念いの果てに④
……そんな間宮に、轟は追い打ちを掛けていく。
「言ったはずだ、間宮。君にも脳力を覚醒してもらう必要がある。君に明るい顔は似合わないよ。何人もの人間を手に掛けた君が、何を呑気に正義を語っている? 君にはもっと冷酷に、無慈悲に、どのようなときでも破壊に貪欲であってもらわなければならない」
「勝手なこと言いやがって……。あんたが間宮の何を知ってるんだ。間宮がいたから、首堂の事件で被害者は出なかったんだ。間宮は誰かを思うことができる人間なんだ」
「〝愛〟の力か……。まさに君の言う通りだと思うよ。世界に必要なものは愛だ。だが、そのせいで、間宮が多くの業を背負っていることも事実だ」
依然として間宮は頭を上げることはない。
轟は静かに歩み寄り、それを見下ろしながら言った。
「思い出せ。死者の悲鳴を。嘆きを。赦しを請う姿を。君は二千を超える人間を問答無用で殺してきたのだろう。どれだけ善を重ねようと、その罪を消すことはできない。君はもう、破壊に生きるしかないんだよ」
間宮の葛藤が目に見えて伝わってくる。
拳に込められている力が増していく。
グレーになったキャンパスを元に戻すことはできない。
それは間宮が一番理解していることだ。
「いい加減にしろ。あんたの好きにはさせねぇぞ」
「良いだろう。ならば、決定的な事実を教えてやる」
「…………」
「君の両親を死に追いやった異端脳力者。それを差し向けたのは、他でもない僕だ」
「本気で……言っているんですか?」
そこでようやく、間宮の肩が僅かに震えた。
「彼女も熱心な助手の一人だったよ。だが、君を授かってからは、その気持ちは徐々に揺らいでしまった。あるいは、それが【破壊】の脳力が彼女のカラダから消えた理由だったのかもしれないな」
自分から両親を奪った張本人。
そう語る男を、間宮は食い入るように見上げた。
「脳力が君に引き継がれたとき、彼女は酷く嘆いていたよ。世界の終焉を回避するには、【未来予知】に従う必要があることは理解していたが、娘を危険に晒したくない……と。僕はそんな彼女に〝一旦は〟普通の暮らしをする権利を与えた」
……轟を見上げる間宮の瞳。
その左眼が、徐々に紅い光で輝いていく。
「間宮凛。君はそんな家庭に産まれた、一個の果実だ。果実は時間を掛けて育てる必要がある。そして、最後に収穫する。木から刈り取る必要があるのだ」
間宮は立ち上がると、目を鋭く吊り上げた。
それに対して轟は、歓喜に満ちた声でこう言った。
「そのために僕は数年前、トライオリジン覚醒のために『両親の死』を演出したのだ! 衝動をより大きなものとし、アンリミッターによって【破壊】を発現してもらうために!」
「だから……両親を蘇生したくないんですね……」
「蘇生したくないかどうか、その質問に答えるならイエスにはなる。もっとも、さっきも言ったように、肉体がないのではどうしようもないがな」
「嘘を吐かないで下さい! あなたは私の両親を殺し、わざと助けなかったんでしょう!」
少しでも触れたら、一瞬で弾けてしまいそうな。
それほどに大きく、間宮の殺意は増していった。
そしてその左眼から、赤黒い何かが垂れてくる。
「おい、間宮……」
「あなたの……! あんたのせいで! 私のお父さんとお母さんは……!」
加神の目の前で、夢で見た光景がリフレインされる。
……止めなくちゃいけない。
頭ではわかっているのだが、加神が手出しできる隙などなかった。
「素晴らしい! その調子だ、間宮! 君の眼の輝きは変わりつつある! そうやって、破壊に身を任せるのだ!」
「ちょっと彩人君! それ以上は未来が変わる可能性が――!」
事態を見かねた加神の母親が、轟の蛮行を抑えようとする。
しかしながら、それは手遅れだった。
次の瞬間――加神の母親は真っ二つに千切れていた。
「…………え?」
加神は驚きのあまり、声を出すことすら忘れていた。
