二章 荒れる海原

7話 勝手に来て、勝手に仲間入り


「無事かっ! 良かった!」


 聖騎士の白いローブでなく、茶色いフード付きマントに、プレートアーマー装備のライナルト。

 乱れた髪や顎の先の無精ひげ、それからあちこちに付いた土埃を見ると、長い間道に迷っていたのは明白だ。


「無事です。えーと、何しに?」


 今ポトフを皿についだら、また冷めそうだな? と俺はコンロから鍋を外しながら、ライナルトに向き直る。

 

「なにって……助けに!」

「はあ」

「その者が死神かっ」


 ライナルトが、ばっと腰の剣の柄に手をかけるので、俺は慌てて手を広げてグリモアを背に庇った。

 

「ちょ、落ち着けって! 殺すつもりならとっくにってるだろ!」

「っだがしかし」

「だがもしかしもねえんだよ! ったく勝手に人を別世界から呼ぶわ追放するわ、勝手に助けにくるわ、挙句の果てに勝手に戦おうとするわ。なんなんだよこの世界。人間は全員無礼だな! ここはキッチンだ! んな汚い格好で入ってくるんじゃねえ!!」

「ふぐ」

「グリモアの方がよっぽど礼儀正しくて優しいぞ! 恥を知れっ! 話してやっから、ダイニングで大人しく待ってろ!」

「は、はい」


 俺の剣幕に圧倒されたのか、素直に言うことを聞いてすごすごと去っていくライナルトの背を見送ってから、俺はもう一つ新しいスープ皿をキャビネットから取り出す。


「……奴にも食べさせるのか? 腹の虫は、いなかったが」

「うん、グリモア。みんなで食べた方が美味しいからな」

「味が変わるのか?」

「気持ちの問題」

「?」

 

 キッチンを見回すと、銀色のワゴンを発見した。

 俺はその天板にスープ皿を三つ並べ、木の平皿を置く。それから、チキンを焼くのに使って、余熱がまだ残っている鉄の深皿を、木の平皿の上に乗せる。その中に、残りのポトフを流し入れた。これなら保温が効くし、すぐお代わりできる。


「よし、いこうぜ」

 



 ◇




「やめたあ!?」


 大声を出してしまったのは、許して欲しい。

 聖騎士団長ライナルトが、俺が追放された後すぐに聖騎士団を退団し、その足で馬を駆って追いかけてきた、と言うからだ。


 ダイニングテーブルで食事を振るまったものの、ライナルトが手を付けようとはしなかったので――俺やグリモアは気にせず食べたが――事情を聴いたらそんなことを言い始めた。俺の左、ライナルトの正面に座っているエミーも、下唇を噛みしめて下を向いている。

 

「なんでだよ!」

「……私は、太陽神教会の聖騎士として、誇りを持って生きてきた」


 それは、ほんのわずかしか接していない俺でも分かる。


「だが、シン殿へのやり方を見て、誇りを持てなくなった……民を守り、慈しむ。それこそが、太陽神教会の在り方だったはずだ」

「ん~まあ確かに、勝手に連れて来といて追い出すのは、酷いよな。でも俺の場合はほら、この耳と尻尾が魔物に見えたわけだし」

「だが、人間なのだろう!?」


 テーブルの上で拳を震わせるライナルトに、俺は言う。


「前の世界では、たしかに人間だった。今は正直わかんないよ。だって耳とかなかったし。もし俺が人間じゃなかったら、ライナルトは後悔するんじゃない?」

「!!」


 かちゃん、とグリモアがスプーンを置いた。綺麗に食べ終わっている。グリルチキンは、骨すら跡形もない。骨は食わなくていいぞって伝え忘れたな、と頭の端でぼんやり考える。

 

「……っだが」

「正義感ってさ。本人には迷惑な時もあるんだよ」


 養護施設にいた、というと避ける人間と、同情で優しくしてくる人間がいる。俺にとっては、避けてくれた方がやりやすかった。俺を見て、自分の方が恵まれているとされることほど、傷つくことはない。人間は群れで生きる以上、マウント行為はやめられないのかもしれないが。

