24話 制約と儀式


 グリモアがかたくなに膝枕をやめようとしなかったが、落ち着かなかったのでベッドへ運んで欲しいとお願いしてみた。


「接していた方が、良いのだ」

「えーとなに、儀式的な?」

「……」


 明らかにムスっとしているということは、ただのワガママと判断する。


「もう大丈夫だよ。なんかそんな気がしてる」

「そうだな」

「太陽神に、会いに行かないとさ」

「まだ休め」

「全部終わったら、な。エミー呼んでくれる?」


 世界は死にかけている。少しでも早く太陽をもたらさなければ、手遅れになる。

 首を振るグリモアに、俺の気持ちを丁寧に話した。


御子みこだからとかじゃなくてさ。あの村人も、町の人も、国王も騎士も。みんなすごい不安がってて……俺ができることがあるなら、したい」


 ものすごく嫌そうな顔をした後で、死神はふーっと深く息を吐いた。

 

「わかった。だが約束しろ、シン」

「うん。なに?」

「もう二度と自分を、あきらめるな」


 息が、できなくなった。


「シン。シンはわたしのだ。もう繋がっている。あきらめたら、許さない」

 

 赤い目が、きっと俺の中を全部見透かしている。


「必要だ。捨て子なんかじゃない。わたしのだ。いいな」

「熱烈だあ~」


 どこかでぼんやりと、死にたいと願っていた。

 世界には俺しかいなかったから。


 繰り返される何でもない日常は、『幸せなことだ』と外から強制されたものに思えてならなくて。

 俺にとっては何の意味もなかったのに。息苦しかった。


「……うん。もうあきらめないよ」


 グリモアがいるなら、俺はひとりじゃない。

 

「約束だぞシン」

「約束する」


 またじわっと胸の上にある黒い石が熱くなった。


「あっつ!」

「――グリモアの制約、今、成されし。破られた時はわれもまた滅ぶ」

「おいおいおい! おっも! 重いっ! てか制約てなに!?」

「シンは平気で約束を破るからな」

 

(あっ察し……うん、そうね、信用がないわけね。)


「もう破らないよ」


 死神の疑いのまなこ、めちゃくちゃ怖かった。


「まあいい。聖魔導士を呼んでくる」

「うん、たの、むぅ!?」

 

 がばり、とお姫様抱っこされました。俺。

 それから優しく寝かされてから、耳を撫でられてみてよ。誰でも乙女になるから。


「ふぐぅううぅぅ」

「? 具合悪くなったか」

「ちーがーうー」


 無自覚死神、怖い。並みの乙女なら瞬殺だろう。だがしかし、俺は男だ。


 さらに、グリモアが扉を開けた瞬間。

 

「シンッ! 目覚めたか! 良かった!」


 ライナルトが青白い顔で部屋に飛び込んできて、文字通りベッドへダイブしてきた。

 また『分厚い胸板クラッシュ』を喰らった俺、脳内ではなんか、カンカンカンって鳴ってる。完全ノックアウトだ。

 

「はあああああ! 尊いですわぁ!」


 そこの聖魔導士は、祈ってないで助けて欲しい。

 

「ふぎゅぅ」

「シン! シン!」

「ぐるじぃいぃ」

「おい、どけ。シンが死ぬぞ」

「!! そもそも貴様がっ!」

「あ?」


 死神バーサス聖騎士も楽しそうではあるけども。


「んぶはあっ! うるせぇっんだよ! 黙って回復させろ!」

「「っ……」」

 

 そろってシュンとするなよ。仲良いな!?




 ◇




 エミーの回復魔法ですっかり元気になった俺は、早速外に出たいと申し出た。

 海洋王国タラッタ国王アンセルミは、申し訳なさそうな顔を一瞬したが、すぐに国王の面の皮になって「必要なものがあれば用意させよう」と言ってくれた。


 国王としても、いつまでも砦に留まるわけにはいかないらしい。

 皆不安を抱えたままじっとこの状況に耐えている。国王の存在は、王国民の心の支えでもあるそうだから、俺がすぐに太陽神のいる亀島かめじまへ行きたいと申し出たのはありがたかったらしい。

 

「必要なものなんて特にないけど……そうだなあ、もし問題が解決してこのふたりの行き場所がなくなったら、受け入れてくれない?」

「シン!?」

「えっ、えっ」

「だってあの女王怖いしさぁ。何を言われるやらだろ?」


 ライナルトもエミーもそれには口をつぐんだ。

 俺はちらりとヒューリーの太陽神殿や村や町を見ただけだけれど、とても良い王様とは思えなかった。その勘は当たっていたらしい。だって普通娘がいなくなったら、何が何でも探すだろう? 追手もかかっていなかったことが答えだと思っている。

 

「……本人が良いならば。我らは歓迎する。むしろ迎え入れたいぐらいだからな」

「ありがと!」

「シンはどうするのだ」

「ん? あ~俺は……ま、終わってから考える! 無事リルラが出てくるのを、祈ってて!」

「わかった」


 それから俺は、ライナルトの見よう見まねで騎士礼のようなものをした。

 最大限の敬意を払いたい純粋な気持ちからだ。

 

「感謝します、陛下」


 国王はスルスルと帯剣を抜いて、俺の肩を剣の腹でぽんぽんと叩いてくれた。もちろん、ライナルトにも。

 

「どうか無事で戻られよ」


 礼儀や儀式って、こういう時のためにあるんだなと今更実感した。


「は!」

「はっ」

 

 エミーがにっこり笑ってから「皆に太陽神様の祝福のあらんことを」を祈ってくれた。

 グリモアはその間ずっと、居心地が悪そうで――おもしろかった。

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