六話 繰り返す痛み「手間が掛かるし、パンで良いよ」

①null

 ジュク……ジュク……ジュク……。

 ビュル……ビュル……ビュル……。

 まき散らされた肉片と液体が、元の形に戻っていく。

 最初に再構築されたのは右手だった。

 手をついてゆっくりと立ち上がる。

 近くの窓に頭が映っていることを確認して、ようやく加神の意識が戻ってきた。

「……やってくれたな、あいつ」

 【再生】の脳力を持っているとはいえ、一方的に殺されるとは思わなかった。

 通りに出て周囲を見渡してみる。

 夜も深い時間になってきている。人影は見当たらなかった。

 このまま一人で行動しても仕方がない。

 かと言って、家に帰って寝る気分でもない。

 加神は端末機を取り出して、間宮をコールしてみた。

 ……しかしながら、当然のように応じてくれるわけがなかった。

 ――加神と言ったな。君の活躍に期待している。相棒に見限られないよう気を付けるんだな。

 いつかの轟支部長の言葉が、脳裏を反響する。

 そうか、そういう意味か。

 あれは嫌味でもなんでもなく、そのままの意味だったということだ。

「……あークソッ! めんどくせぇなぁ!」

 加神はひとまず、ピチカートに留めたバイクの元へと引き返した。


 ――ハイツフェルマータ――


 日中に一度訪れた木造建築のアパート。

 件の部屋のインターホンを押すと、主はすぐに鍵を開けてくれた。

 部屋に入ると、ひなたはチェアに胡坐を掻いて、忙しなくマウスを動かしていた。

 ヘッドホンを首に掛けた状態で、オンラインゲームに興じている。

 クリックとキーボードのリズミカルな打鍵音は、銃撃戦のごとく乱舞していた。

「……こんな時間に何の用? マーリンからあたしに乗り換えたの?」

「間宮が一人で行動するとしたら、何処に行くのか心当たりはないか」

 ジョークをスルーされたのが気に入らなかったのか、ひなたがピクッっと反応する。

 それをごまかすように、チェアを回転させてこちらに振り向いた。

「……喧嘩でもしたの?」

「まあ、そんなところだ……」

「ふぅん。じゃあやっぱり、あたしに乗り換えたってことじゃん」

 ジト目で嬉しそうに笑いながら、腹の内を探るように静かに近づいてくる。

「マーリン相手に、よく無事だったね」

 いや、殺されたんだけどな……。

 加神は頭を掻きながら、胸中でそんなことを呟いた。

「マーリンが行く場所に心当たりはあるよ」

 ひなたは事情を悟ったように続けた。

「……けどさ、それをあたしから聞いてどうするの? マーリンはアンタと距離が置きたいんでしょ。だったらそっとしておくべきじゃない?」

「そうも行かない。首堂が計画を進める前に、早くあいつを見つけないと」

「……ほーん、熱心だね。加神生絃だっけ。マーリンが生絃を相棒に選んだ理由、なんとなくわかった気がするよ。ただ、大きなマイナスポイントはあるけど……」

 大げさに目を丸くしたかと思うと、そこでひなたは、加神の全身をてっぺんからつま先まで、舐めるように見渡した。

「マイナス……?」

「臭い。汗臭いっていうか、焦げ臭いっていうか……。嫌な臭いがプンプンする。マーリンに会っても、絶対に白い目で見られるよ」

「失礼だな。この部屋が臭うだけじゃないか? クラスメイトにガサツな奴がいるけど、そいつの部屋の方がまだマシだぞ」

 キッチンは日中に来たときと同じ状態で、カップ麵の容器は新しいものが増えている。

 時間に余裕があれば、改めて部屋の掃除をしてやりたいくらいだ。

「ちょっとぉ! 生絃もゴミ屋敷だって言いたいの!? あたしの城は、それぞれが完璧な配置で置かれてるの! 言いがかりをつけないでよ!」

「はんっ、それっぽい理由だな……」

 加神が追撃するように嫌味を言うと、ひなたは踵を返して部屋の奥に引っ込んでいった。

 わざとらしく鼻をつまんで手を振りながら。

「あー臭い臭い。なんでこんな夜遅くに、臭い男なんて部屋に入れちゃったんだか。あたしと話す前に、シャワーでも浴びてきたら? 使ってもいいから」

シャワーを、浴びる……?

 一体どうしたらそうなるのか。情報を提供する代わりに、ひなたから提案された内容は、加神の予想と大きく違っていた。

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