天から地へ③
「待って、いま確認する。実はさっき発信機を渡したんだよね……」
「首堂相手じゃ、そんなものすぐにバレそうだけどな」
「その辺は上手くやったつもりだけど……。おー動いてる動いてる」
ひなたはポケットからスマホを取り出すと、手早くタップして画面を見せてきた。
「……ほら。あいつがキーホルダーを誰かにあげるようなことをしていない限り、間違いないよ。D12に向かってるみたいだね」
「鞠那シティの中心地だね。あいつ、何を企んでるんだか……」
「あそこって、何かあったっけ?」
「目ぼしい建物って言えば、やっぱりあれだろ」
加神は振り返ると、一本の塔に向けて、人差し指を伸ばした。
今日一日、ずっと自分たちを嘲笑っていた存在。
青と白の鉄骨が螺旋状に絡み合い、天まで届きそうな建造物が伸びている。
「『スカイランドタワー』。鞠那シティを象徴する電波塔だ」
「電波塔ね……。なるほど。これって、結構マズいことになって来たんじゃない?」
間宮は、タワーを見上げながら、引き攣ったように笑っていた。
その理由は、無論加神にもわかっていた。
「みたいだな。首堂は【操縦】の脳力を持ってる。そいつを使って、電波塔を乗っ取るつもりなんだろう。テレビを通じて、より多くの人間に【使役】の脳力を使うためにな」
こうしてはいられない。早急に、首堂に食らいつく必要がある。
ひなたは、ずいっと、首を突っ込んできた。
「昨日も言ってたけど……本当に首堂は、他の脳力者を洗脳するつもりなの?」
「予想通りの展開になればな……!」
加神はバイクに身を沈め、ハンドルを握り締めた。
「ちょっと! それって二人も含まれるんだよね? あたしはどうすれば良いの?」
「とりあえず家に帰って大人しくしておくんだ……!」
「あたしだって、二人の役に立ちたいよ!」
「もう十分立ってるよ。本当にありがとうね、ひなた」
エンジンを吹かすと、勢い良くバイクは発進した。
――スカイランドタワー――
D12――『スカイランドタワー』の周辺は、オービタル社の管轄下であり、広場、モノレール駅、水族館、プラネタリウムが入り乱れている。
大の大人でも下調べなしでは迷子になると、蛍雪高校の先生が談義で喋っていたほどだ。
こうして実際に来てみると、週末の昼時ということもあって、老若男女が犇めいていた。
目的地に着くなり、間宮は弾かれたように駆け出した。
「加神、私に付いて来て!」
「あ、おい! ここに来るの初めてなんだよ!」
バイクを乗り捨てるようにして後を追う。
地上四階から成る『鞠那スカイタウン』。
その中央を抜けるように伸びている長い階段を、駆け上がる。
二人の赤いリボンと緑色のネクタイが、左右に忙しく揺れていた。
「一階から三階は商業施設なの! 首堂に用があるとしたら、きっと四階だと思うんだ!」
「四階には何があるんだ!?」
さすが先輩エージェントということか。
普段から鞠那シティを駆け回っている間宮は、その辺の情報は詳しいようだ。
「天望デッキへと続く唯一のエレベーター! その入場ゲートは四階にあるの! 電波塔をジャックするなら、あいつは上を目指す! 制御装置の中枢に触れば、あいつの勝ちなんだから!」
二人は息を上げながら、スカイタウンの四階を目指した。
四階に着いてからも、二人の足の回転は、とどまることを知らなかった。
太い円柱をぐるっと回り、入場ゲートまでやって来る。
――と、そのときだった。
女性の係員が、エレベーターの乗客に向かってお辞儀をしていた。
「それでは皆様、行ってらっしゃいませ~」
そして今まさに、目の前で、銀色の扉が閉ざされてしまう。
その隙間に見えたのは、相変わらずモッズコートを着た、首堂の俯いた顔だった。
「クソッ! 首堂ぉおおお!」
「お客様! どうかされましたか?」
勢いのあまり扉に飛びついた加神。
係員は厳として、加神の顔を覗き込んだ。
「……あ、いや、ちょっと……」
「順番にご案内致します。チケットをご購入の上でお並び下さい」
手の平を向けて、カウンターの場所を案内される。
既に並んでいた多くの客たちは、ジーッと加神のことを見つめていた。
「これで確定だな。首堂が何を企んでいるのか」
「落ち着いて、加神。エレベーターはもう一つあるから」
冷静に振舞う間宮。
お前だって内心は焦っているくせに――加神はそう言おうとして、言葉を飲み込んだ。
1/9
ゴウン……ゴウン……ゴウン……。
首堂たちを乗せたエレベーターの箱が、青と白の鉄骨の中を、一直線に上がっていく。
暗闇が晴れ、パッと景色が開けると、荘厳な街並みが視界一杯に広がった。
幾何学模様のようにも見える、ある種の官能的な景色に、他の乗客たちは釘付けだった。
子供たちは窓ガラスに張り付いて黄色い声を上げ、その親と思われる乗客は、格好付けてうんちくを披露している。
マクスヴェルで発展した街。日本一平和な街。それが鞠那シティだ。
俯瞰で見下ろす街を前にして、首堂は胸中で呟いた。
加神、やっぱり止めに来たか……、と――。
2/9
加神はなおも焦っていた。
鞠那スカイタウンと、スカイランドタワーの天望デッキ。
この二つを繋ぐのは、二基のエレベーターしかないということだった。
