二話 四分五裂「いってらっしゃい」
四分五裂①
――立体駐車場――
中型バイクを二人乗りして、二日ぶりに現場にやって来る。
幟のアンリミッターを奪った三人の異端脳力者の素性を知るなら、まずはここを調査するべき、という判断だった。
適当な場所に留め、スタンドを立ててバイクから下りる。
「CIPの支給品バイクの乗り心地はどう? これもマクスヴェルを搭載しているから、無限に乗り回すことが可能だよ」
「念のため取っておいた免許が、こんな形で役に立つとはな」
バイクを足に使う機会も来るはず。バイクを買おうとは思っていた加神なのだが、学業とバイトを両立するのが難しく、先延ばしになっていた。
そんな免許が満を持して、意味を持つ日が来ようとは。
「――っと、今はそんなこと言っている場合じゃねぇか」
これまた支給されたヘルメットとゴーグルを外し、周囲を見渡す。
あれから二日が経過しているため、駐車場の整備が行われていた。
だが、さすがにということか、突っ込んだ際にできた壁の穴はそのままだった。
間宮はカラーコーンで保全されたエリアに堂々と入ると、表面の砕けたコンクリートの壁を撫でた。
「それで何かわかるのか」
「不動の他に二人がいたんだよね? 女は火を放って、男は車を操っているみたいだったって」
「まあ、そうだな」
「火の方は似たような脳力者が何人かいたから仕方ないにしても、車を操るっていうのが、しっくりこないんだよね。どういう風に操ってるかで、人物を特定できると思うんだ」
当然だが、間宮は加神と比べて経験が豊富なエージェントだ。
グリグリと指で穴を擦って、何かを確認している。
「……進展は?」
「これ、壁が削れるように崩れてる。まるですり鉢でゴリゴリと削るような……。車が無理やり走り続けたって感じだね。念力で突っ込ませたんじゃなくて、車を操縦して突っ込んだ後も、しばらくアクセルを踏み続けたってことだよ」
「なるほど。瞬間的じゃなくて、継続的な脳力を使ったってことか」
「それとそこの床。タイヤ痕が残ってる。おそらくだけど、無茶な操縦でもしたんじゃないかな」
間宮はコンクリートの床に残っていた黒い跡を示しながら、言った。
たしかにその通りで、二台の車はあり得ない挙動を見せていた。
「つまり〝ハッキング〟みたいな脳力者じゃないかって?」
「……うん。他に覚えていることはないの?」
「そうだな……そういやシャッターを封鎖したり、エレベーターのランプを消したりしてたな。この辺一帯の機械類を手足のように操ってたよ」
「それが本当なら、心当たりのある脳力者がいる。【操縦】の脳力者。ハッキングって言うよりは〝メカニック〟って言う方が正しいかもね。彼は触れた機械にしか、脳力を使うことができないから。ただ……そうか。そう考えれば、もう一人の脳力者もはっきりするね。彼の相棒は【燃焼】の脳力を持っていたはずだから」
「それは一体……誰なんだ?」
「【操縦】の方が首堂(しゅどう)。【燃焼】の方が火鳥(ひどり)って名前だったはず」
「首堂……?」
途端に眩暈をしたような、足元がふらつく感覚を覚える。
まさかこんなところで、その名前を聞くとは思わなかった。
加神はかぶりを振って余計な考えを消し去ると、平静でいるように心掛けた。
……首堂。……首堂か。そんな偶然があるわけがない。
「覚えがあるの?」
「……あ、あー、小学校のときの友達に、首堂って名字の奴がいてさ……。ちょっと気になっただけだよ。けど、日本には色んな人がいるし、たまたま同じになってもおかしくないよな……」
「それはそうだけど……。何なら写真でも確認してみる?」
「あるのか?」
「異端脳力者も元を返せばエージェントだったわけだから、過去の写真が登録されてる。待って、今出してみるから」
間宮は自分の端末機を取り出すと、何やら液晶をタップし始めた。
この端末機は、そういう使い方もできるのか、と感心するところだが。
「……いや、いい! 少なくとも今はいい!」
「どうして? すぐに確認した方が良いんじゃない?」
「情報が一気に入ってきてパンクしそうなんだ。端末機で確認できんなら、あとで自分の方でやっておくよ」
「そう? 加神がそう言うならそれで良いけど……」
「それで次はどうするんだ」
「……ねぇ、加神はどう思う? どうして彼らはアンリミッターを奪ったんだと思う?」
アンリミッターを奪った理由か。
たしかに、それは一番気になる部分だった。
「俺はアンリミッターについて詳しくないけど、それって、一人に一個の物なんだよな?」
「基本的にはそうだね」
「〝基本的〟?」
「……いいから続けて」
「もし他人のアンリミッターを使うことができんなら、三人は【使役】の脳力を手に入れるために、幟から奪ったとは考えられないか?」
加神の推理を聞いて、間宮は顎に手を添えた。
「それで実際に、他人のアンリミッターを使うことはできんのか?」
「……アンリミッターは普通、個々の波長に一度でも合うと、それ以外の人間には適合しないようになるの。【使役】の脳力を発現したのは幟なつめであって、使えるのは彼女に限定される。……ただ、その波長を合わせる技術は、一応あるにはあるんだよね……」
