念いの果てに③
「〝初期型〟のマクスヴェルだよ。起原の母胎にして、なおも回転し続けるコマだ」
「初期型のマクスヴェル……」
なるほど。鞠那シティにあるすべてのエネルギーは、この装置を元にしているのだろう。
だが、その供給源がまさか、CIPの地下にあるとは思いもよらなかった。
「轟支部長。あなたがトライオリジンだったんですね。首堂の事件はあなたが唆したんですか?」
口火を切ったのは間宮だった。
轟彩人は、表情を変えることなく、その問いを切り返していく。
「信者の行動に興味などない。僕は君たちに『天啓』を与えただけだ。それを見て何を感じ取り、どのように振舞うかは、僕の範疇ではない」
「あの夢のことを話しているのか?」
加神は、二日前に見た、世界の終焉を描いた夢を思い出していた。
あの夢に関して、加神はまさしく『天啓』という表現を使っていた。
「夢……か。あれ事態に噓偽りはない。脳力者の存在など関係なく、近い将来にたしかに約束されている出来事だ。そのリアルな感触を君も感じたはずだ」
自分が先を行っているつもりなのか、当たり前のように言い放つ態度に腹が立つ。
そもそも加神は、夢の内容を信用しているわけではなかった。
「何がリアルな感触だ! 要はデタラメな嘘を刷り込むことで、異端脳力者を生み出すきっかけを作ったってことだろ!」
間宮はこう説明していた。
あるときをきっかけに、異端脳力者が世の中に生まれるようになった、と。
そのきっかけを作った張本人は、もはや轟彩人以外に他ならない。
「間宮。どうやら君の相棒は頭が悪いようだ。今しがた説明したはずだ。すべては約束されている出来事だと。これらは大事な要素なのだよ。僕たちの脳力を覚醒させる上でな」
これら……だと?
まるで夢以外にも何か手を引いていたような言い方をする。
「でなければ、スカイランドタワーにミサイルを撃ち込んだりしない」
「テメェ! あれはあんたの仕業だったのか!」
「待って下さい! 仮にそれが事実だとして、私には気になることがあります!」
間宮は身を乗り出した。
「どうやって加神や脳力者に、その夢を見させたんですか?」
「僕たちが深いところでは繋がっているから……。そう言えば理解できるか」
「え……」
轟は両手を広げて、そこに〝大きな何か〟を抱える構えを象った。
「集団的無意識というものを知っているか。人々は深層心理の深いところで繋がっている……。人間という存在はいわばファイルであり、それらがフォルダに収納される。そしてすべてを統括するのがソフトウェア――ここにあるマクスヴェルなのだよ」
「私たちは、マクスヴェルを核に繋がっている……? あり得ませんよ! そんな荒唐無稽な話、信じられません!」
「君は理解の追い付かない状態に陥ると、そうやってすぐに否定する癖があったな。本当にないと言い切れるのか」
轟は、相変わらず表情を変えることなく、こちらの感情を見透かしたように、腰の後ろで手を組んだ。
「シンクロニシティ。アカシックレコード。抽象的な表現ならいくらでも可能だ。マクスヴェルはそれら要素を含んでいると言っていい。君たちが数日でわかり合えたことだってそうだ。すべては必然だったのだよ」
「御託はいい。あんたがトライオリジンなら、他の二人ももちろん知っているはずだ。それが誰なのか教えろ」
「天秤を元に戻すために……か」
やはり轟は、こちらを見透かしたように切り返してくる。
加神はそれが気に入らなかった。
「あぁ、そうだ! あんたのせいで、間宮の両親は死んだんだ! そして負のサイクルが続いてしまった! あんたが世界を狂わしたんだよ! だから、その何もかもを元に戻すんだ!」
【未来予知】【死者蘇生】【破壊】――。トライオリジンがこれらの名を成す通りの脳力を有しているのであれば、それはできないことではないはずだ。
しかしながら、轟はそのことを理解した上で淡々と述べる。
「その提案に乗ることはできないな。君たちには駒としての役目を果たしてもらう必要がある。君たちが脳力を使うことで、エネルギーが核たるマクスヴェルに行き渡り、僕たちの力が活性化していくのだ」
