大切な友人⑤
背丈全く同じの双子のような見た目をしているが、血縁関係があるわけではない。
二人とも、左の眼窩に義眼『アンリミッター』を嵌めている。
「記憶は消さなくていい。家に帰れるようにフォローをしておいて」
「仲間に引き入れるつもりですか?」
指示をされた女の方が聞き返す。
加神が気を失ったのは、女の【改竄】の脳力によるものだった。
「彼の手の甲には血が付いていたのに、体の方はほぼ無傷だった。異端脳力者とやり合ったってことでしょ。多少は評価しても良いと思う」
「だとしても、我々に関して、口外しない保証はないですよ」
今度は男の方が口を挟む。
男は【修復】の脳力を有しており、加神の手当てを担当した。
「私が保証する。それとも、私のことが信用できないの?」
「そういうわけでは……」
「わたしは彼の記憶を覗きましたが、彼は幟なつめをすぐに助けたわけではありませんでした。加えて、感情的になる一面があります」
「……そうですよ。そういう人間は悪い方向に転ぶ場合が多いです。間宮さんの前の相棒だってそうだったでしょう?」
少女は居殺さんばかりの鋭い目つきで、二人の顔を見比べた。
無礼な発言だったと自覚したのか、唇を噛んで堪えている。
「良い方向に転ぶ場合だってあるよ。少なくとも彼は、私に必要なものを持ってると思う」
「…………」
「裏口から帰せば組織の場所もバレないでしょ。あとはお願いね」
少女は職務を押し付けると、さっさと廊下の奥に行ってしまった。
――蛍雪高校――
翌日の早朝、三年C組の教室。加神は、幟のとなりの席に陣取った。
クラスメイトはそれぞれが群れを伴って、やる気を絞り出すために時間を過ごしている。
だが、いつもなら自然と集まってくる友人は、加神以外に誰もいなかった。
それもそのはず。
幟は一年生の頃の優等生であったときのように、黒髪ロングに戻っていた。
背筋を伸ばして椅子に座り、前髪の隙間から、ちらちらと加神の表情を窺っている。
まるで、ギャルの幟は、最初からいなかったことになったかのようだった。
「……あの、あたしに何か用かな?」
「おはよう、幟。それが言いたかったんだ」
「……あぁ、うん。おはよう……加神君。あのさ、そんなにジロジロ見られると照れちゃうかなーなんて……」
幟はわかりやすいくらいに頬を染めた。
……やっぱり戻っている。加神はそう確信した。
二年前、加神が初めて会話をしたときの幟は、まさに今の態度と同じだった。
白黒制服の少女の言う通りだ。これが、記憶を消去した結果なのだろう。
「ひとつ、例え話をしても良いか?」
「例え話?」
幟が可愛らしく首を傾げている。
複雑な気分だ。
幟が本当に無事だったこと。それは何より喜ばしいことのはずなのに、目の前の彼女が偽りの存在に見えてしまう。
だからこれは、ある種の答え合わせでもあった。
「幟はある特殊能力に目覚めるんだ。見つめた相手を、思い通りに操れる能力さ。ちょっと無茶なことを言っても聞き入れてくれる……。そんな味方を作ることができる力だよ」
「……何かの心理テストなのかな?」
「いいから。それを手に入れたとして、幟はどんな生活を送るのか、イメージしてくれ」
「そうだなぁ……本当にそんな力があったら、凄いことだなぁって思うよ。今のあたしが一番欲しい力かもしれないね」
一番欲しい力か。
どうやら、幟が友達を作りたいと思っていたのは本当だったらしい。
加神はその答えを受けて、【使役】の脳力を持っていた幟が、その後どうしたのかをなぞっていく。
「じゃあ例えば、自分だけのグループを作って、毎日毎日、思い通りの楽しい日々を送ったりするのか?」
「……あはは、加神君は凄いね。まさにその通りだと思うよ。きっとあたしなら、そうするんじゃないかな」
幟は、心理テストに答えているつもりなのか、何処か楽しそうだった。
「それで……もしも一人だけその力を使わない相手がいたとしたら、それは幟にとって、どんな人なんだ?」
「うーん。…………好きな人かな」
「…………」
バットで殴られたような衝撃が襲う。加神は思わず目を見開いていた。
その言葉は、さすがに予想外だった。