その内の一つは先に出発してしまった。
もう一つを逃してしまった場合、タイムロスは厳しいものになってくる。
「お願いします! 先に乗せて下さい! どうしても上に行かなくちゃいけないんです!」
加神が思いっきり頭を下げると、係員は渋い顔をした。
「チケットは購入しました! だからどうか、お願いします!」
往復で二千円掛かったチケットを握り締め、さらに深々と頭を下げる。
チケットに書かれた整理番号は、まだまだ先だった。
「申し訳ございません。他のお客様の迷惑になりますので、順番にお待ち頂けると……」
二基目のエレベーターが口を開き、先に並んでいた客がぞろぞろと乗り込んでいく。
無理を言っているのは百も承知だった。
だが、〝異端脳力者が洗脳を企んでいる〟と言って、誰がそれを信じてくれるのか。
諦めて、ここで次の便を待っているわけにも行かない。
それに関しては、間宮も同じ考えだったらしい。
「お願いします! どなたか、私たちのチケットと交換して下さい! お願いします!」
「……お願いします! どうしても! どうしてもなんです! 僕たちに譲って下さい!」
二人は揃って頭を下げた。
定員数の埋まったエレベーターは、あとは出発を待つだけという状態だった。
何か、他の手を考えるしかないのだろうか。
加神が諦めかけたときだった。
エレベーターの中から、一本の手が上がった。
「……いいですよ。そこまで乗りたいなら譲ります。僕たちのチケットと交換しましょう」
「ちょっと! たっくん! 何言ってるのよ!」
二十代前半くらいの男だった。
カップルでデートに来ていたのか、彼女の方は難色を示している。
「いいから……! それなら君たちは先に乗れますよね。問題はないはずです」
彼氏が腕を引っ張る形で、カップルがエレベーターから出てくる。
係員は、想定外の事態で困り顔になっていた。
「ほら、他のお客さんを待たせるわけには行かないでしょう」
「……わかりました。特例ですが、今回は認めましょう」
ありがとうございます! 加神と間宮は、きつく目を瞑りながら、改めて頭を下げた。
エレベーターに乗り込み、今度こそ扉が閉まる――その寸前。
「……いいの?」
「ごめんな。なんか、昔の自分を思い出してさ。見過ごせなくなっちゃったよ」
カップルのそんな会話が、加神の耳を掠めた。
エレベーターが上昇していく。それに応じて鞠那シティの街並みが拡大していく。
これは僥倖だ。ひとまず、第一の関門は突破できたと言ったところだろうか。
加神は胸を撫で下ろした。
「良かったね。優しい人がいて」
「あぁ……。ただ、このまま上手く行けばいいんだけどな……」
余韻に浸るのはほどほどに、加神は気を引き締めた。
そうだ。これは最初の関門を突破したに過ぎない。
まだ、首堂を捕まえたわけではないのだから。
そしてその嫌な予感は、すぐに的中してしまった。
……広がりゆく外の景色が止まっていた。
エレベーター内の照明が落ち、乗客は思い思いの動揺を見せ始めた。
「……ほぉら。だよなぁ」
3/9
天望デッキに着いた首堂は、エレベーターから出るなり、二基のエレベーターの制御盤に手を触れた。
左眼を鶯色に輝かせ、【操縦】の脳力を以て、エレベーターの機能を停止させる。
加神たちは追って来られない。これで邪魔は入らない。
首堂は、3フロアから成る天望デッキを見渡すと、屋上に出るために、上階へと体を運ばせた。
カップル。家族連れ。何かの会で集まったらしいグループ客。それらをかき分けていく。
しかしながら、エスカレーターの前まで来たところで、人の流れは逆流した。
「あれ……?」「なんだなんだ?」「危なっ!」
エスカレーターに乗った人々が、不思議そうに声を上げている。
上りのエスカレーターが、逆回転を始めたのだ。
そうしてバランスを崩した人々が、雪崩になって首堂の前に流れてくる。
これでは二階に上がることができない。
こんなにタイミング良く――いや、首堂にとってはタイミング悪く、エスカレーターが故障したのだろうか。
いっしゅん目を細めた首堂だったが、これができる人間に心当たりがあった。
ネイピアビルディングにて、パソコンに外部から干渉した人間か……。
「……誰かが、邪魔をしているみたいだな……」
4/9
「おいおい、待ってくれよ! おれたち、こんなところで待たされんのかよ!」
「もしかして、このままエレベーターが落ちたりとか……しないよね?」
「ちょっと! よしなさいよ! 子供を怖がらせないで!」
エレベーター内。乗客の動揺は、風船のように膨らんでいく。
エレベーターが止まった。首堂に止められたのだ。
首堂の脳力が【操縦】であるなら、予想できた展開であったはずなのに……。
加神は、まんまと罠に嵌められてしまった。
扉をこじ開けようという話になったのか、二人の男性が扉に手を掛けている。
だが、人間の力で突破できるわけがなかった。
と、ブレザーの内ポケットで、端末機が着信する。
……誰だ、こんなときに。下らない内容だったら切ってやるぞ。
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