②蛍雪高校
翌日の早朝、三年C組の教室。加神は、幟のとなりの席に陣取った。
クラスメイトはそれぞれが群れを伴って、やる気を絞り出すために時間を過ごしている。
だが、いつもなら自然と集まってくる友人は、加神以外に誰もいなかった。
それもそのはず。
幟は一年生の頃の優等生であったときのように、黒髪ロングに戻っていた。
背筋を伸ばして椅子に座り、前髪の隙間から、ちらちらと加神の表情を窺っている。
まるで、ギャルの幟は、最初からいなかったことになったかのようだった。
「……あの、あたしに何か用かな?」
「おはよう、幟。それが言いたかったんだ」
「……あぁ、うん。おはよう……加神君。あのさ、そんなにジロジロ見られると照れちゃうかなーなんて……」
幟はわかりやすいくらいに頬を染めた。
……やっぱり戻っている。加神はそう確信した。
二年前、加神が初めて会話をしたときの幟は、まさに今の態度と同じだった。
白黒制服の少女の言う通りだ。これが、記憶を消去した結果なのだろう。
「ひとつ、例え話をしても良いか?」
「例え話?」
幟が可愛らしく首を傾げている。
複雑な気分だ。
幟が本当に無事だったこと。それは何より喜ばしいことのはずなのに、目の前の彼女が偽りの存在に見えてしまう。
だからこれは、ある種の答え合わせでもあった。
「幟はある特殊能力に目覚めるんだ。見つめた相手を、思い通りに操れる能力だ。ちょっと無茶なことを言っても聞き入れてくれる……。そんな味方を作ることができる力だよ」
「……何かの心理テストなのかな?」
「いいから。それを手に入れたとして、幟はどんな生活を送るのか、イメージしてくれ」
「そうだなぁ……本当にそんな力があったら、凄いことだなぁって思うよ。今のあたしが一番欲しい力かもしれないね」
一番欲しい力か。
どうやら、幟が友達を作りたいと思っていたのは本当だったらしい。
加神はその答えを受けて、【使役】の脳力を持っていた幟が、その後どうしたのかをなぞっていく。
「じゃあ例えば、自分だけのグループを作って、毎日毎日、思い通りの楽しい日々を送ったりするのか?」
「……あはは、加神君は凄いね。まさにその通りだと思うよ。きっとあたしなら、そうするんじゃないかな」
幟は、心理テストに答えているつもりなのか、何処か楽しそうだった。
「それで……もしも一人だけその力を使わない相手がいたとしたら、それは幟にとって、どんな人なんだ?」
「うーん。…………好きな人かな」
「…………」
バットで殴られたような衝撃が襲う。加神は思わず目を見開いていた。
その言葉は、さすがに予想外だった。
「もしそんな力が手に入ったとしたら、しばらくの間は退屈しない毎日を過ごせると思うよ。けどそれって、作り物の日常でしょ? それなら、せめて一人くらいは、〝本物の存在〟として残しておきたいかな……なんてね」
……それは本心なのだろうか。どうも辻褄が合わない気がする。
脳力者だった頃の幟。ギャルだった頃の幟は、加神に好意を寄せていたのだろうか。
「それがどうしたの?」
「わかった。もういいよ。幟が馬鹿正直だって、よくわかったよ」
「……?? ちょっと、何それ? ……あ、もしかして、あたしで遊んだの? 加神君ってば、酷いなぁ」
「はは、そう怒るなって……。そこまで真剣になってくれるとは思わなかったからさ」
二人はそれからも、この心理テストをきっかけにして、他愛のない話をしばらく続けた。
そして、確実にわかったことがあった。
幟は、脳力者になる前の状態に、戻っただけだということだ。
それに脳力の存在などなくとも、幟の根本的なところは同じだった。
「次、あたしからも質問してもいい? 拒否権はないからね……!」
「おう、いいぜ。どんな質問でも答えてやるよ」
相手の心の中に入り込む才能は、ギャルの資質があるとも言い換えられる。
ならば今度こそは、ちゃんとした形で、幟と友達になれば良いだけ。
――目の前にいる彼女は偽りではない。加神はそう結論付けた。
会話をしながら、加神はふとこう思った。
きっと幟は迷っていたのだろう。クラスメイトに脳力を使うことを。
そして叱って欲しかったのだ。近くにいる、思いを馳せていた相手に。
俺がもっと正面からぶつかっていれば、幟の秘密に早く気付けたのかもな……。
加神はちょっぴり後悔したが、今ある時間を、ありのままに楽しんだ。
もう友達が、危険に晒されることはないのだから。
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