大切な友人③
「あたしを支援する脳力しか持ってないくせに……」
「あぁ? そうやってお前は、いつもオレを馬鹿にして! 舐めんなよ。こう見えてオレだって強いんだぞ! 小六ンときは、わんぱく相撲で優勝したこともあんだかんなっ!」
「ねぇ、不動。今回は高貴なキャラで行くんじゃなかったの?」
「……あ、あーそうだったわ。お前が余計なことを言うから、調子狂ったじゃねーか!」
不動は顔を真っ赤にして、人差し指を幟に向けてブンブンと振る。
サングラスを掛けた女は、どうでもいい会話に苛立っているようだった。
「いいからさっさと話を纏めてよ。私、帰って好きなVチューバーの配信を見たいから」
「仲間にはならない。アンリミッターも渡さない」
「そうか……。エージェントとしての矜持は守り抜きたいってことだな」
コート男がそう呟くと、それが開始の合図となった。
「だったら殺すだけだし」
サングラス女が両手を前に突き出したかと思うと、手の平から火炎放射が吹き上がる。
幟は見たことない身のこなしで足を弾くと、それをひらりと躱してみせた。
「あっづぅ! 貴様ぁ! オレに当たってるぞ!」
「わざと低い声作んなくていいから。邪魔にならないようどっかに消えて」
「もうちっとチームプレイを意識しろよ! せっかくお前の分も用意してやったっていうのに! 幟の眼光を遮断する特注のサングラスなんだぞ!」
「黙れ、クソブタ。恩着せがましい」
サングラス女は、不動という男を邪険そうにすると、再び火炎を幟に向けて放った。
幟はスライディングして火炎の下を潜り抜け、女の足元を薙ぎ払う。
「いたっ……」
そのまま体勢を崩した女に馬乗りになると、間髪入れずにサングラスを取り払った。
「ごめん、協力してもらうね……」
幟の左眼が鬱金色の輝きを放つ。
目元を露わにした女は、それを直視してしまったようだった。
「――一緒に二人を倒してくれる?」
「わかったよ、任せて!」
女は急に態度を変えると、むくりと起き上がり、今度は不動の方に手を向けた。
左眼を真っ赤に輝かせ、それをトリガーにするかのように火炎を放つ。
「ちっ、めんどくせーな!」不動はその場で、急に姿を消すと、「なぁ、どーするよ?」次の瞬間には、コート男のとなりに移動していた。
「任せろ……」
コート男のフードの中で何かが光輝いたかと思うと、立体駐車場に並んでいた車たちが、一斉に稼働を始めた。それと同時に、出入り口のシャッターが下り、エレベーターのランプが消灯する。
まさか……。
立体駐車場にある、あらゆる電子機器を一斉に操っているとでも言うのだろうか。
そういう思考になってしまうほどに、この状況は異質だった。
その理由は、コート男本人にもあった。
ここから逃がすつもりはない。
まるで、コート男の殺気が、この状況を通して伝わってくるようだ。
数十台の車は、集団行動をする人間のように動き回ると、幟たちの逃げ道を塞ぐように整列した。加神はしどろもどろになって、動き回る車を避けようとするが、あえなく壁際まで追い込まれた。だが、運良くロードクリアランスの高い車だったおかげで、なんとかその隙間に潜り込む。
左にも右にも、鉄の塊が壁のように並んでおり、幟たちは身動きが取れなくなった。
そして、幟たちの五十メートルくらい先に、獲物を狙う狩人の眼光のようにヘッドライトを点灯させた車が三台息を潜める。
「考えは変わったか……?」
「顔を見せてくれたら変わるかもね」
冷や汗を流す幟が挑発するように言うと、コート男は続きを再開させた。
三台の車がエンジンを吹かし、トップギアになって発進する。
それは逃げ場のない幟たちに、一直線に突っ込んできた。
「正面の車だけ何とかして……!」
「任せて……!」
幟の懇願に応えるように、女が一際大きな火炎を放つ。
床のコンクリートから天井のコンクリートまで。
勢いも相応に凄まじいもので、その場にいる全員が、熱波を全身に感じるほどだった。
火の塊が、正面の車を吹き飛ばす。
車は前輪から後方へひっくり返ると、一斉にすべてを静止した。
「甘いな」
コート男の呟きを体現するかのように、残りの二台が挙動を変える。
中央の車を無力化したことで、女は突撃を回避することができていたが、それより後方に控えていた幟は、未だ安全地帯にはいなかった。
二台の車は緩やかなカーブを描いてさらにスピードを上げ、幟へと襲い掛かる。
ボケッと傍観している場合じゃない。このままじゃ幟に直撃する!
