⑤スカイランドタワー_3

 ベチャリ。

 CIP日本支部。エントランスホールに人が落ちてきた。

 二階のフロアから飛び降りたのだろう。微かに息は残っているようだった。

 轟支部長は、無表情で近くにいたエージェントに声を飛ばした。

「医務室に連れて行け。それと、ここに脳力者を立ち入らせるな。我々は平気だが、こいつは脳力者に対して洗脳を掛けているようだ。大事なエージェントに死なれては困る。わかったら作業に戻れ」

 エントランスホールの巨大なモニターを見上げながら、現状を整理するように淡々と言葉を紡ぐ。

 そうして、何か楽しむように、ポツリと呟いた。

「間宮、加神……。さぁ、君たちはどうするのかな」


 ↓《加神》


 屋上に続く扉を開け放つと、一陣の風が通り抜けた。

 その先に追いかけていた男の姿があった。

 左右の眼を別々の色に輝かせている――異端脳力者。

「首堂、やっと追い付いたぜ……。今すぐその馬鹿げた洗脳を止めろ」

「フッ、遅いな、加神。今さら止めに入ったところでどうにもならないよ。賽は投げられたんだ。お前も映像を見たんなら、わかるだろ」

「直視はしていない」

 加神は、道中の売店で拝借した、ある物を目元に掛けていた。

「だからサングラスを掛けているわけか。中途半端な脳力だよな」

 幟から奪ったアンリミッターを小馬鹿にするように、右眼だけを瞬きしている。

 ……気に入らない。

 加神には、あの首堂が、こんなことをする理由がわからなかった。

「首堂。きっかけはなんだ? お前も、トライオリジンを信じてるのか?」

「お前も見たのか、あの光景を。だったらわかるだろ。俺たち脳力者が存在しているせいで、世界は終焉を迎える。これで犠牲者を最小限にできるって言うんなら、俺は悪魔にでもなってやるよ」

「未来が決まっているとは限らないだろ……!」

「違うな。俺は未来予知がどうとか、それだけを理由にしているわけじゃない。大事なのは〝現状〟だ。壊れた天秤を元に戻すんだよ。俺はずっと、それだけが気掛かりだった」

「それで大勢が死んでもいいって言うのか! 俺もお前も、みんな死ぬんだぞ!」

「どんなときでも、歴史が動くときには犠牲が付き纏う。それで最悪を回避できるなら、喜んで死んでやるよ」

 鞠那シティの作られた平和は、脳力者のせいだ。

 首堂はそれを元に戻そうとしている。

 それが首堂なりの正義――そういうことなのかもしれない。

「加神、俺と交渉でもしたいのかよ。だったらまずはそのサングラスを取ってくれよ。親友の眼を見て話すこともできないのか?」

 親友……。

 たしかにそうだ。加神にとって首堂は大切な恩人だ。

「……それで、サングラスを取ったら、洗脳を止めてくれるのか?」

 そこで首堂は、何か逡巡するように視線を下に向けると、曖昧な表情を向けてきた。

「……約束はできない」

「わかった」

 加神は、サングラスを屋上の外に放り投げた。

 そして牢とした両眼で、首堂の両眼を見つめた。

「……はは、馬鹿かよ。人の話、聞いてんのかよ。なんで……そんな、堂々としていられるんだよ……」

「首堂の言う通りだと思っただけだ。俺たちは親友だ。だから、俺と一緒に考え直そう」

「……悪いな、加神」

 首堂は絞り出すように掠れた声を出すと、

「……もう俺は引き返せないんだよ」

 右眼を煌々と輝かせた。

 それを直視してしまった加神は、その場から一歩も動けなくなった。

「〝しばらくそこに居てくれ〟……」

 首堂はそうとだけ言い残し、通路の先に姿を消してしまう。

 扉を電子ロックする音が静かに鳴る。

 加神は、屋上から出られなくなってしまったのだ。

 ――一分も経たずに、【使役】の効果はなくなった。

 首堂からしてみれば、多少の時間稼ぎができれば十分だったのだろう。

 どの道、屋上から出る道は封鎖されたのだから。


 加神はヘナリと座り込み、自分の考えを纏めていた。

 ……首堂は、世界には脳力者は必要ないと断言していた。

 そう言えば、今朝、間宮と似たような話題になったこともあった。

 

 脳力者は必要かどうか……か。

 

 ……たしかに、必要ないのかもしれない。

 脳力なんてものがあったせいで、多くの犠牲が産まれたのだ。

 そうして負のサイクルが続いてしまった。

 脳力者は必要ない。その考えは一理あるような気もする。

 だが、それを理由に〝現状〟を一網打尽にするのは、やり方が乱暴な気もする。

 

 ……だったら、やっぱり〝未来〟だな。


 まずは〝未来を確かめること〟。

 〝天秤を戻す〟のは、それからでも遅くはないはずだ。


「首堂がそれを目指すって言うなら……よし! 俺が目指すものはこれだな!」

 加神は気を奮い立たせると、疲労困憊の体に鞭を打った。

 今頃、首堂はスカイランドタワーを離れるために、地上を目指しているはずだ。

 だがまだ方法はある。まだ首堂は捕まえられる。

 加神は屋上の端まで移動し、淵のギリギリに立って眼下を見下ろした。

 鞠那シティが――凸凹な建物が林立する街が、広がっている。

 風は体温だけでなく、命までも攫おうとしているかのようだ。

 ……近道する。方法はそれしかない。

「大丈夫……俺の脳力は【再生】だ。だったら、俺にしかできないやり方で、お前を止めてやるよ……!」

 加神は心拍数を整えるために深呼吸を繰り返しながら、一歩ずつ引き絞った。

 みんなを守るために、俺の命を使ってやる……!

 固い決心を胸に誓うと、加神は弾かれたように足を踏み込み――。

「うらあぁああああ!!!!」

 鞠那シティの上空へ――身を投げた。


 風を切る速度で落ちていく。

 青と白の鉄骨が奇妙な模様を描いて流れていく。

 中途半端に生き残って、痛い目に遭うのは御免だった。

 であれば、一切の痛みも感じずに、確実に死んだ方が楽なはず。

 加神は、近づいてくる地面を前にして、覚悟を決めた。

 そして、綺麗な赤い模様が、地上に花を咲かせた。

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