三話 ニートハッカー「うわー、マッチポンプキッモ」

①立体駐車場

 中型バイクを二人乗りして、二日ぶりに現場にやって来る。

 幟のアンリミッターを奪った三人の異端脳力者の素性を知るなら、まずはここを調査するべき、という判断だった。

 適当な場所に留め、スタンドを立ててバイクから下りる。

「念のため取っておいた免許が、こんな形で役に立つとはな」

 警察官になるなら、いずれバイクに乗る機会も来るはず。バイクを買おう買おうとは思っていた加神なのだが、学業とバイトを両立するのが難しく、先延ばしになっていた。

 そんな免許が満を持して、意味を持つ日が来ようとは。

「CIPの支給品バイクの乗り心地はどう? これもマクスヴェルを搭載しているから、無限に乗り回すことが可能だよ」

「夢の一つが叶ったよ。――っと、今はそんなこと言っている場合じゃねぇか」

 これまた支給されたヘルメットとゴーグルを外し、周囲を見渡す。

 あれから二日が経過しているため、駐車場の整備が行われていた。

 だが、さすがにということか、突っ込んだ際にできた壁の穴はそのままだった。

 間宮はカラーコーンで保全されたエリアに堂々と入ると、表面の砕けたコンクリートの壁を撫でた。

「それで何かわかるのか」

「不動の他に二人がいたんだよね? 女は火を放って、男は車を操っているみたいだったって」

「まあ、そうだな」

「火の方は似たような脳力者が何人かいたから仕方ないにしても、車を操るっていうのが、しっくりこないんだよね。どういう風に操ってるかで、人物を特定できると思うんだ」

 当然だが、間宮は加神と比べて経験が豊富なエージェントだ。

 グリグリと指で穴を擦って、何かを確認している。

「……進展は?」

「これ、壁が削れるように崩れてる。まるですり鉢でゴリゴリと削るような――車が無理やり走り続けたって感じだね。念力で突っ込ませたんじゃなくて、車を操縦して突っ込んだ後も、しばらくアクセルを踏み続けたってことだよ」

「なるほど。瞬間的じゃなくて、継続的な影響を与えたってことか」

「それとそこの床。タイヤ痕が残ってる。おそらくだけど、無茶な操縦でもしたんじゃないかな」

 間宮はコンクリートの床に残っていた黒い跡を示しながら、言った。

 たしかにその通りで、二台の車はあり得ない挙動を見せていた。

「つまり〝ハッキング〟みたいな脳力者じゃないかって?」

「……うん。他に覚えていることはないの?」

「そうだな……そういやシャッターを封鎖したり、エレベーターのランプを消したりしてたな。この辺一帯の機械類を手足のように操ってたよ」

「それが本当なら、心当たりのある脳力者がいる。【操縦】の脳力者。ハッキングって言うよりは〝メカニック〟って言う方が正しいかもね。彼は触れた機械にしか、脳力を使うことができないから。ただ……そうか。そう考えれば、もう一人の脳力者もはっきりするね。彼の相棒は【燃焼】の脳力を持っていたはずだから」

「それは一体……誰なんだ?」

「【操縦】の方が首堂(しゅどう)。【燃焼】の方が火鳥(ひどり)って名前だったはず」

「首堂……?」

 途端に眩暈をしたような、足元がふらつく感覚を覚える。

 まさかこんなところで、その名前を聞くとは思わなかった。

 加神はかぶりを振って余計な考えを消し去ると、平静でいるように心掛けた。

 ……首堂。……首堂か。

 そんな偶然があるわけがない。

「覚えがあるの?」

「……あ、あー、小学校のときの友達に、首堂って名字の奴がいてさ……。ちょっと気になっただけだよ。けど、日本には色んな人がいるし、たまたま同じになってもおかしくないよな……」

「それはそうだけど……。何なら写真でも確認してみる?」

「あるのか?」

「異端脳力者も元を返せばエージェントだったわけだから、過去の写真が登録されてる。待って、今出してみるから」

 間宮は自分の端末機を取り出すと、何やら液晶をタップし始めた。

 この端末機は、そういう使い方もできるのか、と感心するところだが。

「……いや、いい! 少なくとも今はいい!」

「どうして? すぐに確認した方が良いんじゃない?」

「情報が一気に入ってきてパンクしそうなんだ。端末機で確認できんなら、あとで自分の方でやっておくよ」

「そう? 加神がそう言うならそれで良いけど……」

「それで次はどうするんだ」

「……ねぇ、加神はどう思う? どうして彼らはアンリミッターを奪ったんだと思う?」

 アンリミッターを奪った理由か。

 たしかに、それは一番気になる部分だった。

「俺はアンリミッターについて詳しくないけど、それって、一人につき一個の物なんだよな?」

「基本的にはそうだね」

「〝基本的〟?」

「……いいから続けて」

「もし他人のアンリミッターを使うことができんなら、三人は【使役】の脳力を手に入れるために、幟から奪ったとは考えられないか?」

 加神の推理を聞いて、間宮は顎に手を添えた。

「それで実際に、他人のアンリミッターを使うことはできんのか?」

「……アンリミッターは普通、個々の波長に一度でも合うと、それ以外の人間には適合しないようになるの。【使役】の脳力を発現したのは幟なつめであって、使えるのは彼女に限定される。……ただ、その波長を合わせる技術は、一応あるにはあるんだよね……」

「だったらその技術を使ったんだ。それ以外に考えられねぇだろ」

「…………」

「それに、例えばこういうシナリオはどうだ。【使役】を他の脳力と組み合わせて使うんだ。効率の良いやり方は動画だな。【操縦】を使って、それを全国に拡散する」

「つまり、不特定多数を洗脳するってこと? 誰を洗脳するの?」

「……『他の脳力者すべて』っていうのはどうだ」

 ひたすら思索する間宮だったが、推理の終着点を聞いて、目を大きく見開いた。

「あり得ない話じゃないかもね……。むしろ、【使役】の脳力を使うってなったら、異端脳力者の考えそうなことかもね……」

 行き当たりばったりの推理だったが、間宮の反応を見るに、的外れというわけでもないらしい。

 二人の目線が交差する。

「なら、次に行く場所は決まったね」

「何処に行くんだよ」

「他人のアンリミッターを使う。それについて、異端脳力者が訪れていそうな場所に、心当たりがあるの」

 間宮はヘルメットとゴーグルを付けると、バイクの後ろに跨った。

「運転してくれる?」

「ナビはどうすんだよ」

「それが最短ルートを計算してくれるよ」

と言って、バイクメーター下の窪みに嵌め込んだ端末機を示す。

「便利だな」

 加神は呆れたように笑うと、ハンドルを固く握り締めた。

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