⑤タワーマンション
翌日、加神は約束通りに、メモに記された住所にやって来た。
エントランスホールのコンシェルジュに『間宮』の名前を出すと、インターホンのやり取りをスキップして、エレベーターホールに通された。
黒塗りのエレベーターの扉が開き、中に入る。
間宮に渡されたメモには『扉が閉まるまでに574342と入力する』と書いてあった。
「……えっと、階層を押せば良いんだよな……」
エレベーターのボタンをテンキーに見立てて、子供みたいに押しまくると、二度入力された4は赤く灯り、それ以外は黄色に灯る。
扉が閉まると、ボタンには地下の存在が示されていないにもかかわらず、エレベーターの箱は下降を始めた。
しばらくしてボタンのランプが消え、扉が開かれると、予想だにしない光景が広がった。
一言で表現するなら、宇宙船の司令塔のようだった。
純白の、全方向に広大な空間が、そこにはあった。
中央が吹き抜けになっており、それを覆うように二階層の通路が続いている。
それら通路の何処にいてもわかる位置に、巨大なモニターが設置されており、日本の主要都市の様子が(おそらく生中継で)流れている。
その袂には老若男女様々な人間が忙しなく行き交い、立ち止まっている人間は、モニターの映像を見上げながら何かを話し合っていた。
加神がその光景に呆然としていると、近くから聞き覚えのある声が上がった。
「こっち」
発声源を振り向くと、エントランスの隅に設置された円卓と丸椅子のエリアで、間宮が何かを食べていた。
チョコレートケーキとコーヒーだろうか。甘ったるそうな塊をフォークで口に運びながら、モニターを監視していたらしい。
そうやって、来るかもしれない加神の到着を待っていたのだろう。
加神は間宮のとなりの丸椅子に座を下ろした。
「やるよ。実は買いたいものがたくさんあるんだよな。給料、弾んでくれよ」
「ふふっ、ちょっとこれが食べ終わるまで待ってくれる?」
加神のジョークが面白かったのか、それとも加神の覚悟を褒めているのか、間宮は嬉しそうに口元を緩めた。
「それとも良かったら加神も食べる? 美味しいよ」
「腹は減ってない。ゆっくり食えって」
「やることが山積みだから、そうも行かないんだよね……」
間宮は残りのケーキをコーヒーで流し込むと、ハンカチで口元を拭って立ち上がった。
「付いて来て」
言われた通りに、後に続く。
円卓テーブルに置きっ放しの小皿とティーカップをどうするのか気になったが、間宮は近くのエージェントを呼び止めると、食器を片付けるように指示を出した。
それを見て加神は、どうやら間宮は、CIPの中では、相当偉い立場なのかもしれないと勝手に見積もった。
「覚悟は決まったってことだね。
これで加神は今日から私たちの仲間。
CIPのエージェントとして、民間人の平和のため、異端脳力者確保のために行動をしてもらう。
普段の生活は通常通りに過ごしても構わないけど、任務中は目立つ行動は控えてね。
これはエージェント専用の端末機。
スマートフォンと同じことができるから、緊急時にはこれを使って。
常に携帯しろとは言わないけど、身分を証明する手帳の役割もあるから失くさないようにね。
ああそれと、アンリミッターの移植は無事に完了したから。
自分の脳力を、是非とも役立ててくれると嬉しいな」
加神は渡された端末機――スマートフォンを胸の内ポケットにしまい、ブレザーの襟を正して身を引き締めた。
巨大モニターの設置されたエントランスに戻ると、一人の成人男性が立っていた。
髪は白く、上下白いスーツを身に着けている。肌も女性のように白かった。
「間宮、新しい相棒か」
「轟支部長。はい、その通りです。加神と言います。B5の案件について調査しようかと」
「……あ、えと、よろしくお願いします」
轟と名を呼ばれた支部長は、路傍の花を見るように加神を一瞥した。
オーラのようなものが整然としていて、感情を読み取ることができない。
「脳力者はできればこれ以上増やしたくはない。問題が起こったときには、わかるな?」
「はい。私が自ら、後始末を致します」
「加神と言ったな。君の活躍に期待している。相棒に見限られないよう気を付けるんだな」
そうとだけ言うと、轟支部長は身を翻し、廊下の奥に姿を消した。
……なんだろう。
人の上に立つ人間の態度はこういうものなんだろうか。
最後の言葉は、単に馬鹿にしているようにも聞こえたが。
CIP日本支部から――タワーマンションから出てきた加神は、太陽の光に目を細めた。
左眼が見える。本当に見える。
それが機械のおかげだったとしても、加神の感動はたしかなものだった。
間宮は加神の全身を認めると、目を瞬かせながら言った。
「今気づいたんだけど、それ、蛍雪の制服だよね。証明写真、別の格好で撮った方が良かったんじゃない? 仕事着になるんだから」
「別に良いよ。お前だって制服姿だろ。勤勉な高校生は、常に制服で過ごすもんだ。これの方が、気が入りすぎなくてやりやすいかもな」
「ふーん、そっか」
何処か理解を示したように頷いている。
「なぁ、そういや俺の脳力って何になるんだ?」
加神は左眼を慈しむように撫でた。
「まだ、わからない」
「わからない? おいおい、話が違くねぇか。手ぶらで任務に当たれって言うのかよ」
「〝まだ〟って言ったでしょ。脳力の発現する条件が揃っていないの。加神が心から何かを〝実現したい〟と思えば、アンリミッターがその念いを解放させてくれるよ」
「俺の念い、ね……」
「そのうちアンリミッターと脳の波長が合うときが来るはず。とにかく、今は調査に取り掛かろう」
「段々とそれっぽくなって来たな」
「幟なつめのアンリミッターを奪った奴らを捕まえる。それが私たちに課せられた任務だよ」
「よし! やるか!」
加神は胸を叩く思いで一歩を踏み出した。
間宮のとなりに並び、任務のために鞠那シティに繰り出す。
そして、エージェントとしての加神の新しい日々が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます