11話 仕方がない


 襲っていた魔獣の群れを全滅させた後、俺たちの前に村長を名乗る男性がやってきた。

 

「ありがとう、ございました……」


 それから、疲弊した様子で俺たちに頭を下げる。

 

 魔獣の死体は素材になるので、村の広場に集められ、男たちの手での解体が始まっていた。

 その光景を背にして、村長は困惑の表情を隠さず、俺たちに何者かと問う。


「……冒険者パーティです」


 ライナルトが、とりあえずの返事をした。


「ですが、そちらの方は聖魔導士様では……」


 エミーの肩が、びくりと波打つ。白い魔導士ローブは、確かに目立つから、一目瞭然なのだろう。

 

「彼女は……補助してくれているだけです」

「はあ? ならば、報酬を……と言いたいが、この天気だ。全く作物が取れていなくて」

「通りすがりですから、お気になさらず。それよりも、なぜこんな大量の魔獣が」

「魔獣の世界も、食糧不足ですよ。なにせ太陽がひと月も出てない。木の実もないし、野菜も育たない。備蓄も底を尽きかけてる」

「っ」


 ライナルトが、絶句する。

 俺も、ごくりと唾を飲み込んだ。太陽は、全ての生き物の源だ。それがひと月も失われれば、影響は計り知れない。


「あの、飲み水を分けていただいても?」


 食糧がないなら、水だけでも補充したい。

 

「それならば、あちらに湧き水が」

「ありがとう!」


 俺は、グリモアの腕をぐいっと引っ張った。


「なんだ」

「手伝えよ」

「……わかった」


 村人たちのいぶかしげな視線が、集中する。黒髪で、黒い眼球の中に赤い目がある長身の男は、見るからに『死神』だろう。その後ろに、ソルもついてきた。


「ソル、大活躍だったなー! 喉、乾いただろ?」

「ヒン」


 水筒に水を補充してから、近くの飼葉かいば小屋らしきところに置いてあった木桶に、たっぷり水を汲む。ソルはそれに、遠慮なく首を突っ込んで飲んだ。


 馬は、見当たらない。


「馬、いないな」

「……ここは、早く出た方が良い」

「グリモア?」

怨嗟えんさが渦巻いている」

「えんさ、て」


 嫌な予感がして広場へと走って戻ると、エミーが村人たちから一斉に非難されていた。


「太陽神殿は、なにをしてるんだ!」

「あれだけ寄付させといて!」

「死ぬ! 死んじまう! どうにかしろよ!」

「あたしの夫を助けて!!」


 ――そうか、あのローブは、太陽神教会に所属している証だもんな……


 ライナルトが背に庇いながら必死に取りなそうとしているが、興奮してきた村人たちは、エミーに日頃の恨みを全てぶつけてきている。

 

「ソル」


 俺の呼び掛けに応えて、黒いたてがみを持つ赤目の馬が、前足を宙に浮かせて大きな声でいなないた。


 ヒーイイイイン!


 何事だ、といった様子で村人たちが動きを止めたので、俺は必死に言葉を選びながら、叫んだ。

 

「助けなきゃ良かったなんて! 俺は、言いたくないぞっ! 助かったんなら、それだけでいいだろ!?」


 は、と口をつぐむ村人たちは、それでも恨みのこもった目でエミーを睨む。

 それぐらい、この状況に追い詰められているのは分かる。このままここに居るのは、危ない。


 ライナルトは村人たちへ頭を下げてから、地面にへたり込むエミーを強引に抱え上げて馬へ乗せた。さすが騎士だ、あれだけ戦った後でも人を持ち上げられる、というのは尋常じゃない。

 

 グリモアもいつの間にかソルの馬上にいて、俺の手首を掴み、引き上げてくれる。皆、長居は無用の共通見解だ。


「じゃ! さよならっ!」


 俺が言うと、グリモアは無言で軽くソルの腹を蹴って、走れの合図を出す。馬上で手綱を持ったライナルトも、それに続いた。


 村長だけが頭を下げているのを横目で見てから、俺は前を向く。


 

 しばらく走ってから、ムズムズする心の内を、ようやく外に絞り出すように叫んだ。

 

「あーもう! せっつねーーーー!」


 反射的に助けただけだ。お礼が欲しかった訳じゃない。それでも、だ。


「見捨てるなんて、できないしさぁ」

「……」

「あ、グリモアは、大丈夫!?」


 背後でソルを操る死神をあおぎ見る。

 

「ん。問題ない」

「真っ二つになってなかった!?」

「すぐ元に戻る」

「ひえーすげー」

「わたしを滅したければ、文様が消えるまで命を与えなければ良い。逆に言うとそれ以外では」

「あー、グリモア? やっぱその話、俺以外にしないようにしとこう」

「? わかった」

「ちなみに、自分の命より先に、相手の命取るってできんの?」

「もちろんできるが……自分の命より取った数が大きいと、こちらに文様が浮かび、完成すると完全に自我を失うらしい」


 左手首の内側を、見せてくれた。今は、真っ白だ。

 

「そっか」


 人を殺しまくったら、本物の死神になるってことかもな、と解釈した。

 すると、前を走っていたライナルトがまた馬の速度を緩めて、横にやってくる。


「シン殿。念のため次の町で、装備を整えないか」

「わかった!」


 返事に満足したライナルトが、先導する。

 その前に相乗りしているエミーは、うつむいて表情が見えない。何度も袖で目をこすっているところを見ると――泣いているんだろうなと察した。


「現実って、辛いよなぁ」

 

