四分五裂②

「……あぁ、わかった」

 無愛想な自己紹介を済ませながら、ひなたがキーボードを押下する。

 音が鳴ったドアの方を顧みると、ドアノブに小型の機械が接続されていた。

 遠隔でドアの鍵を操作できる装置、といったところだろうか。

「それで、いきなり押しかけて、今回はどんな用?」

「ひなた。あんた〝あの技術〟を誰かに売ったでしょ」

「何の話かわからないんだけど?」

 ひなたは頭を掻きながら、ゲーミングチェアに腰かける。

 モニターの電源を入れ、話から逃げるようにキーボードを叩き始めた。

「あんたは、アンリミッターを他人に移植する技術を持っている。それを売ったんじゃないかって聞いてるの」

「それは本当か?」

「知らないよ。そもそもあたしは、アンタら組織の仲間じゃないし」

「とぼけないで!」

 怒りを露わにした間宮が、デスクを握り拳で叩いた。

「あー壊れる壊れる。壊したら、十五万の弁償だかんねー」

 ひなたはなおもキーボードを弄るだけだ。

「……シラを切るつもり?」

「本当に何も知らないんだもん。ねぇ、アンタの相棒、寝不足なんじゃないの?」

 これは加神に対して言っているのだろう。

「そうやって、今までの恩を仇で返すんだ」

「…………」

「……あのさ、とりあえず君は、アンリミッターに関して、何かを知っているんだろ?」

「ひなた」

「……ひなた。俺たちはある異端脳力者を捜しててさ、そいつらを捕まえるには、お前の協力が必要なんだ」

 さすがに強引な交渉は穏やかではない。

 加神は助太刀をしたのだが、間宮の態度は鎮まるどころか、さらに怒気を増していった。

「正直に話さないと、この部屋にあるものを壊していく」

「……勝手にすれば?」

 ひなたが交渉を拒絶すると、三つのモニターの内、右側のモニターに亀裂が入った。

 画面が割れ、明らかに壊れたと一目でわかる。

「……別にいいし。そろそろ買い替えようと思っていたから」

 強がったように言うと、今度はキーボードの近くに置いてあった本体が破壊された。

 ひなたは一瞬目を見開いたが、何事もなかったかのように取り繕う。

「……こっちに予備があるから、問題はない」

 別の機械の箱のボタンを押す。その本体もモニターと繋がれているようだ。

 ……と、三度目の正直。

 間宮はとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、決定的な一手を突き付けてみせた。

 デスクの左側の脚が二本切り倒され、バランスを崩した天板が斜面になる。

 そして、無情な一幕。

 デスクの上に並べられた機材のすべてが、ズルズルと滑り落ちて行った。

 まるで地震があった後のように、ひなたが築いた城が崩れ落ちたのだ。

 ひなたは口をパクパクさせて、声にならない声を発していた。

「……え、何それ……。さすがにそれは酷いよ……。ここまで作るのに、一年も掛かったっていうのに……」

「ウィザード級ハッカーが聞いて呆れるね。たった一年でしょ。こっちは未来永劫に関わる問題なの。気が変わったのであれば、話してくれる?」

 ひなたは肩を震わせながら立ち上がり、勢い良くこちらに振り返った。

「うるさいうるさい! 寄りにもよってあたしのお気に入りを壊しやがって! それがCIPのやることなの!?」

「買い替えるんじゃなかったの」

「だまれ黙れ! ねぇ、この人やっぱり疲れてるんだよ! アンタ相棒でしょ!? 少しは止めようとか思わなかったの!?」

「いや……」

 頼むから俺を巻き込むなよ、と加神は目を逸らした。

「そう思うなら、さっさと洗いざらい話して。こっちだって、遊んでいる場合じゃないんだから」

「……クール気取っちゃってさ。あいつの真似でもしてるつもり?」

 ……あいつ? 二人は昔からの知り合いのようだし、それに関することだろうか。

