20話 捨て子と王様


 それからというもの、海洋王国からは賓客ひんきゃく扱いを受けることになってしまった。

 砦の中で、国王の次に豪華な客室に案内されたし、騎士たちも敬意を持って接してくる。

 

 そこでふんぞり返れたら楽なのかもしれないが、俺にとってはただひたすら、居心地が悪かっただけだ。だって中身は全然変わっていないのだから。


「いやもう、普通にして……」

御子みこ様にそのようなっ」

「シンでいいってば」

「無理です」


 という感じで、全然落ち着かない。

 一日寝て起き上がれるようになり、リハビリがてらゆっくり散歩することから始めた俺は、砦の物見から湾を眺める。

 巨大な亀は、あれ以来海に潜ったままなのだそうだ。その代わり、海は少しずついできているらしい。でもまだ、水の色が黒い。


「タルタロス……」

 

 切れた尾からは、大量の血が流れ出ていた。戦いから二日経ち、影も見えないとなると、心配だ。


「ごめんな……もうちょっと待ってて。すぐ会いに行くから」


 海風に俺の声が乗りますように。届きますように。

 自然と、心から祈る。


 胸に、グリモアから預かったネックレスがある。トップにある黒い石は、なぜか見ていると落ち着く。

 グリモアみたいだからかなと思うと、相手は死神なのに? とおかしくなる。


 解放条件は『魔獣を退治できたなら』だ。

 実際は、守護獣に呪いのナイフが刺さっていたと分かった。そのナイフは、エミーの尽力で浄化されたらしい。あとは、タルタロス本体の浄化が残っている。


 エミーは魔力を使い過ぎた後、徹夜で祈り続けた反動で、まだ起き上がれていない。

 

「無理、したな」


 俺と交替するように眠ったエミーを何度か見舞いに行ったが、眠りの浅い時に少し目線を交わしただけだ。

 それでも俺の存在を確認すると安心するようだから、タイミングを見て顔を見に行くようにしている。


 ライナルトも、ああ見えて怪我と疲労が激しく、休んでもらっていた。


 なんとなく落ち着かない俺は、こうして物見の回廊にいる時間が増えている。


「またここにいたのか」

「陛下」


『太陽の御子』という身分を得てしまった俺が、国王と対等に話をしてもとがめる者はいなくなった。

 むしろ拝まれる気配まであって、本当に居心地が悪い。そんな中、国王だけは気さくに接してくれるのが救いだった。

 

「……なんか、どうしていいかわからなくて」


 だから思わず、弱音を吐いてしまう。


「ふむ」


 今は物騒な鎧姿ではなく、普段着(といっても装飾が多くて、高そうな青い騎士服みたいなやつ)の国王は微笑んだ。

 それから黙って俺の頭を撫で、耳を撫でる。くすぐったい。


「……さりげなく触りますよね」

いからな」

「口説いてます!?」

「ふはははは! そうかもな!」


 もしかして俺、警戒すべき!?


「そう耳を倒すな。ますます可愛いではないか」

「褒めてないですよね」

「バレたか」

 

 にやりとする国王は、きっと俺の心を見透かしている。


「……宿命を受け入れるのは、なかなかに難しいことだ」


 そっと寄り添い、優しい言葉で話しかけてくれる。


「陛下もですか」

「ああ。王子として生まれてみろ。大変だぞ」

「絶対嫌ですね」

「だろ?」

「でも、受け入れたんですね」

「まあな」


 それから、ぎゅっと俺の肩を抱き寄せながら語るのはきっと、国王の本心だ。冷たい海風の中で感じる体温が、温かい。

 

「生まれた時からそうだったなら、どこかで区切りや見切りがつく。だが生きてきた道を、途中で無理やりに変えられるのは、さぞ辛かろう」

「そう、ですね……でも俺結構、そういう人生だったんで」

「そういう人生、とは」

「えーっと小さいころ両親が離婚して捨てられて、施設で育って。祖母がいることが分かって、ボケ……病気で亡くなるまで、面倒見て。それから働いて。そんな感じ」

「……」

「やっと生活、落ち着いたと思ったんですけどねえ~ははは」

「そうか」

「だからまあ、捨てられるのには、慣れてるし」

「シンは、すごいなあ」

「え?」

 

 がんばった、とか可哀そう、はよく言われるが、すごいと褒められたのは初めてだ。


「自分の境遇を恨まず、受け入れてきたのだな。すごいことだ」

「そんな大げさですよ。恨んでも、変わらないし。あきらめっていうか」

「優しく人を思いやり、生きている。助けようと動ける。ライナルトとエミーを見よ。心底したわれているぞ」

「っ」

「なかなかできることではない。その温かな心こそ、太陽の御子たる素質であると、余は思う」

 

 唐突に、ぶわりと目から何かが溢れてくる。

 熱く頬を濡らすのが気持ち悪いが、止められない。


「おお、泣かせるつもりはなかったのだが」

「意地悪だ」

「はっはっは。よしよし。すごいなあ。頑張ったなあ」

「うううう」

 

 肩を抱きよせていた国王は、俺を正面からぎゅううと抱きしめた。

 それから後頭部を撫で、よしよしと言い続けられる。


「こどもじゃ、ねえんだからっ」

「たまには気を抜いても良いではないか。内緒にしておくぞ」


 この国王が、騎士たちにしたわれている理由がわかった。

 度量が大きくて、つい従いたくなる。男が惚れる男、というやつなのだろう。

 

「ぐす。おれは、いい。はやく、グリモアを、たすけたい」


 す、と体を離すと、国王は目を鋭くした。

 

「死神なのにか」

「あいつは……きっと死神になんて、なりたくないんだ」


 命を取り返すのは面倒と言っていた。

 俺の作った料理を美味いと。そして、俺の耳を触るのが楽しいと言っていた。

 あんなのが、死神か? 違うだろう?

 

「いのちを、取ろうとしたから。許せないのは、わかる! けど」

「いや。そうではない」


 それから国王は、真剣な顔で告げる。


「死神はなぜか、余の命を取ることを、拒否し続けていた。その間に、結界に縛り付けることができたのだ」

「グリモアがッ……」

 

 俺の目から、また大量の涙が溢れる。


「術にあらがうなど、想像を絶する。命を失う危険があるから、今は誰も死神の様子を確かめられぬ。正直……生きているのかすら」

「な!」

 

 ドン! と俺は国王の胸板を拳で殴った。


「だましたんだな!」

「いいや。余は、国王だ。どのような手段を使っても、国を救いたかった」


 国王はとても悲しい顔で、俺の拳を上から握りしめながら見下ろし、告げた。


「シンがあまりにも純粋で優しいから、言ってしまった。余もまだまだ、国王の器ではないな」


 そう言われてしまえば、もう何も言えない。

 

「汚い男で、すまぬ」


 感情の行き場がなくて、悔しくて、今度はただひたすら、目の前の石壁をたたく。いきどおる。

 

 離れた場所で護衛をしている騎士たちが戸惑っているが、国王は好きにさせろとばかりに顔を横に軽く振った。

 

 

 俺は、行き場所も目的も、周りに流されてきたことは、否定しない。それでも、わずかな時を一緒に過ごしただけの、恐ろしい存在を――グリモアを、心から助けたいのだと自覚した。

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