「危ないっ!」
加神は身を捩って車の下から飛び出すと、幟の体を抱くように突き飛ばした。
揉み合いながら床を転がる。
全身に殴られたような衝撃が襲い、目をきつく閉じて耐えようとする。
ようやく痛みから解放されて目を開けると、なんとか直撃は回避できたらしく、加神から少し離れたところで幟は横たわっていた。
「幟、無事か……?」
「加神……君? なんで加神君がここに……」
二人が九死に一生を得ているところ。
そこから少し離れたところで、それを喜ばしく思っていない二人の男がいた。
「さっきから予定外ばっかりじゃねぇ? ……まー、頑固な幟が、要求を受け入れるわけがねーよ。相棒だったオレが言うんだ。もっと力づくでやらねーと」
「……先にあいつを連れて帰ってくれ。あとは俺一人でやる」
「わかったよ。【使役】が解けたのを確認したら迎えに来るよ」
「あぁ、それでいい……」
「フハハハハ! せいぜいやられないようにするんだな!」
「多分、お前の〝高貴〟の認識間違ってるぞ……」
不動は自身の脳力で仲間の女の傍へと瞬間移動し、肩を引き寄せると、しばらく脳力の発動に時間を要したのち、二人共々何処か別の場所へと飛んだ。
「様子を見に来ただけなんだけどなぁ……。幟、お前何やってんだよ」
「駄目だよ。こんなところにいちゃ……」
「……? なんかお前、口調が……」
いや、口調だけではない。
ここで起きている出来事のすべてが、加神には理解できていなかった。
だからこそ、こんなところからは早くオサラバした方が良いに決まっている。
さっさとみんなと合流して、今はカラオケでゆっくりと楽しもう。
その後で、幟には何がどうなっているのか、時間を掛けて訊いていけば良いのだ。
加神は考えを素早く纏めると、手を突いて立ち上がった。
幟の方はかなり消耗しているようなので、手を出してそれを助けてやる。
「とりあえず、立てるか?」
「……うん」
しかしながら、それは一瞬のことだった。
――ゴッ!
「……え?」
目の前の幟は、横から猛スピードで突っ込んできた車に、体を持ってかれていた。
加神の手を取る直前だった。
上半身はボンネットに乗り上げ、下半身はバンパーの下に入り込んでいる。
そんな不自然な体勢のまま轢かれた幟の全身は、コンクリートの壁に打ち付けられた。
「……あ、あ……」
……見たくもない。
しかしながら、言うことを聞かなくなった頭が、その先を目で追ってしまった。
幟は体の中心から大量の血を流しており、それが床に赤い水溜まりを作っていた。
体が押し潰されている。
首は力を失くして垂れている。
まるで生命の息吹を感じなくなってしまった幟の元に、一人の人間が近づいた。
コート男だった。
男は躊躇なく幟の顔に手を伸ばすと、パーツでも引っこ抜くように、幟の鬱金色の左眼を取り出していた。
「……悪いな、コレは貰っていく」
「お前……何やってんだよ」
「……あ?」
「幟に何をやってんだ!」
我を忘れて激高する加神。
コート男はその顔を認めると、たじろいで一歩引き下がった。
「お前……加神か?」
何かを知っているコート男だが、今はそんなことはどうでもいい。
加神は頭に血が上っていた。
当然だ。
原理なんてまるでわからないが、車を操縦していたように見えたのは目の前の男だ。
その男が、幟をまるで物のように轢いてしまった。
しかも左眼を引き抜いている。義眼だったということだろうか。
すべてを説明してもらわないと、気が済まない。
するとそれに水を差すように、何処からともなく不動が姿を現した。
「こっちは大丈夫だぜ。――その男はどうする?」
「一般人には手を出さないルールだ。引き上げよう」
「ああ? 俺が逃がすと思ってんのか?」
瞬間移動を行えるのは不動とかいうサングラス男の方だ。
加神は一心不乱になって、不動の懐に入り込んだ。
そのまま体を持ち上げるようにして押し倒す。
「うぐっ……。なんだよお前! 覚醒する主人公ムーブとかいらねぇから!」
「俺が納得できる理由を話せ! できなきゃここで幟と同じようにしてやる!」
倒れ込んだ不動の胸倉を掴み上げ、顔と顔がぶつかりそうな距離で怒号をまき散らす。
「理由だぁ……? だからオレたちにはアンリミッターが必要っぐ――」
減らず口を叩く不動が許せなくて、加神はその顔面を殴っていた。
無様にも一発で鼻血を垂らしている。
「ふざけてるともう一発かますぞ? お前、幟を裏切ったそうだな? そんな理由で幟をあんな風にしたのか?」
「これでもオレは平和的に解決しようとっぐ――」
もう一発ぶん殴ってやる。
サングラスが割れて、その下の眼が露わになる。
段々と不動の素性がわかってきた気がする。
おそらく、校舎裏で幟が電話をしていた相手がこの男なのだろう。そして幟を立体駐車場に呼び出し、三人がかりで襲い掛かったのだ。
こいつが幟を陥れたといっても過言ではない。
「逃がさねぇよ。また消えてどっかに行くつもりだろ? そうはさせねぇからな!」
「おおぃっ! 助けてくれぇ! タコ殴りは御免だ! 脳力が使えない!」
不動がコート男に助けを請う。
何度か殴ったせいで、右拳が血で汚れてしまった。
だがそれでも構わない。こいつを痛めつけた後は、コート男もわからせるだけだ。
「その辺にしろよ、加神」
不意に、コート男に名前を呼ばれて、加神の殴る勢いが止まった。
「頼むよ。俺たちのやろうとしていること……。その邪魔をしないでくれるか。俺はお前を傷付けたくはない」
まるで加神のことを昔から知っているような……。
そう思わせるほどに自然なトーンで、コート男は語り掛けてきた。
そしてその声色には、何処か聞き覚えもあった。
「もういいだろ。――行くぞ」
「……クッソ。時間がありゃ、最強空手奥義で、返り討ちにしていたところだぜ……」
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