天から地へ②

「…………」

 この計画は何としてでも完遂せねばなるまい。

 たとえCIPが邪魔しようとも――親友が邪魔しようとも――。

 そう気を奮い起こして頭を上げる。

 バックミラーを見ると、何やら揉めている男女三人組が映った。

 女性の方は、二十歳前後くらいだろうか。ジーンズとボーダーシャツを合わせた、カジュアルな格好をしており、青いアウターで綺麗に纏めている。

 メイクもバッチリキメており、彼氏でも待っているかのような風貌だった。

 対して男二人組の方は、適当なセットアップを身に纏い、一方的に捲くし立てている。

 女性の掛けているブランド物のショルダーバッグを、ネチネチと指差しながら。

 ナンパでもしているのか。首堂はそう判断した。

 予定の時間まで、まだ余裕はある。

 首堂は徐に車外に出ると、三人組に近づいて行った。


「……何を、しているんだ?」

「あっ……」

 女の方が、まるで首堂を知っているかのような、妙な驚き方をする。

 その間に割り込むように、男二人が立ち塞がった。

「誰だ、お前?」

「何? この子の彼氏?」

 首堂はあえて無愛想に返答した。

「いや、初めて見るよ」

 できればコトを荒立てたくはない。

 しかしながら、その態度が、二人には気に食わなかったようで。

「だったら邪魔すんなよ」

「困っているのが見えたから、助けようと思ったんだ」

「助ける……? ぶははっ! そんな下らねぇ理由で入ってくんじゃねぇぞ」

 二人組の内、体格のデカい方が青筋を立てる。

 なんだ。ナンパじゃなくて、ただのチンピラか。

 鞠那シティにも、今時こんな古いタイプの小悪党がいるとは。

 首堂はため息を吐いた。

「おい! 気取ってんじゃねぇぞ!」

 交渉をする余地はなく、大男が握り拳を突き出してくる。

 首堂は右眼を鬱金色に輝かせ、男の眼を注視した。

 ピタリと。動画を止めるように、男の殴る勢いが治まる。

「俺は穏便に済ませたいんだ。一般人に手を出すつもりはない」

「わかったよ……。おい、行くぞ」

「……え、あ、おい! いいのかよ! せっかくの上玉だぞ!」

 大男が一様にやる気を失ったせいか、もう一人は大人しく後ろを付いて行った。

 【使役】の脳力は本物だ。それを噛みしめて、重い瞬きをする。

「……あ、あの、ありがとう……!」

 感謝の言葉を掛けられて振り返ると、女は気も漫ろといった様子だった。

 さっきの顔を見られたときの反応といい、やはり何か違和感がある。

「俺って、君とは初対面だよな?」

「初対面……? あ、うん、そうだね! だから、なおのことありがとうって言うか……。そうだ! お礼と言ってはなんだけど、良かったらこれを……」

 女が差し出したものを、首堂はまじまじと見つめた。

「……キーホルダー?」

 ファンシーなデザインをしたクマのミニチュアフィギュアに、リングが繋がっている。

 断る理由もないので受取ろうとする首堂だったが、触れるよりも早く、女はキーホルダーを、首堂のポケットに押し込んできた。

「要らないなら捨てても良いから! これくらいしかなくてごめんなさい」

「そんなことないって。有難く貰っておくよ。じゃあ、俺はこれで」

 首堂は、女の返事を待たずに身を翻す。

 これはあくまで、計画完遂のための寄り道に過ぎなかった。


 ――ハイウェイ――


「手詰まりだね。CIPに戻るしかないんじゃない?」

 加神がバイクを疾走させているとき、後ろから、間宮は諦めるように言った。

 ――まずは立体駐車場。ネイピアビルディング・802号室と、エントランスホール。そして念のため、鞠那中央医療センターも。ここ数日訪れた場所を順番にさらってみたものの、手掛かりになりそうなものは一つもなかった。

