終話 天から地へ「お前、まだそんなことを言ってんのかよ」

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 キッチンに並んで、間宮と一緒に後片付けをする。

 時計の針は、七時を過ぎたところだった。

 しっかり戸締りするように、間宮に促してから、家を後にする。

 加神は、ヘルメットとゴーグルを着けて、バイクに跨った。

「『カウントダウン動画』のことを考えるなら、タイムリミットは今日の十二時だ。時間はもう残されていない」

「行く当ては?」

「こうなったら、首堂に関係がありそうな場所を片っ端から調べるしかないな」

「そうだね」

 二人の体重を背負ったバイクが、僅かに沈み込む。

 加神は、ハンドルを固く握り締め、力強く捻った。


 ――立体駐車場。

 ネイピアビルディング・802号室と、エントランスホール。

 そして念のため、鞠那中央医療センターも。

 ここ数日訪れた場所を順番にさらってみたものの、手掛かりになりそうなものは一つもなかった。

 もちろん聞き込みも行ってみたが、首堂のことを知る人間など見つかるわけもない。

 制限時間が迫り、焦る気持ちは増していくばかりだった。


 ――プロトライフ――


 鞠那シティ中心地のほど近いところに、その家電量販店はあった。

 昨今のマクスヴェルの普及に抗うかのように、古き良き電化製品をメインに据えている店舗だ。煌々と輝く電光看板は、四六時中それをアピールしている。

 外に整備された駐車場。

 無造作に留められた車の中で、首堂昂太郎は俯いていた。

 左眼を鶯色、右眼を鬱金色にした異色義眼(オッドアイ)。

 間宮が攻め入り、あれから一日が経過した今。

 首堂にはもう、仲間は残されていなかった。

「…………」

 この計画は何としてでも完遂せねばなるまい。

 たとえCIPが邪魔しようとも――親友が邪魔しようとも――。

 そう気を奮い起こして頭を上げる。

 するとバックミラーに、何やら揉めている男女三人組が映った。

 女性の方は、二十代前後くらいだろうか。ジーンズとボーダーシャツを合わせた、カジュアルな格好をしており、青いアウターで綺麗に纏めている。

 メイクもバッチリキメており、彼氏でも待っているかのような風貌だった。

 対して男二人組の方は、適当なセットアップを身に纏い、捲くし立てるように言い寄っている。

 女性の掛けているブランド物のショルダーバッグを、ネチネチと指差しながら。

 ナンパでもしているのか。首堂はそう判断した。

 予定の時間まで、まだ余裕はある。

 首堂はおもむろに車外に出ると、三人組に近づいて行った。


「……何を、しているんだ?」

「あっ……」

 女の方が、まるで首堂を知っているかのような、妙な驚き方をする。

 その間に割り込むように、男二人が立ち塞がった。

「誰だ、お前?」

「何? この子の彼氏?」

 首堂はあえて無愛想に返答した。

「いや、初めて見るよ」

 できればコトを荒立てたくはない。

 しかしながら、その態度が、二人には気に食わなかったようで、

「だったら邪魔すんなよ」

「困っているのが見えたから、助けようと思ったんだ」

「助ける……? ぶははっ! そんな下らねぇ理由で入ってくんじゃねぇぞ」

 二人組の内、体格のデカい方が青筋を立てる。

 なんだ。ナンパじゃなくて、ただのチンピラか。

 鞠那シティにも、今時こんな古いタイプの小悪党がいるとは。

 首堂はため息を吐いた。

「おい! 気取ってんじゃねぇぞ!」

 交渉をする余地はなく、大男が握り拳を突き出してくる。

 首堂は右眼を鬱金色に輝かせ、男の眼を注視した。

 ピタリと。動画を止めるように、男の殴る勢いが治まる。

「俺は穏便に済ませたいんだ。一般人に手を出すつもりはない」

「わかったよ……。おい、行くぞ」

「……え、あ、おい! いいのかよ! せっかくの上玉だぞ!」

 大男が一様にやる気を失ったせいか、もう一人は大人しく後ろを付いて行った。

 【使役】の脳力は本物だ。それを噛みしめるように重い瞬きをする。

「……あ、あの、ありがとう……!」

 感謝の言葉を掛けられて、首堂は反射的に振り返った。

 女性は、気も漫ろといった様子だった。

 さっきの顔を見られたときの反応といい、やはり何か違和感がある。

「俺って、君とは初対面だよな?」

「初対面……? あ、うん、そうだね! だから、なおのことありがとうって言うか……」

「…………あのさ」

「うん? 何かな?」

「俺、この後D12に行こうと思っているんだ。お勧めのお店とか知ってるか?」

 首堂は、君に手を出すつもりはないという意味を込めて、そんな質問をした。

 余計なことを勘繰られても困る。女が無事なら、さっさと立ち去った方が良い。

「……中心地の方はあまり詳しくないかな。助けてもらったのにごめんね」

「いいよ。じゃあ、俺はこれで」

 首堂は、女の返事を待たずに身を翻す。

 これはあくまで、計画完遂のための寄り道に過ぎなかった。

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