轟は恍惚とした目で、マクスヴェルのスフィアを見上げた。
「異端脳力者が暴れることも致し方ないって言うのか!」
「そうだ! そうしてトライオリジンは真の意味で神となる! そう、天秤を保つのは僕たちだ」
「テメェ! 話がまるで通じないみてーだな! いいから他のトライオリジンを出せ!」
自分勝手なことをつらつらと述べる〝人間〟に、さすがの加神も我慢の限界だった。
考えるよりも早く足が動き、両手は轟の胸倉に掴み掛かっていた。
この場をやり過ごそうなど、甘い考えを赦しはしない。
轟がこの場へと誘ったのであれば、この場で決着を付けるべきだ。
「生絃。ちょっとは落ち着いて」
今にも沸騰しそうな加神の頭に、ヒヤリとした感触が伴う。
……鉄の感触。
固い塊がこめかみに突き付けられている。
轟以外にも、誰かがこの空間に潜んでいたということだ。
加神が視線をずらしてみると、懐かしい顔がそこにはあった。
「彩人君を下ろしてあげて。彼は何も間違ったことは言っていないわよ」
「……母さん? え? どうして母さんがここに……」
轟と同じ色合いをした、白衣姿の加神の母親だった。
数年前に家を出て行った……あのときのままの、懐かしい母親の姿だ。
その手にはピストルらしきものが握られている。
「あら、生絃がさっき言ったんじゃないの。他のトライオリジンを出せって」
「…………」
……駄目だ。いくら何でも脳のキャパシティーを超えている。
加神を突き動かす歯車は、今にも止まりそうだった。
轟支部長がトライオリジンだということまではどうにか飲み込めた。
だけど、母親がトライオリジンって……何だよそれ。
なんでこんな展開になってんだよ。
加神が両手を放すと、轟は無表情のまま襟を正した。
「……もしかして〝やらなくてはならないこと〟って、このことなの?」
「えぇ」
「だから母さんは俺を置いて、家を出て行ったって言うの?」
「理解が早くて助かるわ」
母親は、銃口を加神から逸らさずに冷静に返答した。
「悪い冗談はやめてくれよ! 母さんはこいつのやっていることがわかってんのかよ?」
「逆よ。むしろ私が協力を頼んでいるんだもの」
それはある意味、加神の希望でもあった。
幟のときのように、母親が脳力の影響を受けているのではないか。
しかしながら、それはあくまで加神の希望に過ぎなかった。
「私が【未来予知】のトライオリジンって言ったら、生絃は信じてくれる?」
母親は、左眼を白金色に輝かせた。
スフィアと同じ色のアンリミッターを嵌めている。
本当に、母親が開発者の一人だというのか。
「ねぇ、生絃。お母さんちょっと気になったんだけどね。あなたの言う天秤を元に戻すことに何の意味があるのかしら」
「意味……?」
「今でこそ穏やかな生活を送れているかもしれないけれど、あなたが産まれる前の世界には問題しかなかったのよ。生絃はその世界に戻したいと言うの?」
母親はピストルを腰の高さに下ろすと、息子をあやすように語った。
「紛争、内戦、戦争。経済格差が生まれ、貧困問題の影響で、満足な教育を受けられない子供は数多くいたの。人々は地球の命をはぎ取るかのように環境を汚染し、やがて魂レベルの問題を引き起こすまでに至った。生まれや育ち、性自認。外からも内からも圧力を掛けられ、誰もが生きにくくなった世界。それを解消するためには、圧倒的統治が必要なの」
「本気でそう思ってるの?」
「世の中の役に立ちたい。不正を正して、次代を生きる人々のために、より良い未来を実現したい。私はこの考えを改めるつもりなんてないわ」
母親は強い意志の籠った瞳で、そうはっきりと宣言した。
……たしかに鞠那シティは平和な街だ。
けれど裏を返すと、外の世界ではそうではないところも多くある。
加神が受けていた虐待のように、外の世界では、無視できない悲劇が横行している。
「それはあなただって、そう思っているはずよ。だから、信者の起こした事件を止めたんだもんね」
首堂に助けられたあの日から、『人助け』は加神の生きる指標になった。
根本的なところでは、トライオリジンの思想は間違っていないようにも見える。
だけど……それでももっと良いやり方が……。