「今はその話は関係ない」

「いや、大アリだね! こっちだってカードを持ってるんだからね! それ以上やるようなら、アンタの秘密、ここで話してやろうか!」

「いい加減にして」

 途端に空気が冷たくなる。

 さっきまでの賑やかさが嘘のように、例えるなら昼休みに誤って教室の電気を消してしまったときのような変わり身の早さで、間宮は冷ややかな視線を向けた。

「いくらあんたが相手でも、私の邪魔をするなら殺すよ?」

「いやいや待て待て! 話が飛躍し過ぎだ! 見た感じ、間宮の脳力って破壊系だろ!」

「……あぁ、ごめん。今のはただの口癖なんだ。軽い冗談だと思ってよ」

 たしかに、親しい間柄であれば、そういう表現を使う人もいなくはないが……。

 そうだとしても、この状況で間宮が言うと冗談になっていない。

「ただ、まあ。半殺しくらいは、しちゃうかもしれないけどね……」

 目元に影を作って、ひなたを睨み付ける間宮。

 鋭い目つきで殺さんばかりの気迫に、さすがの相手も白旗を上げた。

「たはは……。マーリンはホント強引だよね」

「話す気になった?」

 ひなたは背を向けると、壊れたデスクを応急処置で直していった。

 間宮のあだ名のようなものが出てきたが、〝まみやりん〟を縮めてマーリンなのだろう。

「……仕方ないでしょ。あたしだって生きるのに必死だったんだ。いきなり部屋に乗り込んで来て……『このアンリミッターを使えるように波長を合わせろ』って言われて……」

「幟なつめのアンリミッターを渡されたんだね?」

「誰のものかなんて知らないよ。あたしに質問する権利はないもん。あたしは頼まれたことをやっただけ。自衛する手段もないし、そうするしかないでしょ……」

「ひなたは、脳力を持っていないのか?」

「アンタ、あたしの話聞いてた? あたしはCIPなんて組織に関わるつもりはないし、脳力なんてものはいらない。わざわざ命を危険に晒してどうすんの。電子機械さえあれば、あたしは幸せなの。マーリンに手を貸してやってるのは、友達だからってだけ」

 緊張の糸が解け、間宮はため息を吐いた。

「ひなたはあくまで協力者だよ。アンリミッターを移植する技術に関しては、CIPにも同様の技術があるのかもしれないけどね。少なくともそういう事実は聞いていないから」

「そうか……」

 アンリミッターを移植するということは、『脳力を二つ有する』ということだ。CIPは、『脳への負担が二倍になる』『脳力者の危険性が増す』等、そういう理由から、それを避けるようにしているのかもしれない。

 兎にも角にも、ひなたを頼れば裏道として、『脳力を二つ有する』ことが可能になるということだ。

 脳力を二つ……二つか。

 加神は間宮の顔色を窺ってみたが、真意を明らかにするのはひとまず後回しにした。

「とにかく。認めるんだね? あんたは異端脳力者にその技術を売ったんだ?」

「……そうだよ」

「じゃあ話をそろそろ進めようぜ。それが誰だったのか確認しないとな」

「……たしかに、加神の言う通りだね」

 間宮は端末機を取り出すと、何度か液晶をタップして画面を突き付けた。

「それはこの人で合ってる?」

「……うん、そうだよ。たしかにこんな顔だった」

 ひなたは不満そうに小さく頷いている。

「……へぇ、首堂昂太郎(しゅどうこうたろう)って言うんだ、この人」

「……? ちょっと俺にも見せてくれないか」

 立体駐車場のときと同じような眩暈が襲う。

 加神は半信半疑で画面を覗き込むと、そこに表示されていた顔と氏名を見て絶句した。

「…………」

 似ている……なんてレベルではなかった。

 首堂は加神の小学生の頃の親友だった。それと比べて、さすがに顔つき体つきは成長しているが、あの頃の面影がしっかりと残っていたのだ。しかも、名前に使われている漢字はすべて同じだ。

