17話 王女と聖騎士団長
「こいつは! 呪われてるだけだああああああああああああっ!!!!!!!!」
俺の声は、確かに届いたはずだ。
だが、ライナルトは攻撃の手を止めなかった。
「呪われているのなら、なおさらっ」
「な! やめろってええええ」
「退治しなければならないっ!」
俺の耳は、良い。遠くの音まで拾う。
狐は、地中の穴深く隠れている獲物の物音まで聞いているらしい。
ジャンプ能力に優れていて、例え住む土地が変わっても適用力が高い。
そうやって狐の特徴を次々思い浮かべられるのは、祖母に「妖狐の血」のことを聞いて気になって調べたからだ。
動物園にも見に行った。だから耳や尻尾が可愛いと言われるのも、まあ分かる。
そんな俺が何を言っても、危機感を覚えて戦っている奴らを止めることはできない。
暴れた魔獣は恐ろしいし、実際騎士たちは怪我を負っているし、被害も
今の俺に必要なのは、愛嬌でも身体能力でもない。
考えろ。ライナルトの『正しい正義』を止めるにはどうしたらいいか――
「わっ!」
悩んでいる間にも、ライナルトの猛攻は続く。剣筋に乗った聖魔法の威力がタルタロスの肌を斬り、海水と血とが、舞い上がっている。
さすが元聖騎士団長と言いたくなる攻撃力だ。素人目でも、海洋王国の騎士たちと一線を画している。
「待てって!」
「待たん!」
バッとマントを外し身軽になったライナルトは、銀色のプレートアーマーを光らせ宙を駆け上がった。
「うおおおおおお!」
肩に
「くっそ。あんな鎧みたいなの着て、よく跳べるよなあっ」
俺は慌ててタルタロスの首の後ろへ立って、攻撃を止めようと右腕を左右に振ってみた。
「やめろってええ!」
「どけええええええ」
「うわっ!」
「ギャオオオオオオオンッ!」
ざくっと音がするぐらい、首の皮を深く
波の
「ライナルト……」
剣を振り斬ったライナルトはくるりと空中で一回転して、岬の先端に降り立つ。再び態勢を整えて、構え直している。その視線や覇気に、一片の曇りもない。
真正面から正論をぶつけても、通らない。戦っている奴らを説得しようと思ったら、何をすれば良いのか。
「はは、かっこいいな~! さすが騎士団長……エミー!」
「ひゃああああいっ」
「呪いを解く方法はっ!」
びくっと体の動きを止めた後、大きな青い瞳を潤ませながら言われたのは――
「難しいことです! 呪いをもたらしている媒体が必要です! 道具と、呪われた体! 両方へ聖魔導士が祈りを捧げればあるいは」
「よしわかった!」
まだ希望があった。そうだ、俺たちには、エミーがいる。
あのナイフの柄がどこにあるのか。なければ、どうやって抜くか。
もしくは――尻尾ごと切るか。
「なあタルタロス……俺のこと、信じてくれる?」
首元をとんとんと優しく叩き、話しかけてみる。
「ッキュウ」
きっと、うんと言ってくれた。
「痛い思いさせるけどっ、ごめんな! 絶対、助けっから!!」
「ッキュウウウウウウ!」
「ライナルトーッ!」
新たな聖魔法の加護をもらい、一層輝きの増した騎士に向かって、俺は叫ぶ。
「尻尾だ! 尻尾を! 切れえええええええええええええ」
「!!」
ザバアアアアアアアアア。
俺の言葉を聞いて、苦し気に頭を振りながらも、タルタロスが向きを変える。
岬へ背を向け、海中にあった尾を持ち上げて見せた。
「! あれはっ」
「はい! 見えました! 間違いありません!
エミーが甲高い声で危険を呼び掛ける。
「触ってはダメです! 呪われます!」
「まじかっ」
「騎士様! 魔導士の増員をっ! 動きを止めなければ!」
杖を体の前に掲げ、エミーはぶつぶつと何かの魔法を唱え始める。
横に広がる大きな光の魔法陣が、タルタロスの頭上に展開された。
「時間稼ぎをしますっ!!」
よく見ると、エミーの口の端からは血が流れている。
気づいたライナルトが、必死に止める。
「いかん! 魔法の使い過ぎだっ!」
「そんなこと! 言ってられません!」
怪我を治し、強化し、回復し。
この戦場をたったひとりで支え続けたのだ。わずかな時間でも、使った魔力の量は計り知れない。
「誰も! 死なせたくないんですっ! 例え、魔獣であっても!!」
「エミー殿……」
ごわ、とライナルトの覇気がひと際増したように見えた。
「殿下の
うーわ! 俺、完全に脇役! でもそれでいいっ。
「いくぞ! シン!」
「おうっ!」
エミーのお陰で、ライナルトがサイコパスから騎士団長に戻った。
「……すげえなあ」
俺、やっぱりただのモフモフ要員だな。
さっさと終わらせて、グリモアとこの話、したいな。どういう顔するかな。
「ナイフは俺が! 回収する! やれええええええええええっ!!!!!!!」
銀色の髪をなびかせて、ライナルトがまた――跳んだ。
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