三章 暴れる巨亀
15話 モフモフは正義?
俺たちはそれから、砦を下りて、魔獣が出没するという岬へと向かっていた(ソルは水が苦手なのか、誘ってみたもののプイッとされた)。
いきなり戦う前に、調査をしたいとライナルトが申し出たからだ。
背後には騎士が数人張り付いている。護衛と言うより、監視だろう。
「そりゃあ一人で着替え、できないはずだよな~」
「うっ」
エミーの気持ちを少しでもほぐしたくて、俺は軽口をたたく。
「でもすっげえなー」
「え?」
「だって王女ってあれだろ、城にいたら誰かがなんでもやってくれるし、飯にも困らないんじゃないの?」
養護施設でよくそんな絵本を読んであげたよな~と思い出す。
最後は王子様と幸せに暮らしました、めでたしめでたし、だ。
「……ライナルト様に、その、憧れて」
ぽっと頬を染めるエミーは、可憐だ。
「私、ですか」
「はい。民のためにといつも」
「恐縮です」
俺、お見合いに紛れ込んじゃった?
「ライナルトは、男の俺から見ても、かっこいいもんな~」
「っ」
「強いだけじゃなくて、礼儀正しいし。俺にも優しいしな~」
「はい! そうなんです! しかもこの若さで聖騎士団長就任は、異例中の異例なのです!」
「おおすげえ」
「いやあの、ちょっと、さすがに」
照れるライナルトは珍しい。
騎士が頬を染めると、なんか可愛い。
「あはは。ライが照れてる~~~!」
「うぐ……」
「責任感、強いもんな」
俺なんかのために、退団して追いかけてくるぐらいだ。
「ありがと……ごめんな」
「そんな! シン、私が勝手にやっていることだ。それに、謝るのは我々の方だ」
「そうです! まさか、ヒューリーがそんなことをしているだなんてっ」
慌てるふたりに、ますます罪悪感が募る。
確かに呼び出したやつが悪いけど、ふたりの人生が俺のために狂っていっているような感覚になる。だって俺は、『太陽の
「シン?」
気づけば、心配そうな水色の瞳が目の前にあった。
この世界に来て初めて目が合ったのも、ライナルトのこの目だったなあと思い出す。まるで遠い昔のようだ。
「あーいや。魔獣、たいしたことないといいな~!」
務めて明るく言ってみるが、ライナルトがぽつりと「耳が垂れてる」と言うから、台無しになった。
「うぅ~バレバレなの嫌だな~」
「ふふっ」
「笑うなよ、エミー。あれ、王女様のがいい?」
「今まで通りにしてくださいっ」
「はは!」
するとライナルトが、もじもじしながら言い出す。
「シン……その、耳。触ってもいいだろうか?」
「え? どうぞ?」
少しためらった後で、もしゃり、と耳ごと頭を撫でられた。
「っ! やわらかい」
「はは! グリモアも言ってたな~」
「ずっと、触ってみたかった……かわいい」
おい、それ、怪しいセリフだかんなっ! また俺の心に乙女を降臨させる気かっ。
「はうう~なんか、いけないものを見ている気分です~」
エミー! 盛り上がるなっ!
「あーもう! 調査! 調査すんだろっ」
「……」
「もっと触りたいって顔すんなよ。終わったら好きなだけ触ればいいだろ」
「いいのか!」
「尻尾は、わたくしがっ!」
はいはい。モフモフは正義って言葉があったよな。まさか自分がそっち側になると思わなかったよ。好きにしてくれよ……
ちらりと後ろを見ると、付き添いの騎士たちが複雑な顔をして見ていた。
「え。もしかして、触りたかったりするの?」
試しに聞いたら、先頭の騎士がハッとなった。
「っあの、その」
「えーっと、よかったらどうぞ?」
「!!」
屈強な男たちが、次々手の装備を外して耳に触り始める。しかも行儀よく順番に並んでいるのがまたおかしい。
まるでテーマパークのキャラクターだな……魔物扱いよりはマシか、と自分を慰めていると、ライナルトが不満そうな顔をしていた。
「ライナルト様、まさか、独占欲でいらっしゃったり!?」
「おいエミー、んなわけ」
「うぐ」
「ライ! 否定しろってば!」
「きゃあああっ尊いですわあ~~~~」
「エミー! おい! 祈るなっ」
――本物の乙女の発想には、敵わない。
◇
「ずいぶん波が荒いなあ」
「ああ。これでは、沖に出るのは不可能だろう」
「嫌な予感がいたします」
さきほどまでとは打って変わって、ライナルトもエミーも、表情が硬い。それもそのはずだ、岬の先端まで来ると、波の高さが異常だとわかる。
普通は風の強さや、寄せたり引いたりのリズムがあるものだろうが、眼前の海はただひたすらに、荒れ狂っている。
普段は泳げるほど穏やかな海だと言っていたのに、今は落ちたら絶対に戻って来られない。それほどの恐怖を感じる。
「魔獣の
「姿を確認する前に、犠牲になっているというからな……」
ライナルトが、警戒心を高めている。スイッチのオンオフが早いのも、すごいなと尊敬している。デキる男を目の当たりにすると、コンプレックスで俺の耳はますます垂れてしまう。オフィスビルでも、スーツ姿で
「シン?」
「ああ、いや。怖いなって」
ぎゅ、と首元のネックレスを握った。グリモアから預かったものだ。落ち込んでいる暇はない。きっとひとりで、待っているから。
「できるなら、なんとかしたいよな。平和が一番だ」
「ああ」
「はい!」
気合を入れ直して、キッと海を見つめると――ザバアアアアと波間に盛り上がる何かがある。
「なんだ!?」
それから、そいつは、鳴いた。
「ッキュウウウウウウウウウウウウウウ」
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