 

「ライナルト様は、素晴らしいお方なんですっ! そのお方に対してなんてことをっ」

「いや私は……というか、君は? それは、聖魔導士団のローブだな……」

「退団されたとお聞きして、心配でっ」


 これにはさすがに、ライナルトも困惑の表情を隠さなかった。

 

「ほらな。勝手な正義感をぶつけられた感想はどうよ」

「うっ」

「まあとりあえずそれ、食えよ。毒なんか入ってない」


 グリモアがようやく声を発した。


「おかわりは、あるか?」

「ふは! あるよ。あと、骨は食わなくていいよ」

「そうか……よかった」

「口の中、大丈夫か?」

「大丈夫だ」


 素直に「あ」と口を開けて見せるグリモアに、ライナルトもエミーも戸惑っている。

 

「はは」


 ライナルトは意を決した様子でスープに口を付け「!」と目を見開いた後、ものすごい勢いで食べた。

 

「ライナルトも、おかわりするか?」

「っ、ああ」

「んじゃ、食べながら聞いてくれ。俺は、グリモアと太陽神に会いに行く旅へ出ようと思う」

「!?」


 びたりと固まったライナルトの代わりに、エミーが叫ぶように言う。

 

「死神が、太陽神様に会うだなんて! 聞いたことありません!」

「そりゃそうさ。お前らグリモアと会話しようとしたことないだろ」

「っ」

「……どういうことか、説明いただけるだろうか」


 エミーは絶句し、ライナルトが横にいるグリモアに静かに問いかけると「呼ばれたからだ」と淡々と答えながら人参をかじっている。


「「呼ばれた……?」」

「ああ。会いに来いと。だが道がわからぬから、シンに頼んだ」

「俺も分からないけど、この耳と尻尾隠してくれるっていうからさ。道を聞きながらいけばいいかなって」

「太陽神様は、海洋国タラッタの沿岸に浮かぶ島にいらっしゃると言われている。だが、タラッタへの入国は難しいのではなかろうか」

「えっ、そうなの!?」


 驚く俺に、エミーが小さな声で言う。

 

「それに、我が国ヒューリーとタラッタは、敵対しています……」

「なんで!?」

「太陽神殿は、日が昇る方角である我が国こそが太陽神様の聖地だと主張しています。一方でタラッタは、沖に浮かぶ亀島かめじまにいらっしゃるので、そこが聖地であると主張していますから」

「いや全然わからん。一緒の神様信仰してるんだろ? どこが聖地だっていいじゃんか」

「っ」


 それきり、エミーは口をつぐんでしまう。

 おほん、とライナルトが咳ばらいをした。

 

「とにかくそういう訳で、ヒューリーからタラッタに入るのは、非常に難しい背景がある」

「うーん。なんとなくわかったけど。んじゃライナルトは、どうしたらいいと思う?」

「……私もその旅に同行しよう。良い方法を模索しながらにはなるが」

「ライナルト様が行くなら、私も行きます!」

「はあ!? いやでも」


 ふむ、とグリモアが頷いてから、言った。


「目的地に着ければ、わたしはなんでもいい。なあシン、この赤いのはどうにも苦手だ」


 スプーンの上には、人参がひとかけら乗っていた。

 

「あははは! わかったよ。グリモアがいいなら、俺もいい。んじゃ、今日はゆっくり休んで、明日準備できたら出発しようぜ――人参は、俺が食ってやるよ」


 するとグリモアが、俺に自分のスプーンをそのまま差し出してきた。上に人参を乗せたまま。


「えっと……?」

「食べてくれるのだろう」

「っ」


 完全に「あーん」されちゃったよね――食べるけどさ。


「はうぅっ……」

「シン殿には、やはり不思議な力が」

「んぐもぐ、ないですぅ」


 死神が、無自覚なだけだと思う。

 

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