12話 ひとときの休息


「うおおお怖いいぃぃぃい」

「目をつぶってろ」

「もっと、怖いってええええ」


 全速力で走るソルの上で、背中にいるグリモアは呆れた声を出すけれど、多少の悲鳴ぐらい許して欲しい。


 小さな村を救い、町に入れなかった後。

 俺たちはとりあえず、普段は旅人や冒険者たちで賑わう街道を、ひたすら南下していた。

 太陽神の本体がいるという、海洋王国タラッタの沖に浮かぶ『亀島かめじま』へ向かっているのだ。

 

 その主要街道が今や、魔獣街道に名前を変えた方が良いぐらい、危険生物だらけになっている。

 大口を開けて襲い掛かってくる熊や狼は、前方を走るライナルトとエミーが剣と魔法で弱らせてくれる。取りこぼしたのを、馬のソルが嚙みついたり踏みつぶしたり首でぎ払う。時々グリモアが動きを止めるような魔法? を放ったり。俺の出番は全くない。ただただ、恐ろしい。


「俺、美味しくないよおおおおおお」

「そうか? うまそうだが」

「グリモア!?」

「くく」

「あ、そやってまたモフモフしてるんだろ」

「ばれたか」


 この世界の死神は、隙あらば俺の頭頂に鼻を埋めて、狐耳に頬ずりしているのだ。

 

 そうして魔獣の群れを一掃して一息ついたころ、そろそろ野営の準備をしようということになった。

 

「もう、シン様よりわたくしの方が強いです!」

「ほんとだな!」

 

 エミーにドヤ顔されたのに、笑顔を返す。実際、果敢かかんに攻撃魔法を唱えていて、すごかった。


「すごいぞ。エミーがいなかったら、絶対苦戦してる。なあライナルト」

「ええ。間違いなく」

「う、嬉しいですっ」


 ぱあああ、と明るい笑顔をしてくれたのは、どのくらいぶりだろう?

 褒めてよかった、とホッと胸を撫でおろす。


「あー、あのさ。魔獣って、喰えるもんなの?」


 ソルのエサは心配しなくても……倒した魔獣の生肉をがつがつかじっている。それを見て思いついて、聞いてみた。

 牛や豚の魔物が食べられるのならば、料理すればいいのではという安直な考えだ。

 するとライナルトが渋い顔で教えてくれた。


さばいた後、エミー殿の聖なる祈りで毒素を抜けば、食べられなくも……だがくさみがひどいぞ」

「おおよかった! 俺、捌くから。エミー、祈ってくれる?」

「はいっ」

「なら、私も手伝おう」


 大型ナイフを取り出したライナルトが、離れた場所へ引きずっていった大きな黒い牛型の魔獣を、慣れた手つきで解体し始めた。

 俺ものちのちの勉強のためとじっと見ていたら、解説を交えてくれる。


「これは、ビッグホーンという魔獣だ。食べられるのは背とももだな。この辺りから切れば、綺麗に皮がはがれる」

「うんうん。ライナルトは、食べたことあるの?」

「野営訓練でだけだが」


 明らかに眉根を寄せるので、からかい口調で聞いてみる。

 

「まずかった?」

「……正直に言うと、そうだな」

「はは! がんばって調理してみるよ」


 血抜きをして、骨から肉を剥がすようにナイフを入れる。

 適度な大きさに切った肉は、赤黒い。

 それらを大きな葉の上に並べ、手前の地面に両膝を突いたエミーがぶつぶつと祈りを捧げ始めると――肉の色が若干明るくなった。


「はい。これでもう食べられますよ!」

「すげーーーー!」

「これも、聖魔導士の役割なのです」

「へええ! エミーってすごいんだな!」

「っ」

 

 頬を染めて嬉しそうなエミーにもう一度「ありがとう!」と礼を言ってから、俺は肉を水筒の水で丁寧に洗う。ナイフの背で存分に叩いてすじを切ってから、調味料ケースから取り出した料理酒と塩コショウを手ですり込むようにまぶしていく。