そしていつの間にか、死体となってしまった母親を見下ろしていたのだった。
母親の上半身が、反射の影響で痙攣を起こしている。
「部外者は黙っててよ……。ただの【未来予知】の雑魚のくせに……」
「さすがだな、間宮。一撃で息の根を止めるとは。だが狙いを間違っているぞ」
「……あんた、馬鹿なの? この状況で加神を殺すと思う……? あんたを生かしているのは、あんたが【死者蘇生】を持っているから。痛い目に遭いたくなければ、私のお父さんとお母さんを返してよ!」
「一旦落ち着くんだ、間宮! これ以上は収拾が着かなくなる!」
「加神は黙ってて!」
駄目だ……。まともに話を聞いてくれない。
それなのに間宮の左眼の輝きは増していく。
赤黒いイリウムは根を伸ばし、瞬く間に間宮の全身を覆っていった。
「くくく……アハハハハ……! 君のその力があのときあれば、両親は無残に死ななくて済んだのかもな……。なぁ、間宮。滑稽だと思わないか? 君の母親は瀕死の父親の前で犯され、その父親自身も、玩具のようにバラバラにされた。異端脳力者によってな」
「それ以上……あのときのことを思い出させないで……!」
「そう、異端脳力者だ! 君もそれと同じ道を歩もうとしている!」
復讐の鬼と化した【破壊】のトライオリジン。
全身を赤黒く染めたその姿を前にしても、轟は高笑いを上げるだけだった。
「この『解決編』も、もうじき終わりを告げるだろう! すべて僕の言った通りになる! 君はその衝動に任せ、異端脳力者と同じく快楽のために、ここに居る全員を殺すのだ!」
両手を高々と上げ、暗闇の空間に狂笑が響き渡る。
その後ろで、スフィアが白金の輝きを増幅させる。
まるでその様は、トライオリジンの念いに反応しているようだった。
――その下部の機構に、赤み染みが飛び散った。
「だから……うるさいんだってば……」
その袂に倒れているのは、轟支部長の躯。
轟の血液が間宮の足元に流れてくる。
間宮の頬は紅潮していた。
「ふふ……ふふふふふふ…………。あぁ、うん。たしかにそうかもね」
「ま、間宮……?」
「私にはこっちの方が合ってるよ……。だって今……凄く気分が良いもん」
間宮は赤い水溜まりを踏みしめると、満面の笑みで振り返った。
白黒の制服に、赤黒いラインの走った姿は、加神の知っている間宮ではなかった。
その中で、左眼は輝きを煌々と主張している。
「ねぇ、加神。やり方を変えよう?」
「…………やり方?」
「やっぱり脳力者は全員殺す。だって私は【破壊】のトライオリジンなんだもん。私なら、それができると思うんだ」
「それを達成した後に、何があるって言うんだよ……」
加神が目を伏せると、間宮は、珍しく陽気な雰囲気で続けた。
「理想郷だよ。争いのない世界を、私が作るんだ。加神は私の傍からいなくならないんだよね? だったら手伝ってよ。私と一緒に、最高のハッピーエンドを目指そう?」
「…………間宮」
この前と同じだ。加神にはやはり、間宮のすべてを理解することはできなかった。
両親を奪われ、青春の時間をエージェントに注ぎ、信頼していた上司に裏切られたのだ。
……そんな人間が、どんな気持ちでここに立っているのか。
どれほどの悲しみと怒りで、今にも心が壊れそうなのか。
知り合ってから数日しか経っていない自分が、それを理解できるわけがなかった。
だが、一つだけ断言できることはある。
「ごめん、間宮。それは賛成できない」
今の間宮と正面から向き合う。
一度言った自分の言葉を、今さら曲げるつもりはなかった。
「俺は決めたんだ。お前の念いを背負うって」
「そう。だから、全員を殺して――」
「お前の念いは一つじゃないはずだ」
間宮の右眼には、前の相棒の念いが残っている。
今までに何人もの人間を殺めてきたのであれば、その分だけ救われた人間もいるはずだ。
でなければ、間宮という存在はとうに壊れている。
人間は、様々な念いに振り回されて生きていくものだ。
