終章 明るい未来

21話 守護獣の帰還


「エミー、ごめん」

「シンは、なぜ謝るのです」

「無理させるから」

「代わりに、しっぽ! です!」

「そんなの、好きなだけ触って良いよ」

「ふふふ〜」


 俺たちは再び、岬にいた。

 目を覚ましたエミーが、守護獣にも祈りをと申し出てくれたからだ。


 最初、ライナルトは「もう無理をしなくても」と止めた。エミーが自国の王女と分かったなら尚更だろうと思うし、何よりこれは「敵対国を助ける行為」に他ならない。


「王女という立場からではありません。通りすがりの聖魔導士として、呪われた存在を看過かんかするわけにはまいりません」

「安心しろ、エミーリア王女。国の問題として扱うつもりはない。余は、そなたの地位を知らぬ存ぜぬですっとぼけるぞ」

「安心いたしました」


 当然俺も「助けると約束した」とライナルトに粘った結果――撤退判断に従う約束で、やってきた。


 とはいえ、巡回の騎士たちの証言からも、タルタロスはあれ以来姿を見せていない。


「呼んでみる」


 俺は大きく息を吸い込んでから、口に両手を添えて叫んだ。


「タルタロスーーーーッ!!」


 ザパーン。


「タルタロスーーーーッ! 姿を! 見せてくれっ!」

 

 ザパーン。


「……間に合わなかったのでしょうか」


 不安げなエミーに、ライナルトは淡々と答える。

 

「あれほどの大きさの守護獣が、尻尾を切られたくらいで倒れるとは、考えにくい」

「もしかして、なにか呼び方があるのかな?」

「ふうむ……」

「亀って、肉食だったよな、確か」


 俺は、岬の先端の、ゴツゴツとした岩場に足をかけて海へ降りることにした。


「シン!?」


 それから、ライナルトとエミーの方へ振り返ると、手頃な岩の上に座って、尻尾を海に入れた。尻が濡れて気持ち悪いが、仕方ない。


「俺の世界の狐には、尻尾で魚を釣るっていう昔話があってさあ」


 デニムの尻の部分は、尻尾穴を開けてあり、そこから茶色の太くて長い尻尾を出してあるのだ。もう、あることが当たり前になっていて、湯を浴びた後は丁寧にブラシでとかしているくらいだ。


「尻尾で、釣る?」


 ライナルトが、首を傾げる。


「そ。だから亀も釣れないかなあって」

「……」

「……」

「なんだよー、やってみたっていーじゃんか」


 ふたりの微妙な反応に、俺はショックを受ける。

 

 それなら戻って、守護獣を呼び出すための儀式なり、魔法陣なりを調べようと言うのだろう。けれども、きっともうあまり時間がない。早くグリモアに命を渡さないと――それをふたりに打ち明けるつもりはないが。


「ソルも、ずっと動かないしさ……」


 黒馬はなぜか、グリモアが捕らえられているという物見台が見える場所から、動こうとしない。彼なりに何か感じているのだろうか。


「タルタロスーーー、どこにいるんだよ……出てきてくれよ……あ」

「あ?」

「どうしましたか!?」

「亀ってさ、よく甲羅干しするよな! 巨大な亀が休めそうなとこって、この近くにある!?」


 ライナルトが振り返った先にいた騎士のひとりが、ビシッとした姿勢で一歩前に踏み出して言った。


「一箇所、入り組んだ入り江があります! 水が浅く、船は入れません」

「そこ! 連れてって!」

「はっ」


 びしょ濡れの尻が、憂鬱だ。尻尾釣りなんてアホなこと考える前に思いつけば良かった。




 ◇




「いた……!」


 入り組んだ入り江は、左右を高い岩場に囲まれた、静かな場所だった。わずかな白砂の浜があり、良い季節にはビーチで遊んだり泳げたりできそうな、地元の穴場スポットのような雰囲気だ。実際、この地域に詳しい者しか訪れない場所なのだそうだ。


 その浜に体の半分を打ち上げるようにして、タルタロスはぐったりとしていた。


「タルタロスッ!」


 声を掛けても、ぴくりともしない。浜に頭をぺったりと付けて、目は閉じたままだ。体全体がまだ濡れていることからも、俺の声に応えて這い上がってきてくれたのかもしれない。


「呪いが、かなり侵食しています!」


 エミーが、顔面を蒼白にして近寄っていく。


「やはり、怪我よりそちらか……!」


 タルタロスの周囲を歩きながら、体の状態を目で確認するライナルトが、唸った。


「手遅れかもしれん……」

「諦めません! 祈りますっ!」


 すぐにエミーが砂浜に両膝をつけ、祈りの態勢をとった。


「ならば、私も祈ろう」

「ライナルトも?」

「聖騎士とは、太陽神の加護を受けた騎士のこと。聖なる魔力を持ち、弱者に寄り添い、助ける者である」

「かっけー……でも、元だろ?」

「はは! 力は、失っていないさ」

「頼む! 俺は、ずっと話しかけてみる!」

「うむ」


 エミーと並んで、ライナルトも祈りの姿勢になり、俺はタルタロスの頭の近くに立った。


「遅くなって、ごめん……痛かったよな……」


 あの金色の目を、太陽の下で見てみたい。きっと、綺麗だろう。


「タルタロスって、タラッタの守護獣なんだな。ずっと昔から海を守ってきたんだろ? みんな、お前に感謝してるんだって聞いたぞ。漁の成功を助けてくれて、いつもは太陽神のいる亀島を守ってるんだろ? すごいなあ」


 俺は、タルタロスの顔の前で、胡座あぐらをかいた。こうなったら、目覚めるまで話しかけてやる。


「名前、教えてくれたの嬉しかったなあ。あとさ、俺の言うこと、信じてくれただろう? そのお陰で、あの時の戦いでは誰も死ななかったよ。ありがとな」


 それから、甲羅の一番高いところを見上げた。


「背中に木が生えるくらい、長生きなんだよなぁ……寂しかった?」


 ザーン。ザーン。


 定期的に寄せては返す波の音だけが、しばらく響き渡った。

 あと何を話そう。何を呼びかければ、起きてくれるだろうか。


 ザーン。ザーン。


「……ひとりで生きるのは、寂しいよなぁ……」

『……くない』

「!」

『さみし、くない。リルラ、いた』

「リルラ……太陽神の?」

『ん』

「今、隠れちゃってるんだ。一緒に迎えに行こうよ」

『……シン、が、行くなら……』

「行こう! 会いに行こうぜ!!」


 少しだけ、まぶたが持ち上がった。間から金色の目が見える。


「リルラの居場所、分からないんだ! グリモアも一緒にいるから! 連れて行ってくれよ、タルタロス!!」


『……呼べ、リルラの名を』

「! リルラ! タルタロスを! 救えっ!!」


 すると一瞬だけまばゆい光が空からタルタロスの頭上に降り注いだ。


「おぉ」

「奇跡がっ」

「御子様……!」


 どよめく騎士たちを背に、エミーとライナルトは懸命に祈り続ける。


「グリモア連れて、会いに行くからな!」



 ――パァァァ、と俺の声に応えるように降り注いだ光は、以降『入り江の奇跡』として語り継がれたらしい。


 むずがゆいよな!

 

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