「本当にあの首堂なのかよ……。けど、なんであの首堂が……」

「ひなた、この人を捜して。ネットワークを使えば楽勝でしょ」

「はぁ? なんであたしがそんなこと……」

「壊れた機材、買い直すんでしょ? それだけの報酬を約束するよ。悪くない話だと思うけど」

「うわー、マッチポンプキッモ……。まあ、やるけどさ……」

 やるのかよ。加神はずっこけそうになった。

 表面上は仲違いしているようにも見えるが、いわゆる腐れ縁という奴か。

「他に使えそうな情報はないの?」

「首堂のグループの写真がある。この二人も異端脳力者で、共に行動しているはず」

 再び端末機を覗き込むひなた。

 火鳥と不動の写真が表示されている。

「三人分あれば、どれかは見つかるかもね。で、場所の検討は付いてるの?」

 と言って肩を鳴らすと、チェアの上で胡坐をかいた。

「戦闘があった場所なら一応は……。B5にある立体駐車場だよ」

「わかった。とにかくそこを中心に探ってみるよ」

 ひなたはキーボードを叩き、何かのソフトを立ち上げる。それを待っている間に、スキャナーのような機械に端末機を通し、写真情報をパソコン内に取り込んだ。

「ありがとう、ひなた。それじゃ、その間、こっちの方は適当に時間を潰そうかな」

 間宮はホッと息を吐くと、腰に手を添えて鼻を鳴らした。

「台所、ちょっと借りるね。お詫びじゃないけど、何か料理を作ってあげるよ」

「さっきカップ麺を食べたからいい」

「駄目。添加物ばかり食べてると、体に良くないよ。加神は部屋の掃除をお願い。ひなたの邪魔をするわけには行かないからね」

「部屋にあるものを勝手に触るのは駄目だろ」

 ひなたは頬杖を突きながら、マウスを動かしていた。

「許可しますー。連帯責任ってことで、掃除よろしく」

「ったく……仕方ねぇな……」

 間宮に振り回されている気もするが、ひなたの協力は必須らしいので、渋々了承する。

 適当なレジ袋を拝借し、明らかにゴミだと言えるものを放り込んでいく。

 キッチンの方からは、コンロの火を点ける音と、卵を溶く音が聞こえてきた。

 間宮の料理は順調のようだ。

 掃除が進み、ある程度踏み場が増えてきたところで、妙なものが目に留まった。

 ……紐が二本付いた黒い布が落ちている。

 これも何かのゴミだろうかと、加神は手に取って確認してみた。

 それは下着だった。しかもおそらく、ひなたの物だ。

 他人の趣向に口を出すものではないが、予想外の物体に、手が止まってしまう。

「…………」

 これはどうすれば良いんだろう? 見なかったことにすれば良いのか? かと言って置きっ放しにするのも、意識しているみたいで気持ち悪い気がする……。

「……ねぇ、加神。それ、何してるの?」

 剣呑な雰囲気を纏った言葉が、加神に重くのしかかる。

 振り返ると、間宮が目元に濃い影を作って、こちらを睨んでいた。

「私さ……下品な人は嫌いなんだよね。特に下ネタは大嫌い……」

「待て、誤解だ! 衣類が落ちてるから、気になっただけで……!」

「ぷぷぷ。嘘はイケないよー。部屋に入ったときからあたしに欲情してたもんねぇ。マーリンは初心だから、気付けなかったんだね」

 ひなたはパソコンに向かいながら、愉快そうにクスクス笑っている。

「高みの見物しないでくれ。これはどうすれば良いんだよ」

「脱衣所に洗濯カゴがあるから入れといてよ」

 大人しく無難な訊き方をしてみると、意外にも、すんなりと回答が返ってきた。

 言われた通りに脱衣所へ向かう。

 キッチンから聞こえる卵を溶く音が、先よりも激しくなっている気がする。

 加神はゴミを捨てるように、ひなたのパンツを洗濯カゴに放り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る