「もしそんな力が手に入ったとしたら、しばらくの間は退屈しない毎日を過ごせると思うよ。けどそれって、作り物の日常でしょ? それなら、せめて一人くらいは、〝本物の存在〟として残しておきたいかな……なんてね」
……それは本心なのだろうか。どうも辻褄が合わない気がする。
脳力者だった頃の幟。ギャルだった頃の幟は、加神に好意を寄せていたのだろうか。
「それがどうしたの?」
「わかった。もういいよ。幟が馬鹿正直だって、よくわかったよ」
「……?? ちょっと、何それ? ……あ、もしかして、あたしで遊んだの? 加神君ってば、酷いなぁ」
「はは、そう怒るなって……。そこまで真剣になってくれるとは思わなかったからさ」
二人はそれからも、この心理テストをきっかけにして、他愛のない話をしばらく続けた。
そして、確実にわかったことがあった。
幟は、脳力者になる前の状態に、戻っただけだということだ。
それに脳力の存在などなくとも、幟の根本的なところは同じだった。
「次、あたしからも質問してもいい? 拒否権はないからね……!」
「おう、いいぜ。どんな質問でも答えてやるよ」
相手の心の中に入り込む才能は、ギャルの資質があるとも言い換えられる。
ならば今度こそは、ちゃんとした形で、幟と友達になれば良いだけ。
――目の前にいる彼女は偽りではない。加神はそう結論付けた。
会話をしながら、加神はふとこう思った。
きっと幟は迷っていたのだろう。クラスメイトに脳力を使うことを。
そして叱って欲しかったのだ。近くにいる、思いを馳せていた相手に。
俺がもっと正面からぶつかっていれば、幟の秘密に早く気付けたのかもな……。
加神はちょっぴり後悔したが、今ある時間を、ありのままに楽しんだ。
もう友達が、危険に晒されることはないのだから。
――ブラインドパーク――
野球ができるほどに、だだっ広いだけの広場エリア。それと同じほどの面積の中に、大小様々な遊具が設置された遊具エリア。ブラインドパークは二つのエリアから成り立っており、その周囲を囲うようにトラックが整備されている。
広場エリアの一角に設えられた木造りのベンチ。
そこに、昨日加神と話した少女が腰かけていた。
加神は、少女に抱く警戒心から、反対側の端に座を下ろした。
「間宮凛って言うの。そっちの名前は?」
「加神生絃。いつもその格好なのか。似合ってんね」
「お互い様でしょ。それに、私の方は仕事着だから。この格好の方がやりやすいの」
間宮という名前の少女は、昨日と同じく赤いリボンと白黒の制服を身に着けていた。
そして一方の加神の方も、放課後ということもあり、蛍雪高校の制服のままである。
初対面ではないからか、砕けた喋り方になっている。
この程度の会話は、天気について話すくらいのジャブのようなものだ。
間宮はしばらく目を泳がせると、覚悟を決めたように口を開いた。
「マクスヴェルについては知っているでしょ。あれが開発されてから、それを元手に超常的な力を持った人間を生み出そうっていう研究が始まったの。そうして完成したのが、この『アンリミッター』」
と言って、自分の目元を指で示す。
「見た目はただの義眼だけど、マクスヴェルを搭載しているんだ。知ってる? イリウムには、結び付いた細胞が、休息を取ることなく活動を続けるっていう性質があるんだ。中でも、神経細胞とグリア細胞を活発化させることに長けているの。それをナノケーブルで脳に直接作用することで、嵌めた人間の潜在脳力を解放する仕組みだよ」
「そんなことをしたら、脳のキャパシティーを超えて、副作用でも起こしそうだけどな」
「懸念する気持ちはわかるよ。けどこれは、無理やり脳機能を働かせるっていうよりは、アシスト付きの自転車のように人間を手助けしている感じだから。シナプスにある情報の門を狭めることで、脳を休ませることは可能だし、思ったよりは負荷は大きくないよ」
それでもまだ気になることはあるが……。
加神は、ここを追及しても話が進まないと判断し、ひとまず沈黙を返答とした。
「ほら。人間の脳は数パーセントの力しか使われていないって、聞いたことあるでしょ。まさにそのリミッターを外す装置なんだ」
「……で、それを使っているから脳力者ってわけだ」
話を追えているという意味で相槌を打つ。
間宮はそれを受けて、さらに話を広げた。