 もちろん聞き込みも行ってみたが、首堂のことを知る人間など見つかるわけもない。

 朝からずっと鞠那シティを走り回っているというのに、収穫はゼロ。

 あっという間に、時間は十一時を過ぎてしまった。

 似たような街並みが、グングンと後方に流れていく。

 街の何処に居ても見える電波塔『スカイランドタワー』は、加神たちを嘲笑っているかのようだった。

「組織に戻って、どうするんだよ」

「協力を仰ぐ」

 加神は顔を顰めた。

 あの轟支部長に、力を貸してくれるように頼むということか。

 たしかに残された時間は僅かしかないが、彼を頼るのは、負けたような気分にさせる。

 ……とそのとき、ブレザーの内側で、端末機が小刻みに震えた。

「誰かが電話を掛けているみたいだ。俺の代わりに出てくれないか?」

「わかった」

 間宮は返事をすると、加神の背中に体を密着させて、内ポケットをまさぐった。

 むにゅり。柔らかい二つの感触が、加神の背中に押し付けられる。

 指摘したら殺されかねないので、今は運転に集中した。


「……もしもし」

『あ、生絃、教えたいことがあって!』

 間宮は聞いたことのある声に違和感を覚え、端末機の画面を見た。

 ひなたと表示されている。いつの間にか、連絡先を交換したらしい。

「どうしてひなたが、加神の連絡先を知ってるの?」

『その声はマーリンだね。今はその話はどうでもいいの! 生絃はいる?』

「今は出れない。それで、教えたいことって? 私じゃ話せない内容なら掛け直すけど」

『マーリンでも大丈夫。実はね……さっき偶々、首堂昂太郎と遭ったんだ』

「それ本当っ!?」


 加神は、間宮が何やら騒がしそうにしていることを感じ取った。

「相手はひなたか。なんて言ってる?」

「首堂と遭ったって言ってる。待って、いま音声をオープンにするから」

 間宮は端末機を操作すると、それを右手に持って、加神の顔の横に出した。

 これで会話ができる、ということだろう。

「ひなた。いま何処にいるんだ? 何処で首堂と遭った?」

『生絃! 『プロトライフ』っていう家電量販店にいる。さっきまで首堂もそこにいたの』

「プロトライフなら、ここからは近い。すぐに向かうから、ちょっとだけ待っててくれ!」

『急いでね!』

 話は纏まったと判断したのか、間宮はスッと端末機を戻すと、通話を終了させた。

 そして、黒いオーラを背中にぶつけてくる。

「昨夜、ひなたの家に寄ったんでしょ。そのときに連絡先を交換したの?」

「……あぁ、まあな」

「……良かったね。今殺したら、私も事故ることになるから」

「勘弁してくれ。向こうが勝手に連絡先を入れてきたんだ」

「ふぅん、そう……。じゃ、ひなたを殺すよ」

「あははは、面白い冗談だな!」

 自然を装って大笑いしてみる。我ながら上手く行ったと思うほどに。

 しかしながら、背中に感じるオーラは治まることなく、むしろ圧力を増していく。

 殺す云々に関しては、口癖のようなものと前に言っていたはずだが……。

「……冗談、なんだよな?」

「……さぁね」


 ――プロトライフ――


 電話口でひなたの言っていた場所に到着する。

 週末ということもあり、外の駐車場にはズラリと車が留まっていた。

「……ひなたは何処にいるんだ」

 適当な位置にバイクを留め、ゴーグルを外して周囲を見渡す。

 店外であるため、さすがに人気は少ない。

 目に付くのは、オシャレな格好をしている一人の成人女性だけだった。

 家電量販店の駐車場とは言え、目立つところに立っているのは危険なようにも感じるが。

「あれじゃない?」

 と思ったら、間宮がその女性を指差した。

 何を下手な冗談を言っているんだろう。

 ひなたはもっとこう……野暮ったい格好をしていて、オシャレとは正反対にいる人種だ。

 加神が胸中でツッコミを入れていると、女性がこちらを振り向いた。

 途端に満面の笑みになり、手を振りながら近づいてくる。

 なんだなんだ? 俺の後ろに彼氏でも見つけたのか?

「待ってたよ。思ったより早かったね」

「……えっと、誰ですか?」

 タレントかと見紛うほどの女性が、膝を折って息を切らしている。

 加神は、女性が人違いでもしているのかと思った。

「誰って……そりゃないでしょ……。あたしだよ、あたし」

「その喋り方、もしかしてひなたか?」

「カモシカでもシカでもないよ。そうだよ、後廻ひなたですよー」

「なんでそんな恰好をしているんだ?」

 加神は全身を改めて確認してみた。

 ……見えない。ひなたは、自分の部屋とは言えボサボサの髪で、軽装で過ごしている女なのだ。それと同一人物には到底見えない。

「買い物で外出しているからだけど。いくら何でも、あの格好で出歩いたりしないよ」

 自分の格好を確かめるように、その場でくるくる回っている。

 明日には機材を買い直しに行く――たしかに昨夜、ひなたはそう言っていた。

「……実はひなたは探偵で、変装をしているとかじゃないんだよな?」

「あのねぇ……そういう発言は素で言っている方が、質が悪いんだよ」

 キメキメの女性が――否、ひなたが上目遣いで睨んでくる。

 そこで間宮が、わざとらしく咳払いをした。

「脱線している場合じゃないでしょ。首堂について教えてくれる?」

 話を本題に戻そうとしている。

 加神はそれどころではなかったのだが、当面の目的を思い出し、気持ちを切り替えた。

「そうそう。あたしさ、実はさっきまで、ナンパに絡まれてたんだよね。やっぱり、あたしの可愛さに惚れちゃったのかなぁ。いくら断っても食い下がってくるんだよ」

 ……まあ正直、この見た目なら、手を出そうとする男がいてもおかしくはない。

「で、助けてくれたのが首堂だったの。右眼をピカッと光らせてさ」

「【使役】の脳力を使ったんだろうな」

「移植をするようにあたしのところに押しかけてきたくせに、どうしてさっきは気付かなかっただろ……」

「そんな格好してたら、さすがに気付かないだろ」

「えぇ~? そんなにマズい格好かな、これ……」

 悪い意味で言ったわけではないのだが、ひなたは口を尖らせた。

「鈍いね、ひなたは。要は加神は、今のひなたが可愛すぎるって言いたいんでしょ」

「……ぐ」

 そうやって直接的な表現を使われると、反応に困ってしまう。

「え、そうなの……? 生絃的には、今のあたしの方がタイプな感じ? そうしたらこっちに乗り換えちゃう? バディ的な関係に発展しちゃう?」

「…………」

 調子に乗り出したひなたのことを、間宮は鋭い目つきで射抜いていた。

「じょじょ、冗談だって……。ほら、首堂が何処に行ったか教えてあげるから……」

「で、何処に行ったの?」

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