9話 死神のトリセツ


「なあグリモア。そう簡単に命を取るとか言ったらだめだぞ」

「なぜだ」

「なぜって、怖いし」


 馬で街道をゆっくりと走りながら、俺は背後のグリモアに話しかけた。当然ながら馬を操ることができないので、くらに座ったグリモアの手前に座らせてもらう形で、乗っている。


 まだ人通りの少ない場所なので、俺の耳と尻尾はそのままだ。


「わたしは、奪われたものを取り返しているだけだぞ」

「へ?」


 グリモアが、手綱を握っていた右手をくるりと返すようにして、手首の裏を見せてきた。

 黒いローブから出ている青白くて細いそこには、黒い鎌のような文様と、その下に不思議な記号のような模様がある。

 

「今は、五だな」

「ご?」

「わたしが死んだ数だ」

「!? ちょ、それって」

「誰か殺したい人間がいる時は、殺したい奴に印を付けてから、わたしを殺せば良い。今は、あと五つの命をもらえる」


 意味を考えると、脳がバグる。殺したいなら、殺す?


「……グリモアの命の分、取り返しているってこと?」

「そうだ。好きに奪い返すときもあるが、印をつけた命があれば、それを奪うになっている。だから人間は、殺したい奴に印を付けた後、わたしをして殺す」


 俺を別世界から呼んだぐらいだ。死神を呼び出す魔法陣も、当然あるだろう。

 

「っあー、それで、数字が余ってるってことは、儀式でもなんでもなく……五回死んだってこと?」

「その通りだ。退治だ正義だなんだと、わたしを殺したがる人間には事欠かないからな。呼び出されて殺されるのも、その分命を取り返すのも、いい加減面倒になってきたから、このまま消えようと思っていたんだが。太陽神から会いに来いと呼ばれた」

 

 今俺は、この世界にとって、ものすごく大事な話を聞かされているんじゃなかろうか。


「このまま消える、てどういう……」

「この模様が消えるまでの間に、減った命を取り返さなければ、わたしの存在は消えるはずだ」


 あと五つの命を奪わないと、グリモアが消える……!

 あまりにも衝撃的な『死神のルール』を、俺はうまく飲み込めない。

 

「太陽神って、なんでグリモアのこと、呼んだんだろうな……」

「理由は分からん。ただ、『会いに来なかったら、このまま隠れる』と脅された。あいつはスネるとめんどうだ」

「へ、へえ」

「でもまあ、別にそれでもいいかと思い始めていたら、シンが来た。だから、行ってみるかと思い直した」


 俺、知らない間に世界救っちゃった!?


「その話、誰かに、した?」

「できると思うか?」

「ですよねえ!」


 驚きの連続だ、と思っていると、背後でグリモアが「ふ、ふ」と鼻息を漏らしている。


「どした?」

「ああいや、シンが驚く度に耳がぴくぴく動いてな。ふわふわだ。触ってもいいか?」

「ええ!? まあ、いいけど」


 手で触るぐらい、と思ったら、どうやら耳と耳の間の頭頂に鼻を埋めたっぽい。なんかグリグリすりすりされてる。


「ふふふ」

「楽しいかよ」

「ん?」

「笑ってるからさ」

「ほう……これが、たのしい、か。おいしいの次は、たのしい。シンから学んだ」

 

 うひぃ~恐れ多い! と恐縮していたら、遠くから何か変な音が聞こえた気がした。



 ぐおが……

 ぎゅうる……


 

「なんだ!?」

「どうした?」

「変な音が聞こえないか!? ……ライナルトッ」

 

 嫌な予感がして、前を走るライナルトに声を掛ける。


「どうしたっ」


 馬のスピードを落として並走してくれた彼に、声を張った。

 

「なあ! 何かっ! いないか!?」

「!?」


 途端に緊張感を高めるライナルトの懐では、エミーが怯えた表情で縮こまっている。


「シンの耳は、すごいな」


 愉快そうなグリモアが言う。


「この道の先に、魔獣がいるようだ。しかも、数が多い」

「な!」

「なんだと! グリモア殿の言うことが正しければ、村が襲われているっ」


 ライナルトが、一気に殺気を放つ。戦闘モードに切り替えたのだ、と素人目にも分かった。


「この先は、ヒューリー最北端の村なんだっ!」

「いやっべえええじゃんんんん!! 急ごう!」


 ドドドドド、とライナルトがスピードを上げる一方、ソルの足は速まらない。


「ソル?」

「焦るな、シン。ライナルトに任せて、様子を見た方がいい――下手に突っ込むのはよくない」

「あ……ごめん」

 

 ふ、とまたグリモアが笑って、頭頂に顔を埋めてきた。

 

「耳が垂れているぞ」

「げげえ」


 ――耳があるのは別に良いけど、感情を隠せなくなるのには、まいった。


「あの~人に見られる前に、その~」

「大丈夫だ、隠してやる……その前にもうちょっと」

「さいですか」


 

 なんだろう、死神のペットになった気分だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る