②蛍雪高校_2

 五時限目の授業は社会科だった。

 六十代の男性教師が、眠そうなクラスメイトに対して質問を投げかける。

「『マクスヴェル』について説明できる奴はいるか?」

 加神は勢い良く右手を真上に伸ばした。

「……またか。じゃあ加神」

「『マクスヴェル』とは、世界各地で運用されている、無公害な半永久エネルギー機関のことです! この鞠那シティがここまで発展できたのも、『マクスヴェル』を積極的に取り入れているおかげです!」

 加神が窓の外に視線を移すと、五十階以上あるビル群が何本も立ち並んでいる。

 交通網は蜘蛛の巣のように入り乱れており、住宅地と商業ビルが群雄割拠する、鞠那シティ開発エリアの中央に蛍雪高校は建てられていた。

「その通りだ。……して、『マクスヴェル』とはどのようなものか具体的な説明はできるか?」

「マクスヴェルは、内部に、ある素粒子を内包しています。それが『イリウム』です! 今から三十年前に発見された新たな素粒子『イリウム』は、慣性の法則を体現するかのように、一律運動を行う性質を持っています。真空状態に保たれた装置内でこれを作用することで、エネルギー生成を可能にしているんです! ……あ、ちなみに、マクスヴェル自体が開発されたのは、今から二十年前ですね!」

「さすがだな。よく勉強している」

 加神が自信満々に周囲を見渡すと、友人たちがグーサインを出していた。

 褒めてくれている、ということだろう。

 警察官を目指すなら、これくらいは当然だ。

 毎日最低三時間の勉強をしているのだから。

「みんなの家にもマクスヴェルを搭載した家電製品が一つくらいはあるだろう。日本がこの十数年で飛躍的に科学力を伸ばしていった要因の一つだ。マクスヴェルがあれば、乗用車を死ぬまで使い続けることができるし、テレビを点けっぱなしで寝ても何の無駄遣いにはならない。将来的には多くの職種を全自動で賄うことができるとまで言われている」

「先生の仕事も奪われちゃうってことですか~?」

クラスメイトの誰かが笑いながら訊いた。

「どうだろうな。人間にしかできないことであれば、しばらくはそのままの形で残るだろう。創作性が試されるようなものとか、それ以外にも、こういった教育の形なんかもな」

 それからも何度か、教師が質問もとい、問題を出すことがあったが、その度に加神が答えていった。

 いつもの光景であり、慣れているクラスメイトは口出しをせず、板書を続けた。


 六時限目の授業は体育で、バスケットボールをやることになった。

 加神はキレのあるドリブルで、生徒の合間を縫うようにすり抜けると、流れるようにスリーポイントシュートをかました。

 シュッ。ネットが静かな音を発して撓む。

「すげーぞ加神! 十本連続でスリーポイントシュートだ!」

「別に……! これくらいできないと駄目だからな!」

 そう、警察官を目指すなら当然だ。

 週三回ずつ、有酸素運動と無酸素運動をこなしている。体力に自信はある方なのだ。

 放課後の時間を奪われるため、部活に所属しているわけではないので、すべて我流だが。


 体育館シューズの擦れる音が、絶え間なく鳴り続ける。

 そんなさなか、男子生徒がバスケットボールをやっている隣では、女子生徒がバレーボールの試合をしていた。

 幟たち三人のグループは、コートの外で固まって、男子生徒の様子を眺めていた。

「ねぇねぇ、カガミン、十本連続で入れてるんだって! 凄くない!?」

「うん……そうだね」

「なつめ……? どうしたの……?」

「どうもしないよ」

 幟はつまらなそうに試合の様子を眺め続けている。

 そこで友人の一人が、諭すように呟いた。

「勉強もできて、運動もできる。普通に良い物件だよ、加神は。三年間同じクラスなんでしょ? あんなに優しいのに、なんで意地悪なんてするんだか……」

 幟は、きつい目つきを友人へと向けた。

「……今、なんか言った? あたしに説教しようとしてる?」

「いや、そういうつもりじゃ……」

 心外だといった感じで、胸の前で手を振っている。

「そういう態度は求めてないから……」

 幟の感情に呼応するように、鬱金色の左眼が光り輝く。

すると友人はがらりと態度を変え、幟に抱き着き、涙目で訴えた。

「ごめんってばぁ、なつめぇ……。私のこと嫌いにならないで……」

「…………」

「ねぇ? なつめ……?」

 友人は縋るように幟の顔を見上げる。

「うん、大丈夫……。嫌いになんかならないよ」

 友人の頭をポンポンと叩く。

 その表情は傍から見ると笑っているように見えるが、やはり何処かつまらなそうだった。

 幟は、整理できない感情の捌け口にするように、加神の試合を眺め続けた。

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