 自分が、養護施設から外に出た時のことと重ねてしまう。きっと世界はキラキラ輝いていて、自由なんだと思っていた。


 実際は、誰も俺の事なんて気にしない。むしろ、施設出身というだけで、痴呆の祖母の財産目当てでやってきた不良と噂されたのは、田舎だったからだろうか。

 なにしろ、空手の黒帯を取ったのは、そういう無駄な雑音をなるべく排除したかったという『不純な動機』だ。


「シン?」

「ん。腹減ったなあ。次の町で食事できたら良いな」




 ◇




 だが、次のそこそこ大きな町でも、残念ながら俺たちは歓迎されなかった。


「町へ入れないとは、どういうことか」


 門番とライナルトが、押し問答する。


「だから、町の人間以外は無理だ」

「理由を」

「っくそ、もう……食い物がねえんだよっ!」

「!!」


 絶句したライナルトの背後から、恐る恐る「なら、服や装備を分けてもらうことはできませんか? 傷んでるんです」と言ってみる。俺はいたって普通の『パーカーとデニム』で目立つし、エミーは『聖魔導士のローブ』で目立つからだ。


「……待ってろ」


 門番の背後で様子を伺っていた男が渋い顔で言い捨てると、町中へ戻って行く。

 パタンと固く閉じられた木製の大きな扉の前で、ライナルトが空を仰いだのを、俺も真似る。相変わらず、暗い灰色だ。

 

「予想以上に、状況が良くないな」

「なあライナルト……もしかして俺を召喚したのって、この状況を変えるため? 太陽の御子みこって」


 だが彼は、眉尻を下げるだけだ。


「気にするな」


 そう言われても、気にするのが人情だ。

 俺が本物の御子みこだったなら、何ができたというのだろう。


「装備が欲しいというのは、おまえらか?」

「! ああ」


 少しだけまた扉が開いたと思うと、先ほどとは別の、屈強なヒゲ面の男が出てきた。手に、大きい革袋を持っている。

 

「ここに、旅人用の装備がいくつかある。が、交換条件がある」

「交換条件?」

「聖魔導士を置いていけ」

「なっ」

「治癒や回復魔法ができる人間は、希少だ」


 絶句するライナルトに、俺は思わず尋ねる。

 

「そうなの!?」


 エミーは、今にも泣きそうな顔をしてうつむいたままだ。


「断る。我々はタラッタに向かわねばならない」

「タラッタ? 魔獣だらけの道を行くしかないぞ。町で奉仕させた方がマシだろが!」


 男が、エミーの手首を掴もうと手を伸ばしてきたので、俺は慌ててそれを叩き落とした。


「おいおい、無理やり連れてくなよ!」


 ライナルトは「まさか、教会の人間をさらおうとしたとでも言うのか!? なんと罰当たりなことを!」と衝撃を受けている。


 男はライナルトの言葉に居心地が悪くなったのか、盛大な舌打ちをして町の中へ引っ込んでいった。

 

 ばん! と背の高い木の扉を閉められ、俺たちの間に静寂か訪れる。特にライナルトは、ショックのあまり固まっていた。


「なあ……エミー。嫌じゃなかったら俺の服貸すよ」

「え」


 ソルの腰の辺りに下げてあるバックパックから、雨具のポンチョ、それからネイビーのスウェット(未使用の予備)の上を出す。


「その服の上から、羽織ったらいいだろ。な?」

「っでも」

「私も賛成する。その服は目立つし……危ない」


 我に返ったライナルトが同意して、ようやく渋々頷かれた。


 手短な木陰に移動し、グリモアがライナルトの羽織っていた大きなマントを限界まで広げて簡易的に『エミー更衣室』を作る。着替えを手伝うのは、もちろんグリモアだ。

 

「さっさとしろ」

「っ、っ」

「まずその紐を引け」

「え、と」

「なぜ絡まる。どこを引いた」

「えっと……あれ?」


 うん、漏れてくる会話だけでイライラするぞ!

 さすがのライナルトも、組んだ両腕の上で指をトントン、つま先を地面にトントン、だ。


「なあ! 思ったんだけど! 俺もほら、人間じゃなくない!?」

「ッシン殿、それは」


 止めようとするライナルトだったが、時間のロスと俺へのフォローを天秤にかけた結果、完全には止めない。だよな、である。

 

「なら俺が見ても問題なくね? どう?」

「おねがいしますうううううう」


 半泣きのエミーを見に行ったら、何かよく分からない紐で胸がぐるぐる巻きになっていた。

 どうしたらそうなる? バインバインハムでも作ってた?

 なんていうか、ここまでくると「うひょーすげー!」じゃなくて別の生き物だな。うん。

 

「あー、うん。なんとかやってみるわ」

「はいいぃ」

 

 これはあれだ、絡まった糸をほどく作業だ。集中しろ。

 やわらかっ……ごほん。ふわふわっ……げふん。


「ひゃう」

「げ、ごめん! もちょっと我慢して……っし、取れた!」


 ぶるんふわん。


 なんだその効果音。まあいい。とにかく、よかったよかった。

 

「俺の服、難しくないからさ。上からかぶって、首通して。その後この穴にそれぞれ手を通すだけ。簡単だろ?」

「! これなら、ひとりでもできます」

「ん。んでポンチョも、一番大きい穴から頭出して、こっちの小さい穴から手、出すだけ。な」

「できました!」

「うし。髪の毛整えるぞ」

「はい!」


 十八じゃなくて、五歳ぐらいと思っておこう。そうしよう。……もんのすごい、柔らかかったけど。

 

 

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