四分五裂③

「……美味いな」

 間宮手製のオムライスに、加神は感嘆の息を漏らした。

「有り合わせで作ったとは思えないくらいだ。その辺の定食屋よりも価値があるぞ」

「……何か変なものでも入れたの?」

 ひなたはチェアに座りながら、行儀悪い格好で食事を摂っている。

 まるで品がない。

 その品のなさは態度だけでなく、生活空間にも表れていた。

 人数分の食器が見つからなかったらしく、加神は箸で、間宮はフォークで、オムライスを口に運んでいた。

「隠し味にめんつゆをちょっとね」

「めんつゆ?」

 ひなたが咀嚼しながら質問をする。

 ご飯粒が飛んだ。本当にはしたない。

「使えそうな食材があまりなかったから」

 曰く、ひなたの部屋の冷蔵庫には、賞味期限が切れていないものは、卵と調味料しかなかったらしい。

 ご飯はレンジで作れるインスタントのもので、戸棚に無造作に置いてあったもの。

 加神が手伝って、これに関してはチンだけしておいた。

「日本人は醤油が好きだから。適当に入れておけば、何とかなるもんだよ」

「なるほどな。そういうもんか」

「ごちそうさまでした」

 ひなたは二リットルの天然水ボトルをラッパ飲みする。

 そして、すぐさまパソコンに向き直った。

 上機嫌な様子で、マウスを忙しなく動かし、時折キーボードを叩いている。

「こんなところでニートを拗らせてなきゃ、その才能も評価されそうなのにね」

 間宮が水を差すようなことをポツリと呟く。

「あたしの生き方をとやかく言われる謂れはない」

「俺は別に今のままでも良いと思うけどな」

「…………」

 加神が思ったことを口にすると、短い静寂が過ぎていった。

 すると、ひなたはどぎまぎしながら。

「そ、そうかな……?」

「あぁ。間宮はこうして、ひなたのことを頼ってるんだ。それで十分じゃないか」

「……ふっ、ダッサ。露骨な好感度上げ、お疲れ様~」

「せっかくフォローしたのに、その言い草は何なんだよ」

「……うっさい。フォローなんか、求めてないもん……」

 そのときひなたが頬を赤らめていたのは、おそらく怒りのせいだったのだろう。

 照れていた? まさか、そんなわけがない。

 加神は、話題を変えるために、少々強引に舵を切った。

「そういや二人って、『カウントダウン動画』って知ってるか?」

「……あー、今一番ホットな奴だね。その名前がCIPの人間から出てくるとは思わなかったよ。マーリンはどうなの?」

「一応知ってる。けど、興味はないね」

 間宮は瞼を閉じて、淡泊に返した。

「見たことないの? ついに今日、七本目が上がったっていうのに」

「七本目……。ということは、明日が最終日になるんだな」

 加神は、二日前に友人たちと話した内容を思い出した。

 あれからも、律儀に動画がアップされていたのか。

「……どんな動画なの?」

「おやぁ、マーリン気になっちゃう? じゃあ折角だし、ここで見てみる?」

 ひなたが、したり顔で顧みる。

 なんでお前が得意気なんだと言ってやりたい。

「……わかった。見てみる」

 意外にも、間宮は素直な一面を見せると、ひなたのデスクに歩み寄った。

 ひなたは首堂捜しを中断し、新しいウィンドウを開く。

 動画共有サイトに飛び、それを上部のモニターに表示させ、再生ボタンをクリックする。

 動画の内容は、二日前とほとんど同じだった。

 テストパターン放送のような、カラフルな色が映され、下の方に表示された数字が減っていく。

 ただし今回は、〝24:00:00〟から始まり、〝23:59:50〟までだった。

 〝marina city〟の文字が浮かび上がり、ノイズが走って動画は終了する。

 動画が終わって早々、間宮の呟いた感想は、簡素なものだった。

「……こんな動画が、いま話題になってるんだ」

「凄いんだよぉ。誰が始めたのか、考察動画でも上げようものなら、すぐに広まってさ。色んな説が噂されてんの」

「ふぅん……」

「反応薄いねぇ。自分の分身みたいなもんなのにさ」

「間宮の分身?」

「あれ、知らないの? このチャンネルの名前、『merlin(マーリン)』って言うんだよ。ほら、同じ名前じゃん」

 意気揚々と言うひなたに対して、間宮と加神は呆気に取られてしまった。

 小学生じゃあるまいし、どうすればそんな態度になれるのか。

 加神は脳内辞書を開いた。

「多分この場合のマーリンって、ブリタニア列王史に出てくる、予言者の名前から取ってるんだろ。カウントダウンがゼロになると何かが起こる……。そんな意味を込めてな」

「へぇ、物知りなんだね。そういう由来なんだ、これ」

「本当に、明日になったら何かが起こるの?」

「さぁ、どうだろうね。けど、さすがのマーリンもこうやって動画を見ると、気になるところはあるんだねー」

「別に……そんなことないけど」

 ムスっとする間宮。

 なるほど。中学時代の友人だということが、一連の流れで裏付けされたように感じた。

 ひなたは、ネットの沼に引き込むかのように、話題を広げていった。

「あたしさ、これにちょっと興味があってさ、チャンネルのIPアドレスを割り出そうとしてみたんだよね。けどさ、このチャンネル、見たこともないプロテクトが掛けてあって、面倒くさくて途中で止めたんだ」