その上で葛藤し、選択したからこそ、ここまで生き続けて来られたのだろう。
「間宮。お前だって本当はわかってるんだろ。全員を殺した後にハッピーエンドなんてない。お前は独りぼっちの世界に残されるだけだ」
……自分の半分を殺して生きたって、報われる未来なんてない。
「『みんなを守る』。そう言い切ったときのお前、すげー格好良かったぜ。俺はお前のことが好きだ。格好良いお前と一緒に、念いを果たした先の未来を見たい」
決して訴えかけるのではなく、加神はありのままに、自分の今の気持ちを伝えた。
「お前は、違うのか?」
間宮は力を失くすと、膝を折ってくずおれた。
そしてまた、二つの念いの間で葛藤する。
「私だって……私だって……そう思うけど……。でも私は何人も殺して……もう引き返せないんだよ。私の罪はなくならない。何人救ったってもう……」
間宮は透明な涙を零した。
ひたり……ひたり……と。床に突いた両手に、雫の跡が増えていく。
「だから、それを背負って生きていくんだろ。言ったじゃないか。俺が一緒に背負うって」
加神は相棒の傍にしゃがみ込むと、その手を自分の手で包み込んだ。
「俺はそんなに頼りないのか?」
「加神……」
間宮が両手を握り返してくれる。
涙を流して、見つめてくる瞳。オッドアイを輝かせる少女。
左眼は紅く、右眼は碧い。
間宮を受け止められる人間は自分しかいないと思った。
「一緒に歩こう。茨の道を。俺はお前の傍からいなくなったりしないよ」
これから先、たくさんの困難が待ち受けるだろう。
道に迷うことだってあるかもしれない。
だが――生きた証を残す。加神はそう、もう一度深く心に誓った。
お互いの両手に、熱が溜まっていく。
……嬉しかった。間宮は素直に嬉しかった。
加神にすべての感情をぶちまけたあの日。
過去を話し、自分の念いを話したあの日。
加神はそれらを一緒に背負うと言ってくれた。
一人じゃどうにもならない感情を、その身一つで受け止めてくれた。
前の相棒も、同じような言葉を自分にくれたが、その命は有限だった。
いつしか相棒も、自分の傍からいなくなってしまったのだ。
そしてまた加神は、間宮の自分勝手な念いを、一緒に背負うと言ってくれている。
「……じゃあさ、私のために死んで?」
間宮は、素直な気持ちを吐き出していた。
「異端脳力者は殺さない。その代わりに加神が何回も死んで?」
加神は【再生】の脳力を持っている。
きっとそんな彼なら……どんな念いでも受け止めてくれるのだろう。
「殺して生き返って……殺して生き返って……。私のためのサンドバッグになってよ。加神ならそれができるでしょ」
これ以上誰かを殺めたくはない。
けれどそれと同時に、抑え切れない衝動もある。
その二つを解消するには、それしか思い付かなかった。
「…………ね? それなら良いでしょ?」
笑っていれば気が晴れるような気がして、いつものように、無垢な笑みを向ける。
もはや、自分が自分でないようだった。
どうせ拒否されると、心の奥底でわかっていながら、間宮は狂ったように語り掛けた。
「あぁ、わかったよ」
加神はそっと、間宮の体を抱き締めた。
その存在を確認するように。
死してなお寄り添おうと、相手の存在を慈しむように。
予想外の反応に戸惑ってしまう。
「それでお前の気が済むんなら、俺は構わないよ」
間宮は逡巡したが、加神と同じように手を回した。
「体を張るのは慣れてるからな」
「うっ……うぅうううううううう」
お互いに存在を確認し合う。二人の体温が高まっていく。
「加神ぃっ……加神ぃいいい……」
「何度死んでも、俺はずっと……お前の傍にいるよ」
「うぁあああああああああああああああん!」
「大丈夫……」
当然のように殺す女と、当然のように生き返る男。
白黒の空間に、歪な二人の念いが響き渡った。
「俺は生きてる」
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