「加神。君の言う展望は、所詮は机上の空論なのだよ。過去から未来を見通した者のみが行動を起こせるのだ。『未来は変えられる』など絵空事だ。君が脳力者になることも、事件を食い止めることも、ここに辿り着くことも、すべてわかり切ったことなのだ」
「…………」
何も言い返せなかった。
熱量だけでどうにかなる話ではないということは、加神自身も理解していた。
「そして加神。君はここで、命を落とす」
轟は、勢いを失った加神に、トドメの一言を刺してくる。
その間に割って入ったのは、相棒の間宮だった。
「そうはさせません。引き金を引いたところで、その弾は加神には当たりませんよ。それとも、なんなら試してみますか? 私とあなたたち、先に殺せるのはどちらか」
「勘違いをするな。【再生】を持つ加神を殺すことが不可能なことくらい、十分に理解しているさ。手を掛けるのは君だよ、間宮」
「…………私? 何を馬鹿なことを……」
不意打ちを食らわしてくる言葉に、加神は思わず顔を上げていた。
衝撃で二の句が継げない間宮に、轟は最後の宣告を下そうとする。
「アンリミッターは脳力では破壊できないことは知っているな。無論銃弾ごときでは同様だ。だが一人だけ、アンリミッターを破壊できる脳力者がいる」
アンリミッターを破壊……。
その瞬間、加神の頭に、とある出来事が思い出された。
ネイピアビルディングにて、首堂たちを確保しに向かったとき、不動のアンリミッターを破壊していた人間がいた。
「【破壊】のトライオリジン。それが君なのだよ。間宮凛」
……この部屋に来てから、どれほどの時間が経ったのだろう。
加神は、次から次へと明かされる事実に、どうにか付いて行くだけで精一杯だった。
それは間宮も同じのようだった。
「私が……【破壊】……?」
「君が幼い頃から、破壊衝動を秘めていることは知っている」
「それが……何だって言うんですか。私はただ、あのときの異端脳力者が赦せなくて……」
「否定することもない。君のその体質は、イリウムが原因だ」
すべてを知り尽くしているのであろう轟は、間宮相手に堂々と言葉を並べていく。
「正確には、君の母が【破壊】の脳力を有していたのだ。しかし、君という存在がこの世に誕生したとき、その力は、あろうことか君に引き継がれた」
「私のお母さんが、開発者の一人……?」
「その衝動は、言わば副次的なものなのだよ。君がトライオリジンとして覚醒するに従って、それは確実に主張を増していく」
「だから私の左眼は……【斬撃】ではなく【破壊】……」
脳力の名前などただの肩書。轟はそう嘲笑っているようだった。
今まで度々目にしていた間宮の脳力は、対象を壊しているという事象であり、それが傍から見れば、対象を切りつけているように見えていたということだ。
「だから言っただろう。同窓会さ。今この場に、トライオリジンの三人が揃った。あと少しで、真の形で神は実現する!」
「待ってくれ」
どうしても確認したいことがあった加神は、話を遮った。
「轟支部長。揃ったってことは、あんたが【死者蘇生】の脳力を持っているんだよな」
「……ふむ。さすがにそれくらいの理解力はあるか。それがどうした」
「脳力が名前通りのものなら、間宮の両親を蘇生することは可能なのか?」
強張っていた間宮の表情が緩む。
忘れかけていたが、元々トライオリジンを調査する目的の一つがそれだ。
だが……。
「断言しておこう。それは不可能だ」
「どうしてだよ!」
「僕の脳力は無から有を生み出すものではない。間宮の両親は、亡くなってから数年の時が経っている。治す肉体がないのでは、脳力を使うことができない」
「そんな……」
暗闇に差し込んだ僅かな光が、すぐに消え失せてしまう。
「だが、君が今まで手に掛けた脳力者は、すべて蘇生しているよ。上司として、部下の後始末をするのは当然のことだろう」
にべもなく言い切る轟。
「もっとも、そうしたところで、君の罪は消えないがな」
間宮は項垂れたまま、何も言い返せないようだった。
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