「だったらその技術を使ったんだ。それ以外に考えられねぇだろ」
「…………」
「それに、例えばこういう発想はどうだ。複数の脳力を組み合わせて使うんだ。あいつらはあくまで、【使役】の脳力が欲しいだけのようだったしな」
「【転移】【燃焼】【操縦】――そこに【使役】か……。どれを組み合わせるの?」
「可能性が高いのは【操縦】だな。機械の力があれば、色んなことができるだろ」
ひたすら思索する間宮だったが、推理の終着点を聞いて、小さく頷いた。
「あり得ない話じゃないかもね……。むしろ、【使役】の脳力を使うってなったら、異端脳力者の考えそうなことかもね……」
行き当たりばったりの推理だったが、間宮の反応を見るに、的外れというわけでもないらしい。
二人の視線が交差する。
「なら、次に行く場所は決まったね」
「何処に行くんだ?」
「他人のアンリミッターを使う。それについて、異端脳力者が訪れていそうな場所に、心当たりがあるの」
間宮はヘルメットとゴーグルを付けると、バイクの後ろに跨った。
「運転してくれる?」
「ナビはどうすんだよ」
「それが最短ルートを計算してくれるよ」
と言って、バイクメーター下の窪みに嵌め込んだ端末機を示す。
「便利だな」
加神は参ったように笑うと、ハンドルを固く握り締めた。
――ハイツフェルマータ――
端末機に設定されたナビの通りにバイクを走らせ、目的地に到着する。
着いたのは鞠那シティの端にある、寂れたアパートだった。
昨今の科学の進歩に後れを取ったように、木造建築の二階建てである。
せめて壊れた柵くらいは修理しても良い気がするが、大家がよほどケチなのだろう。
二階の突き当たり、角部屋の前で、間宮が足を止めた。
「ここか?」
「そう」と言って、間宮が呼び鈴を押す。
今時珍しい、ジャラジャラと鳴るタイプだった。
手持ち無沙汰になった加神は、何となしに周囲を見渡してみる。
この部屋の主は防犯対策でもしているのか、ドアの前を監視するようにカメラが取り付けられていた。他の部屋の前には、そういう類のものはない。
と、不意に、ドアの向こうで機械的な音がする。
オートロックを解除したような、木造建築には相応しくない音だった。
「開けたから入っていいよ」
部屋の中から、女のものと思われる声がする。
おそらく、カメラで誰が来たのかを確認したのだろう。
すぐに開錠してくれたということは、間宮に心を許している人物になるが、当の本人はドアノブに手を触れる素振りは見せず、もう一度呼び鈴を押した。
「……入らないのか?」
間宮は断固として動かずに、ドアを――いや、ドアの向こうを注視している。
「だから入っていいって!」
またもや部屋の中から女の声。ダルそうにしているのが、声色から伝わってくる。
そして三度、間宮は凪の様子で呼び鈴を押した。
観念したのか、部屋の中から足音が近づき、ドアが軋む音を発しながら開かれた。
「勝手に入ってくれると助かるんだけど?」
一人の女がにゅうっと顔を出す。
風呂に入っていないのか、髪の毛はぼさぼさで、肌にはまるでツヤがない。
上にはクタクタのシャツを一枚だけ着ており、下着なのかそういうズボンなのか、丈の短いパンツを履いている。
彼女も同年代くらいに見えるが、加神のクラスメイトにはいない、負のオーラを全身に纏った女だった。
「たまには陽の光を浴びた方が良いんじゃない?」
間宮がさらりと煽るように言うと、女は口をへの字に曲げて。
「……ウザ。で、そっちは誰? デート先にはオススメしないんだけど?」
「とりあえず、上がるね」
カウンターのつもりだったのだろう、女の煽り文句を受け流すと、間宮はずかずかと敷居を跨いだ。
「……とまあ、こう言ってるんで、俺も失礼するわ」
加神はそれを楯にしながら、腰を低くして後を付いて行った。
部屋の中は、踏み場を探すのに苦労しそうなほどに、色々なものが散乱していた。
ゴミ屋敷と言っても良いのかもしれない。
大小様々な棚をパズルのように組み合わせ、至る所に配置し、その中や上に難しそうなプログラミングの本やら用途不明の機材やらが、ぎゅうぎゅうに押し込まれている。
整理をしようと努力しているつもりなのだろうが、それでも圧迫感はこの上なかった。
せめて、いつ食べたのかわからないカップラーメンの容器や、丸めたティッシュくらいは捨てても良いような気がする。
「そこ、十万のパーツ。踏まないでよ」
「あ、悪い。気を付けるよ」
そんな危ないものを床に置くな、と心中で悪態を吐く。
部屋の奥まで通されると、大きなデスクと、その上に所狭しと並べられた機材が、目に飛び込んだ。
メインと思われるデスクトップパソコンが一機、中央に鎮座しており、壁にはモニターが三つ吊られている。パソコンの周りには機械の箱が、数えるのも億劫なほどに連なっており、その合間を縫う血管のようにケーブル類が繋がれている。
灯りは使っていないらしく、機械類が放つ光が、照明替わりだった。
「彼は加神生絃。うちの新しいエージェント。彼女は後廻(うしろまわり)ひなた」
「よろしく。名字は長いから、気楽に名前で呼んで」
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