18話 呪いのナイフ
跳んだライナルトの剣が、見事にタルタロスの尾を切る。
だが皮膚が固く、太いのでそう簡単には切れない。
「ギャオオオオオン!」
痛みで暴れるタルタロスの上から、何度も落ちそうになりながらも、俺は呪いのナイフを見失うまいと懸命に甲羅の上に踏みとどまっている。
生えた木々に掴まれるのが功を奏して、手のひらは切り傷と擦り傷まみれだが、なんとかなっていた。
それに、タルタロスから分けてもらった力が、まだ自分を包み込んでくれている。
普通の人間なら、とっくに疲労と
ぼんやりと光る青い光は、まるで癒してくれているかのように優しく明滅している。
「耳と尻尾、それと光。いよいよ魔物だなあ~俺。見た目だけだけ……ど!?」
びゅん、と耳のすぐ横を何かが横切った。
ばっと海岸へ目を向ければ、弓隊が一列に並んで一斉に矢をつがえている。
「おいおいおいおい、まてまて!」
矢尻の狙いが、あきらかに自分に向けられている。
「え、まじで魔物と思われてる!?」
残念ながら岬の先端の部隊とは若干距離がある。
情報伝達もままならず、指揮系統もバラバラ――それもそのはず、今の主戦力はライナルトとその監視の騎士たちだ。
弓隊は正式な海洋王国騎士団に違いない。
「めっちゃくちゃ、ピンチじゃん俺!!」
慌てて木陰に身を隠すと、今度は雷が落ちてきた。
弓隊の背後に、青い魔導士ローブを来た連中がわらわらと集まってきて、杖を構えている。つまりこれは、雷魔法だ。
「ひいいいいい本気じゃんんんん」
エミーの声で騎士が増援を依頼したものの、駆け付けてとりあえず攻撃してきた、というところか。
「指揮官誰だよぉ~まず現場確認だろぅ~申し送りしろよな~~~~」
警備の仕事だってそうだ。引き継ぎほど大事なことはない。
使用した備品も、見回った記録も、共有してはじめて自分の任務を始められる。
「ギャオオオオン!」
あまりの痛みに、タルタロスが激しく暴れ始めた。木の幹を羽交い絞めにしていないと、振り落とされる。
怒りに我を忘れて、海岸に体当たりを食らわせようと体を回転させ始めた。
これでは、せっかく岬から尾を切ろうとしていたライナルトの剣が届かない。
ザバアアアアアアアアアア!
「っにげろおおおおおおおおおお!」
甲羅の頂点まで駆け上がり、海岸へ向かって腹の底から叫ぶ。
だが波の音に負けて、声が届かない。
このままでは大多数の犠牲者が出てしまう。
「どうしたらいいっ!? とにかく命令しなくちゃ……そうだ! 化ける。化ける!」
海洋王国国王、アンセルミの姿を強く脳裏に思い浮かべる。すると、青い光に包まれた体が一回り大きくなった。
確かめるように下を向くと、青い鎧を装備している体が目に入って、成功したと確信する。
「陛下っ!?」
「陛下! なぜっ」
動揺する騎士たちの顔に申し訳なさを感じると共に、武器を構える腕から力が抜けていることに安心する。
大きな仕草を意識しながら、手のひらを地面と水平にし、腕をゆっくりと横へ出す。きっとそれで落ち着いてくれるはずだ。
それから、タルタロスが持ち上げてくれている尻尾を指さし、命令を下した。
「尾を! 狙えいっ!」
(あーこれ、後で不敬だって死刑になったりするのかな……)
「はっ!」
「尾だ!」
「尾を狙え!」
(ならせめて、グリモアの取り損なった命に使ってくれたらいいな。)
騎士たちの士気を下げないため、俺は木陰に姿を隠してから化けるのを止める。
体中から力が抜けていくのを感じる。青い光も、薄まった気がする。
「あ~やばい。化けるのって、結構大変なんだなあ~」
ぐ、と膝に力を入れ直す。まだ倒れられない。ナイフをちゃんと、回収しなければ。
「タルタロス。痛いよな……ごめんな。もうちょっとがんばろうな」
そう何度も声をかけるうちに、暴れていたタルタロスも、少しだけ理性を取り戻したようだ。
ちぎれかけた尾からは、大量の血液が海へ流れ出ていて、痛々しい。
「……それにしても、誰がこんなことをしたんだ……」
海の守護獣を呪って、なんになる? 太陽がなくなり、草木が育たなくなる。穀物や野菜が取れなくなったら、それこそ海産物が食糧の
「まさか、だよな」
聖地奪還のために、そこまでするか? と俺は背筋の寒気が止まらなくなった。
「いやいや、そういうの考えるの、やめとこ!」
今はただ、目の前のことを全力でやりきる。それだけに集中しよう。
気を取り直すと、大量の矢が飛んできた。尾に当たる。当たって刺さる。当たって落ちる。当たらず海へ消えていく。
だが決定打を、海洋王国騎士団にさせるわけにはいかない。
「ライ!」
俺は、矢の雨の中を駆け下りて、ナイフの側まで行き、心からライナルトを呼ぶ。
刺さった矢を握り体を支え、ちぎれそうな尾を抱き込んで、叫ぶ。
「ここだあああああああああああ!」
「うおおおおおおお!!!!」
塩水が、目にも切り傷にも染み込んでくる。
とてつもなく痛いが、逆にそれがありがたかった。――意識を保っていられるから。
「うわ~すげ~」
ライナルトの握る剣の刃の部分がひときわ白く輝いている。
「ホーリースラーッシュッ!!」
それをぶん! とひと際大きく振るうと、光の刃が飛んできた。
「はっは! 中二が叫ぶやつじゃん! でも、かっけー!!」
言葉と裏腹に、俺は腹に力を入れる。
キーン、と空気を切る音と共に、それはあっという間に目の前に到達して――シュパンと尾を切ったかと思うと、空中へ消えていった。
どしゃりと地面に顔面から倒れるライナルトを横目で見ながら、斬られた尾ごと海へ投げ出された俺は、腕の中にナイフを抱く。
「やべ、触っちゃった……ま、いっか……タルタロス、がんばったな。沈んどいていいよ……」
尻尾につかまったまま、俺は全身から力を抜き、海面に浮かぶことを試みる。
――ゆっくりと沈んでいくタルタロスの甲羅を眺めながら、意識を失った。
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