⑤立体駐車場_2

 二人が九死に一生を得ているところ。

 そこから少し離れたところで、それを喜ばしく思っていない二人の男がいた。

「さっきから予定外ばっかりじゃねぇ? 頑固な幟が、要求を受け入れるわけがねーよ。相棒だったオレが言うんだ。もっと力づくでやらねーと」

「……先にあいつを連れて帰ってくれ。あとは俺一人でやる」

「わかったよ。【使役】が解けたのを確認したら迎えに来るわ」

「あぁ、それでいい」

 不動は自身の脳力で仲間の女の傍へと瞬間移動し、肩を引き寄せると、しばらく脳力の発動に時間を要したのち、二人共々何処か別の場所へと飛んだ。


「様子を見に来ただけなんだけどなぁ……。幟、お前何やってんだよ」

「駄目だよ。こんなところにいちゃ……」

「……? なんかお前、口調が……」

 いや、口調だけではない。

 ここで起きている出来事のすべてが、加神には理解できていなかった。

 だからこそ、こんなところからは早くオサラバした方が良いに決まっている。

 さっさとみんなと合流して、今はカラオケでゆっくりと楽しもう。

 その後で、幟には何がどうなっているのか、時間を掛けて訊いていけば良いのだ。

 加神は考えを素早く纏めると、手を付いて立ち上がった。

 幟の方はかなり消耗しているようなので、手を出してそれを助けてやる。

「とりあえず、立てるか?」

「……うん」

 しかしながら、それは一瞬のことだった。


 ――ゴッ!

「……え?」


 目の前の幟は、横から猛スピードで突っ込んできた車に、体を持ってかれていた。

 加神の手を取る直前だった。

 上半身はボンネットに乗り上げ、下半身はバンパーの下に入り込んでいる。

 そんな不自然な体勢のまま轢かれた幟の全身は、コンクリートの壁に打ち付けられた。


「……あ、あ……」


 ……見たくもない。

 しかしながら、言うことを聞かなくなった頭が、その先を目で追ってしまった。

 幟は体の中心から大量の血を流しており、それが床に赤い水溜まりを作っていた。

 体が押し潰されている。

 首は力を失くして垂れている。

 まるで生命の息吹を感じなくなってしまった幟の元に、一人の人間が近づいた。

 コート男だった。

 男は躊躇なく幟の顔に手を伸ばすと、パーツでも引っこ抜くように、幟の鬱金色の左眼を取り出していた。

「……悪いな、コレは貰っていく」

「お前……何やってんだよ」

「……あ?」

「幟に何をやってんだ!」

 我を忘れて激高する加神。

 コート男はその顔を認めると、たじろいで一歩引き下がった。

「お前……加神か?」

 何かを知っているコート男だが、今はそんなことはどうでもいい。

 加神は頭に血が上っていた。

 当然だ。

 原理なんてまるでわからないが、車を操縦していたように見えたのは目の前の男だ。

 その男が、幟をまるで物のように轢いてしまった。

 しかも左眼を引き抜いている。義眼だったということだろうか。

 すべてを説明してもらわないと、気が済まない。

 するとそれに水を差すように、不動が何処からともなく姿を現した。

「こっちは大丈夫だぜ。――その男はどうする?」

「一般人には手を出さないルールだ。引き上げよう」

「ああ? 俺が逃がすと思ってんのか?」

 瞬間移動を行えるのは不動とかいうサングラス男の方だ。

 加神は一心不乱になって、不動の懐に入り込んだ。

 そのまま体を持ち上げるようにして押し倒す。

「うぐっ……」

「俺が納得できる理由を話せ! できなきゃここで幟と同じようにしてやる!」

 倒れ込んだ不動の胸倉を掴み上げ、顔と顔がぶつかりそうな距離で怒号をまき散らす。

「理由だぁ……? だからオレたちにはアンリミッターが必要っぐ――」

 減らず口を叩く不動が許せなくて、加神はその顔面を殴っていた。

 無様にも一発で鼻血を垂らしている。

「ふざけてるともう一発かますぞ? お前、幟を裏切ったそうだな? そんな理由で幟をあんな風にしたのか?」

「これでもオレは平和的に解決しようとっぐ――」

 もう一発ぶん殴ってやる。

 サングラスが割れて、その下の眼が露わになる。

 段々と不動の素性がわかってきた気がする。

 おそらく、校舎裏で幟が電話をしていた相手がこの男なのだろう。そして幟を立体駐車場に呼び出し、三人がかりで襲い掛かったのだ。

 こいつが幟を陥れたといっても過言ではない。

「逃がさねぇよ。また消えてどっかに行くつもりだろ? そうはさせねぇからな!」

「おおぃっ! 助けてくれぇ! タコ殴りは御免だ! 脳力が使えない!」

 不動がコート男に助けを講う。

 何度か殴ったせいで、右拳が血で汚れてしまった。

 だがそれでも構わない。こいつを痛めつけた後は、コート男もわからせるだけだ。

「その辺にしろよ、加神」

 不意に、コート男に名前を呼ばれて、加神の殴る勢いが止まった。

「頼むよ。俺たちのやろうとしていること……。その邪魔をしないでくれるか。俺はお前を傷付けたくはない」

 まるで加神のことを昔から知っているような……。

 そう思わせるほどに自然なトーンで、コート男は語り掛けてきた。

 そしてその声色には、何処か聞き覚えもあった。

「もういいだろ。――行くぞ」

「……クッソ。時間がありゃ、最強空手奥義で、返り討ちにしていたところだぜ……」

 不動はコート男の肩を借りながら起き上がると、

「三、二、一――」

 負け惜しみのようにカウントダウンを合図して、二人共々姿を消してしまった。

 彼らの言葉を借りるなら、〝不動の瞬間移動の脳力〟を使ったということだろう。

「…………」

 しばらくの沈黙の後、ようやく冷静になった加神は、跳ねるように幟の元へ駆け寄った。

 胸中で幟の無事を祈りながら、幟の体にそっと触れてみる。

 ……なんて酷い有様だ。

 幟は依然として血を流している。

 辛うじて息は残っているようだが、このままでは確実に命を落とすだろう。

「待ってろ、幟! すぐに救急車を呼んでやるからな!」

 幟が意識を失わないように、必死に声を掛けながら、スマホを取り出そうとする。

「加神……君……」

 顔を上げると、幟が微かな呼吸を繰り返しながら、口を動かしていた。

「無理して喋るな! 大丈夫だ! 必ず助かる!」

 加神はなおも励ましの声を掛けるが、幟は構わずに言葉を続けた。

 僅かな命の灯を削るように。


「今まで……ごめんね……」


 そしてそれきり、何も言わなくなってしまった。

 呼吸をしていない。

 肩が一切動いていない。

 それなのに、血はなおもドクドクと流れている。

「…………」

 加神は俯いて、何処を見るわけでもなく、ただただ虚構を見つめていた。

 ……死んだのか?

 いつも一緒に遊んでいた友達の幟が?

 今日だって、お決まりのカラオケに行くはずだったのに。

 そうやって楽しい時間を過ごすはずだったのに。

 ごめんって……何に対して言っているんだろう。

 俺は別に……お前を嫌ってなんか……。


「安心して下さい。瀕死と永逝は別ですよ」


 突如として、後ろから第三者の声が上がる。

 聞き覚えのない女の声だ。まさか、奴らの他に仲間がいたのだろうか。

 加神が思わず振り返ると、やはり見覚えのない女が立っていた。

 そしてその瞳は、白と黒が渦を巻くような、不可解な輝きを放っており。

 次の瞬間、加神の意識は途切れていた。

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