「それは?」

「俺の世界から持ってきた。臭みが取れる……お、にんにくチューブも持ってきてた! 偉い俺!」

 

 その間、ライナルトは石を積み上げ慣れた手つきで焚火を作ってくれ、それを囲んで座れるように場を整えてくれていた。

 さすが野営に慣れているだけある。ちなみにグリモアはぼーっと座っていたし、ソルは生えている草をんでいた。

 

 ここに太陽があれば、のんびりとしたピクニック風景なのに――世界の終りの最後の食事みたいだ。

 

 鉄のフライパンを火にかけながらオリーブオイルを馴染ませ、持ってきた玉ねぎをリング状に切って並べ、さっきの肉をその上に並べていく。ニンニクチューブを適当に絞って、肉になじませる。


「いい匂いだ」

「ヨダレ垂れてるぞ、グリモア」

「む」

 

 死神が、ローブの袖で口の端をこする仕草は、まるで小さな子どもだ。

 

「もうちょっと待っててな」


 さらに、ビニール袋に入れておいたパンのたねを小さく切って丸くこねて、スキレットの上に並べる。凍らせてジップロックで持ち歩くと、保冷剤代わりになっていいんだよなとはじめたことが、ここで役に立った。特にイースト菌がない世界かもしれないので、増やせるように少し種を残しておいた。


「なあエミー、氷の魔法はできる?」

「すみません……火と癒しだけなんです……」


 太陽神教会の聖魔導士らしいなと納得した。


「そっか。いや、できたらいいなってだけだからな」


 するとグリモアが上から俺の手の中を覗きこんでくる。

 

「なにがしたいのだ、シン」

「この種を、腐らないようにしときたいんだよね」

「ならば、その袋の中の時間を止めておこう」

「そんなことできるの!?」

「ああ」


 地面に横になれるよう、大きな石をどかせる作業をしていたライナルトが眉尻を下げる。

 

「非常に高度な魔法のはずだ。さすが、としか言いようがない」

「聖騎士団長に褒められると、気分が良いな」

「元だと言っただろう」


 このふたりも、ちょっとは打ち解けたかな。


「ライナルト、悪いけど飯食ったらさ、テント立てるの手伝ってくれる? 一人分寝られる屋根があるんだ」

「ほう」

「エミーもそこなら、寝られると思ってさ。あ、焼けたぞ! 食おうぜ!」

「……わかった。ライでいいぞ、シン殿。川から水を汲んでくる」

「助かる! 俺も呼び捨てでいいよ、ライ!」

「はは」


 ライナルトが笑ったのは、きっとこの肉がまずいに決まっていると思ってるからだろう。

 絶対うまいって言わせてやるからな。


「はううううライナルト様が、愛称呼びをお許しになるだなんてっ! すごいことですよ! シン様ッ」

「エミーも呼び捨てでいいってば」

「っ」

 

 ――なんか隣の女子にバシバシ背中を叩かれるけど、気にしないでおこう。うん。いでっ、いでで。


「あ~、どうだ? グリモア」


 一足先に肉を渡していたグリモアは我関せずの態度で、頬をめいいっぱい膨らませてモグモグしている。


「むぁい」

「あ?」

「んぐんぐ。うまい」

「あはは! よかった!」

 

 それから、水を汲んだバケツを脇に置いたライナルトが、それぞれのコップに水を汲み――それもまたエミーが聖なる祈りで浄化したのには心底驚いた。これで飲み水には困らない。聖魔導士を置いていけ、というのも頷ける。というかむしろ、狙われる存在に違いない。


「こ、れは、なんと!」

 

 いろいろなことを考えていたら、ライナルトの顔が輝いた。


「うまい?」

「うまいっ!!」

「あははは! おかわり?」

「「おかわりっ!!」」


 死神と聖騎士団長(元だけど)が、我先にと競って皿を差し出すわんぱくっぷりに、俺は腹の底から笑ってしまった。


「あっはっは! 楽しいな」



 ――異世界に来て、初めて笑った。

 

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