名をもらい受けるなど。それこそ、太陽の御子にしかできんよ」
――ええええええええええ!?
「えええええええええええええええええっ」
俺、飛び起きました。
衝撃的すぎぃ~……
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