④立体駐車場_1
目的地まで早速やって来たはいいものの、どの階層に幟がいるのか算段の付かなかった加神は、とりあえずは一階から確認してみた。
床も天井も壁も、すべてがコンクリートで造られた空間は、自分が迷い込んだような気分にさせる。床には白線が入り組むように引かれており、数字の順番に従うように、所狭しと車が留められていた。
首を左右に振りながら駐車場の奥へと進んでいくと、蛍雪高校の制服を着た女の子がぽつんと立っていた。
幟だ。誰かの到着を待つように、わかりやすい位置に立っている。
こんなところで何をやっているんだ。
加神は名前を呼ぼうと口を開いたが、出るはずだった声は喉で塞き止められた。
「ねぇ、その格好はどういうつもり?」
幟が誰かに対して、警戒するような様子で質問をしている。
予想外の展開でドキッとする。
まさかとは思うが、本当に怪しい相手とやり取りしていたのだろうか。
加神は放って置くこともできず、様子を見るため車の陰に身を潜めた。
こちらの存在を気付かれないように、相手が誰なのか覗いてみる。
背丈は加神と同じくらいの、同年代であろうひょろりとした男。
服装こそはまるでオタクのようなチェック柄のシャツで、極々普通と言える格好だったのだが、目元には異様なくらいに場違いなサングラスを掛けていた。
目元が見えないほどに濃いサングラスだ。
対峙している幟であっても、サングラスの向こうの瞳は見えていないだろう。
「お前の脳力は【使役】だろォ? 眼を直視したらマズイからな。対策は打っておかないと何されるかわからないからさぁ」
「異端脳力者は何処にいるの?」
幟が問うと、男は顔に皺を作りながら、嬉しそうに幟の後ろを指差した。
見るとそこには、同じようにサングラスを掛けた女が一人と、目深にフードを被ったモッズコートの男が一人立っていた。共通して三人全員が、目元を隠す格好をしている。
三人の中では異様なオーラを放つ、モッズコートの男が口を開いた。
「俺にはお前の脳力が必要だ。仲間になれ」
「断るって言ったらどうする……?」
「お前のアンリミッターだけを貰っていく」
『脳力』?『異端脳力者』?『アンリミッター』?
知らない単語ばかりが出てきて、加神は状況を理解するのに精いっぱいだった。
ただ一つわかるのは、幟が良くない状況に追い詰められているということだった。
「不動(ふどう)は裏切ったんだ? それってどういうことかわかってるの?」
「お前に言われたくないんですけどォ。脳力で作り物の友達を楽しんでいるような奴が、なーに説教垂れてるんですかぁ?」
作り物の……友達?
「あたしを支援する脳力しか持ってないくせに……」
「あぁ? そうやっていつもオレを馬鹿にして! 舐めんなよ。こう見えてオレだって強いんだぞ! わんぱく相撲で優勝したこともあんだかんなっ!」
サングラスを掛けた女は、どうでもいい会話に苛立っているようだった。
「脱線するのは止めてくれる? 私、帰って好きなVチューバーの配信を見たいんだけど」
「仲間にはならない。アンリミッターも渡さない」
「そうか……。エージェントとしての矜持は守り抜きたいってことだな」
「だったら殺すだけだし」
サングラス女は両手を前に突き出したかと思うと、左眼を真っ赤に輝かせた。
直後、手の平から火炎放射が吹き上がる。
幟は見たことない身のこなしで足を弾き、それをひらりと躱してみせた。
「あっづ! テメェ! オレに当たってんぞ!」
「だったら邪魔にならないようどっかに消えて」
「お前もオレを馬鹿にすんのか! こう見えて中学時代は、ムードメーカーで人気者だったんだぞ!」
「どうでもいい」
サングラス女は、不動という男を邪険そうにすると、再び火炎を幟に向けて放った。
幟はスライディングして火炎の下を潜り抜け、女の足元を薙ぎ払う。
「いたっ……」
そのまま体勢を崩した女に馬乗りになると、間髪入れずにサングラスを取り払った。
「ごめん、協力してもらうね……」
幟の左眼が鬱金色の輝きを放つ。
目元を露わにした女は、それを直視してしまったようだった。
「――一緒に二人を倒してくれる?」
「わかったよ、任せて!」
女は急に態度を変えると、むくりと起き上がり、今度は不動の方に火炎を放った。
「ちっ、めんどくせーな!」不動はその場で、急に姿を消すと、「なぁ、どーするよ?」次の瞬間には、コート男のとなりに移動していた。
「任せろ……」
コート男のフードの中で何かが光輝いたかと思うと、立体駐車場に並んでいた車たちが、一斉に稼働を始めた。それと同時に、出入り口のシャッターが下り、エレベーターのランプが消灯する。
まさか……。
立体駐車場にある、あらゆる電子機器を一斉に操っているとでも言うのだろうか。
そういう思考になってしまうほどに、この状況は異質だった。
その理由は、コート男本人にもあった。
ここから逃がすつもりはない。
まるで、コート男の殺気が、この状況を通して伝わってくるようだ。
数十台の車は、集団行動をする人間のように動き回ると、幟たちの逃げ道を塞ぐように整列した。加神はしどろもどろになって、動き回る車を避けようとするが、あえなく壁際まで追い込まれた。だが、運良くロードクリアランスの高い車だったおかげで、なんとかその隙間に潜り込む。
左にも右にも、鉄の塊が壁のように並んでおり、幟たちは身動きが取れなくなった。
そして、幟たちの五十メートルくらい先に、獲物を狙う狩人の眼光のようにヘッドライトを点灯させた車が三台息を潜める。
「考えは変わったか……?」
「顔を見せてくれたら変わるかもね」
冷や汗を流す幟が挑発するように言うと、コート男は続きを再開させた。
三台の車がエンジンを吹かし、トップギアになって発進する。
それは逃げ場のない幟たちに、一直線に突っ込んできた。
「正面の車だけ何とかして……!」
「任せて……!」
幟の懇願に応えるように、女が一際大きな火炎を放つ。
床のコンクリートから天井のコンクリートまで。
勢いも相応に凄まじいもので、その場にいる全員が、熱波を全身に感じるほどだった。
火の塊が、正面の車を吹き飛ばす。
車は前輪から後方へひっくり返ると、一斉にすべてを静止した。
「甘いな」
コート男の呟きを体現するかのように、残りの二台が挙動を変える。
中央の車を無力化したことで、女は突撃を回避することができていたが、それより後方に控えていた幟は、未だ安全地帯にはいなかった。
二台の車は緩やかなカーブを描いてさらにスピードを上げ、幟へと襲い掛かる。
ボケッと傍観している場合じゃない。このままじゃ幟に直撃する!
「危ないっ!」
加神は身を捩って車の下から飛び出すと、幟の体を抱くように突き飛ばした。
揉み合いながら床を転がる。
全身に殴られたような衝撃が襲い、目をきつく閉じて耐えようとする。
ようやく痛みから解放されて目を開けると、なんとか直撃は回避できたらしく、加神から少し離れたところで幟は横たわっていた。
「幟、無事か……?」
「加神……君? なんで加神君がここに……」
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