13話 歓迎は、されているのか


 相変わらず尋常でない量の魔獣に襲われ続けながら、無事に旅ができているのは――死神とその持ち馬、聖騎士団長(元)と聖魔導士のお陰だ。


「そっか、考えたら最強パーティだもんな。俺いらねーじゃん!」


 異世界転移した人間は最強でチートスキルを持っているはず、と思っていた時期が俺にもありましたよね、ええ。

 残念、あるのは耳と尻尾だけだ。多少耳が良くて、足が速くて、跳べるぐらい。ひたすらソルの上で縮こまって大人しくしているだけだ。


 今もほとんどライナルトが一人で対処し、食べられる種類の魔獣なら解体し、エミーが祈って解毒するという流れ作業ができている。聖騎士団長は聖魔法との相性も抜群らしく、回復魔法があれば永遠に戦えるらしい。俺はもうライナルト悪魔と書いて悪魔と読んでいる。

 

 俺が予備で持ってきたジップバックには、大量の肉のストックができていた。調味料足りるかな? とそちらの方が不安なくらいだ。


 おかげでだいぶ順調に南下でき、いよいよ海洋国タラッタの国境へ差し掛かるというところで、念のため野営することになった。

 風に潮の香りが微かに乗っているので、海が近いのが分かる。

 

 大木の影に石で囲んだ火元を作っていると、まきを拾ってきたグリモアが言った。


「シンには大事な役目がある」

「ん? 料理か?」

「それも大事だが。わたしに耳を触らせること」

「よりによって、モフモフ要員かよっ」

「くく」


 それでも役目があるだけマシか、と思い直す。

 グリモアは、あれ以来命を取るようなことはしていない。


 だから、すっかり死神ということを忘れていた。


「!? ……ぅぐ」


 突然目の前で、バラバラと薪を落としたかと思うと地面に両膝を突くグリモアに、動揺してしまった。

 

「グリモア!?」

「どうしたっ」

「えっ、まさか……」


 駆け寄ってくるライナルトもエミーも、目を見開いている。

 

「っ……シン」

「なんだ! なにがおきてるっ!?」

「召喚、だ……すまんがこれを」


 ぶち、と首から取ったネックレスを渡された。シルバーのチェーンで、黒い石がついている。


「えっ、ええっ!?」

「持っててくれ、戻る……しるし……」

「グリモア!!」


 存在がどんどん薄まっていき、やがて消えた。


「まじかよ……誰が、呼び出したって言うんだ……」

「グリモア様……」

 

 エミーが、そっと祈りの姿勢を取った。

 もう俺たちは、呼び出されたグリモアが誰かに殺され、その代わり誰かの命を取ることを知っている。


「今考えても仕方がない。戻ってくるまで、しっかりと身を休めよう」


 ライナルトの言葉に従い、エミーをテントに入れて、俺たちは交代で火の番をする。

 ソルが心配そうな顔で、俺の側に寄り添って横たわってくれた。その温かい胴を枕に、俺も横になる。


「無事、戻って来いよ……」



 見上げた空は、いつも通り、暗かった。




 ◇




 ――ドドドドド



 地の底から鳴り響いてきた足音に、俺は飛び起きた。


「ライッ! 何か来るっ」


 ライナルトはすぐさま飛び起きて、反射的に剣をさやから抜いていた。さすがである。

 俺は周辺の土をざっと焚き火にかけ、どの方向から来るか目と耳を凝らす。


「馬の足音。もし人間が乗ってたら、十人ぐらい」

「さすがシンの耳だなっ」


 魔獣かそうでないかぐらいは、聞き分けられる。


「タラッタの方角からだっ!」

「一体何が……」

「エミー! 起きろっ!」

「ひゃいぃ」

 

 テントの中から、か細い返事がした。わたわたと着替えている気配がする。


「ブルルル」


 起き上がったソルのたてがみを、落ち着かせるように撫でる。

 

「どう、どう」


 言い聞かせているのは、自分にだ。

 胸がざわめく。グリモアがいないこのタイミングは、嫌な予感しかしない。



 

「ほーう、珍しい生き物だな?」


 ――そして、そういうのは当たるんだ。




 ◇

 


 

「狐の魔物か」

 

 白馬にまたがり、青い鎧に身を包んだ勇猛な男が、傲慢ごうまんな態度で馬上から見下ろしてくる。

 

 金髪で、顔の下半分は金色のひげ。目つきが鋭く、声も野太い四十歳ぐらいのいかにも騎士だ。背後には部下と思われる、同じような青鎧を身に着けた男たちが八人。先頭の男が一番体格が良く、マントの飾りも剣の柄も豪華だ。