「その脳力者が集まっている組織が、私も所属している組織『機密対策機構』なの。私たちはConfidential Information the Protectionの頭文字を取って〝CIP〟って呼んでる。十八年前に創立された、世界各地に支部がある大きな組織だよ。元々は脳力を用いて治安維持を行う組織だったんだけど、組織が創立されてからしばらくして、そうも行かなくなった。それが『異端脳力者』が現れたことなんだ」
「幟が戦っていた三人のことだな」
「要は脳力の持ち逃げだよ。私利私欲のために行動する最低な奴らなんだ。可愛く例えるなら、お年玉をたくさん貰って何でもできると思った小学生。あるいは、神様からスキルを授かった異世界転生者。端的に言うなら、銃を手に入れた極悪人。そういう自制心のなくなった脳力者は、組織から姿を晦まして、自身の思うがままに生きようとしている」
目の前の広場で、小学生くらいの男の子たちが、泥だらけのサッカーボールで遊んでいる。
遊具エリアに目を向けると、若い母親が手を叩いて、歩く赤ん坊を応援していた。
通りを走るトラックの運転手は汗を流し、ビルの窓際でキーボードを打つサラリーマンはパソコンと睨めっこしている。
「みんなはその存在を知らないで生きてるんだよ。〝日本一平和な街〟? 馬鹿馬鹿しい。組織の存在も、異端脳力者の存在も、CIPはそれらを秘匿した上で、みんなの日常を守ってるんだ」
だから異端脳力者は確保されると、脳力をはく奪され、記憶の消去まで行われるというわけか。幟がそれの成りかけであったのならば、同じ処遇を下した判断も、理解できない範疇ではない。
加神は小さく頷いていた。
組織の人間としていられなくなった以上、仕方のないことだったというわけだ。
CIPが脳力者を生み出し、その過程で異端脳力者が生まれた――か。
一見すると、すべての責任はCIPにあるようにも思えるが、現実はそうではない。
かのアルフレッド・ノーベルが発明したダイナマイトだってそうだ。彼は何も戦争がしたくて、ダイナマイトを発明したわけではない。あくまで工業を発展させるためだ。兵器として利用した人間が悪いのであって――同様に加神は、CIP自体を責める気にはなれなかった。
「信じる信じないはあんたの自由だけど……。それが真相だよ」
「みんなの日常を守る……ね。けど、それって百パーセントではないんだろ」
「何が言いたいの?」
「……いや。ちょっと心当たりがあっただけさ。みんながお前みたいに積極的なら良かったんだろうな」
皮肉を込めたような物言いに、間宮は口をへの字に曲げた。
「なんか勝手に自己完結してるけど……。その〝お前〟って言うの、止めてくれる? 自己紹介したんだから名前で呼んで」
「じゃあそっちも名前で呼べよ」
「……努力する……。それで、どうなの?」
「間宮が信じろって言うなら、俺は信じるよ」
そうでなくとも、すでに瞬間移動やら火炎放射やらは目撃しているのだから。
「じゃあ、ここからが本題だね」
間宮はベンチに座り直すと、深呼吸してから口を開いた。
「いい? これから加神は私たちの仲間になるの。それこそ誰かの日常を守ったり、時には異端脳力者と戦ったり。他人のためにエージェントとして生きていくの」
これは間宮の提案だ――加神は、この展開をなんとなく予想していた。
組織や脳力について秘匿しているというのに、加神は記憶の消去を行われていない。
「アンリミッターって奴はどうやって嵌める? 目玉を抉り出す手術でもすんのかよ」
「その必要はないでしょ。だってその左眼、すでに空いてるじゃん」
間宮がこちらを見てニヤリと笑う。
もしや、立体駐車場から連れて来る折に確認していたのか。
――そう、加神の左眼は、正真正銘加神のものではなかった。
加神は過去にあったある一件で左眼を失明、その後速やかに摘出しており、以降、一般的な義眼を嵌めて、日常生活を送っていた。無機質な瞳でヒトに怖がられたくない――どうせ何も見えないんだし――。左眼を前髪で隠していたのは、それが理由だった。
加神は、髪の上から左眼を押さえた。
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