「……暇人だね」

 自分の腕前を自慢するように語るひなただが。

 どうも加神は、その内容に引っ掛かりを覚えた。

「見たこともないプロテクトってなんだ?」

「……説明するのも難しいかな。まあ、人間業とは思えない、って感じ?」

「意味不明な動画を上げるだけのチャンネルなのに、そこまでやる必要があんのか」

「さぁね。身バレしたくないんじゃない? 慎重な人なんだよ、きっと」

「動画を上げることに慎重、か……」

 むず痒い感覚が増していく。

「……いや、案外中二臭いだけの変人かもしれないよ」

 そんなさなか、間宮はマウスを操作して、チャンネルの説明を開いていた。

 モニターを見上げてみると、『天秤を元に戻す』――と、短い文が表示されている。

「チャンネル名を『merlim』にしたり、こんな文を書いていたり、単に意味深にしたいだけじゃないの?」

「本当にそうなのか……?」

 そのとき、加神の脳内に閃光が走った。

 途端にさっきまでの不快感が払しょくされていく。

 ……まさか本当に、そんな形で、点と点が線で繋がるのか?

「思ったんだけどさ。もしかして、『カウントダウン動画』を上げてるのって、首堂なんじゃないか?」

「……え」

 間宮は、鳩が豆鉄砲を食らったようだった。

「天秤を元に戻す――この妙な表現を、俺はすでに聞いたことがあるんだ。二日前の立体駐車場で、首堂は幟に対して、たしかにこう言っていたんだ」

 ――『天秤を元に戻す』。その計画の最終日は三日後だ。それにお前も協力してもらう。

「けど、それだけじゃ、根拠としては弱いと思うよ」

「ニブいねー、マーリンは。その日を基準に考えるなら、計画の最終日って奴が『カウントダウン動画』が0になる日と同じってことになるよ」

「……あぁ、そういうことね」

 ひなたのフォローもあって、間宮が納得したように頷く。

「なるほど。つまりあの異常なプロテクトは、脳力者が構築したものだったと~」

「そういうことだ。一つ一つは、あくまで可能性の範疇に過ぎないけれど、それらを合わせれば、たしかな事実に繋がるはずだ」

 そしてそれらを仮定してから考えると、ここ数日の出来事が、誰かの一連の行動として意味を持ってくる。

 『カウントダウン動画』をネットに上げ、不特定多数の興味を惹き付けたこと。

 幟のアンリミッターを奪い、ひなたに頼んで移植させたこと。

「……別に、あいつがあの首堂だって完全に認めたわけじゃない。けど、これならすべてに合点がいく。異端脳力者は、最後の『カウントダウン動画』で、何かをするつもりだ」

「もしかしてさっきの、複数の脳力を組み合わせて使うって話?」

「あぁ。そして【使役】を使うとなれば、そこから考えられる妥当な目的は一つ――。

 視聴者を同時に洗脳する……。それがあいつらのゴールなんだろう」

「それが奴らにとっての、『天秤を元に戻す』ってこと……?」

 間宮はまだ、その事実を受け止め切れないようだった。

「あたしからしてみれば、あたしの日常を脅かす異端脳力者の方こそ、居なくなって欲しいくらいだけどねー」

 ひなたの呟いた言葉に、加神と間宮は押し黙った。

「……それだね、ひなた」

「……え、何が?」

「『他の脳力者すべてを洗脳する』か……。それが本当なら、とんでもない計画だな……」

 あくまでこれは推測の域を出てはいない。

 だがカウントダウンが本物だとすれば、加神たちには制限時間が課せられたことになる。

 24時間――。それまでに、異端脳力者を捕まえなければならないのだ。


「見つけたよ。火鳥って奴の顔が完全に一致した」

 加神と間宮が片付けで食器を洗っていると、小走りでひなたがやって来た。

「本当にそんなことができるもんなんだな」

「ネットに繋がっている機械類に、片っ端から潜り込んでみたの。そしたら、あるパソコンのウェブカメラに、火鳥と同じ顔の人が映ってた」

「さすがだね、ひなた」

「トーゼン! E7に十階建てのマンションがある。そのマンションの802号室だよ。今も奴らはそこにいるはずだよ」

「よし! すぐに向かおう! 邪魔したね、ひなた。捜査の協力、感謝するよ」

 間宮は濡れた手を振って水分を払うと、先立って部屋を出て行こうとする。

 当然加神もそれに続こうとするが、急速に不安が頭を擡げた。

「……行かないの?」

「いや……部屋に異端脳力者が乗り込んできたくらいだし、ひなたを保護した方が良いんじゃないかと思ってさ」

「首堂の脳力に後れを取っただけだし、そう簡単にここに辿り着ける奴はいないと思うよ」

「そうなのか……?」

「それにこの後大事な用事もあるしね……。いいから早く行きなよ」

 大げさに手で追い払ってくるひなた。

 何か秘密を隠しているようにも感じるが、これで終わりという訳でもない。

 ……ひなたとは仲良くなれそうだし、気になることはあとで問い質してやれば良いか。

 加神はやる気を全身に漲らせると、生き生きと部屋を後にする。

「ありがとな!」

「いってらっしゃい」

 やがて――ゆっくりと扉が閉じられた。


 大型トラックの後ろにつき、E7を目指してバイクを疾走する。

 間宮は、加神の腹に両手を回して、しっかりとしがみついていた。

 マクスヴェルを搭載した乗り物は、ほとんど音を発しない。

 あるのは風を切る音と、あとは時折、砂利を弾いたときくらいだ。

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