「俺は魔物じゃねえ!」

「はは、活きが良いな」

 

 す、と男が目を細めると同時に、背後からナイフが二本飛んできた。

 俺は慌ててジャンプをして避ける。


「何しやがる!」


 激高する俺の前に、抜剣したライナルトがおどり出た。そしてその横に、いつの間にかエミーも杖を構えて立っている。


「がはは、このような妖しい生き物を守るとは意外だなあ、聖騎士団長よ」

「元だっ」

「ほう? それにその横の女……もしや」

「シンを傷つけるのは許しませんっ!」

「シン? その耳と尾をよく見よ。魔物だろう」

「シンは、人間です!」

「そんなことは、どうでもよい。余がそう断じれば、そうなのだ。なあ?」


 ヒゲ男が後ろへ呼びかけると、全員そろって「はっ」と返事をする。


 それからまた、何本も矢やナイフが飛んできたのを、ライナルトが剣で叩き落し、俺もジャンプで避けた。

 

 軍隊かよ……っていうか、こいつ今自分のこと「余」っていったか? 一人称にそんな言葉使うやつ、王様しかいないんじゃないの? ってことは――

 

「神聖なる炎よ……我らを加護するしもべよ……」


 エミーの高まった魔力で、ざわざわと持ち上がるピンク色の髪の毛が、赤く光り始めている。足元からは、炎が円状に起こり始めている。


「この世界の危機に……なぜ人同士は、争おうとするのっ」


 そんなエミーの言葉を無視するように、男の背後の騎士たちはナイフを投げ、構えた弓に矢をつがえ、さらに投げ槍まで飛んできた。当たれば死にはしないかもしれないが、確実に重傷を負う。


「エミー! 落ち着けって! 俺は大丈夫だ! な!?」

「一方的な暴力は、もう、嫌よ!」


 最初はおびえて、ライナルトの背に隠れているだけだったエミー。

 村人たちを助けようと、火の魔法を懸命に唱え魔獣と戦った。残酷な風景から目をそらさず、少しでも傷を癒そうと、回復魔法を唱え続けた。

 町では聖魔導士というだけでさらわれそうになり、街道では魔獣と戦いっぱなしの、危険な毎日だ。


 ここまで精神を削りつつなんとかやってきたところへの、ダメ押しみたいなものだな、と俺は大きく息を吸う。

 奴らは致命傷を与えようとしていない。つまりこれは、

 

「おたわむれを! 陛下っ!」


 叫んで、ライナルトの体の前に飛び出た勢いで、ばっと男の前にひざまずいた。言っておくけど、ライナルトの見様見真似だ。下手なのは許して欲しい。


「まだ若き聖魔導士にございます! 未熟な心をもてあそばれては、かないません!」


 って感じかな? こんなセリフ、うろ覚えを調子よくアレンジしただけ。もし斬られそうになったら、とことん逃げる構えだ。

 

「シンッ」

「っ」

「ほら、エミー。俺は大丈夫だから。な?」


 頭を下げたまま、優しく諭すように言う。


「がんばってるの、知ってるよ。守ろうとしてくれて、ありがとな」

「しんーーーーーー」

「ほらもう、そのあっついのひっこめろって。不安なら、俺の尻尾触っとけ」

「うううううう」


 大人しく杖を下ろしたエミーは、俺の背後に来ると地面にぺたりと座り込み、持ち上げた俺の尻尾を抱いて顔を埋めた。うん、グリモアがいなくてよかったな。


「ライも。剣しまって」

「……」

 

 殺気を残したまま、剣をさやにチャキンと納める。

 

「この通り、無抵抗です。そちらも、武器を引いてくださいませんか」

「……なぜ余を陛下と呼ぶ」

「なんででしょうね。覇気がまさに海の王って感じだからでしょうか」

「がははははは! 狐というからには姑息こそくな者かと思って警戒したが、杞憂きゆうであったか。……いかにも、海洋王国タラッタ国王アンセルミである。まさか聖騎士団長ライナルトとエミーリア王女をぎょしているとは驚いたぞ。タラッタに歓迎しよう」

「は、ありがた……は?」


 ば、と俺が振り返る先で、エミーが尻尾に顔を埋めている。


 ライナルトも、珍しくぽかん顔だ。


「え、エミー? 王女って言われてますけど?」

「ふぎゅううううう」


 あーあ、そんなギュッてしたら尻尾の毛がぐしゃぐしゃに……まあ良いけどさ。

 

「あのー、陛下?」

「なんだ、隠しておったのか。ま、詳しい話はとりででしよう。ついて来るが良い。死神も、拘束してるでな」

 

 

 ――ちょっと、情報量が多すぎますよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る