④ハイツフェルマータ_3

「……美味いな」

 間宮手製の一品に、加神は感嘆の息を漏らした。

 急場で作ったにしては、上出来すぎるオムライスだった。

「有り合わせで作ったとは思えないくらいだ。その辺の定食屋よりも価値があるぞ」

「……何か変なものでも入れたの?」

 ひなたはチェアに座りながら、行儀悪い格好で食事を摂っている。

 まるで品がない。

 その品のなさは態度だけでなく、生活空間にも表れていた。

 人数分の食器が見つからなかったらしく、加神は箸で、間宮はフォークで、オムライスを口に運んでいた。

「隠し味にめんつゆをちょっとね」

「めんつゆ?」

 ひなたが咀嚼しながら質問をする。

 ご飯粒が飛んだ。本当にはしたない。

「使えそうな食材があまりなかったから」

 曰く、ひなたの部屋の冷蔵庫には、賞味期限が切れていないものは、卵と調味料しかなかったようだ。

 ご飯はレンジで作れるインスタントのもので、戸棚に無造作に置いてあったもの。

 加神が手伝って、これに関してはチンだけしておいた。

「日本人は醤油が好きだから。適当に入れておけば、何とかなるもんだよ」

「なるほどな。そういうもんか」

「ごちそうさまでした」

 ひなたは二リットルの天然水ボトルをラッパ飲みする。

 そして、すぐさまパソコンに向き直った。

 上機嫌な様子で、マウスを忙しなく動かし、時折キーボードを叩いている。

「こんなところでニートを拗らせてなきゃ、その才能も評価されそうなのにね」

 間宮が水を差すようなことをポツリと呟く。

「あたしの生き方をとやかく言われる謂れはない」

「俺は別に今のままでも良いと思うけどな」

「…………」

 加神が思ったことを口にすると、短い静寂が過ぎていった。

 ひなたはどぎまぎしながら。

「そ、そうかな……?」

「あぁ。間宮はこうして、ひなたのことを頼ってるんだ。それで十分じゃないか」

「……ふっ、ダッサ。露骨な好感度上げ、お疲れ様~」

「せっかくフォローしたのに、その言い草は何なんだよ」

「……うっさい。フォローなんか、求めてないもん……」

 そのときひなたが頬を赤らめているように見えたのは、おそらく怒りのせいだったのだろう。

 照れていた? まさか、そんなわけがない。

 加神は、話題を変えるために、少々強引に舵を切った。

「そういや二人って、『カウントダウン動画』って知ってるか?」

「……あー、今一番ホットな奴だね。その名前がCIPの人間から出てくるとは思わなかったよ。マーリンはどうなの?」

「一応知ってる。けど、興味はないね」

 間宮は瞼を閉じて、淡泊に返した。

「見たことないの? ついに今日、七本目が上がったっていうのに」

「七本目……。ということは、明日が最終日になるんだな」

 加神は、二日前に友人たちと話した内容を思い出した。

 あれからも、律儀に動画がアップされていたのか。

「……どんな動画なの?」

「おやぁ、マーリン気になっちゃう? じゃあ折角だし、ここで見てみる?」

 ひなたが、したり顔で顧みる。

 なんでお前が得意気なんだと言ってやりたい。

「……わかった。見てみる」

 意外にも、間宮は素直な一面を見せると、ひなたのデスクに歩み寄った。

 ひなたは首堂捜しを中断し、新しいウィンドウを開いた。

 動画共有サイトに飛び、それを上部のモニターに表示させ、再生ボタンをクリックする。

 ――動画の内容は、二日前とほとんど同じだった。

 テストパターン放送のような、カラフルな色が映され、下の方に表示された数字が減っていく。

 ただし今回は、〝24:00:00〟から始まり、〝23:59:55〟までだった。

 〝marina city〟の文字が浮かび上がり、ノイズが走って動画は終了する。

 動画が終わって早々、間宮の呟いた感想は、簡素なものだった。

「……こんな動画が、いま話題になってるんだ」

「凄いんだよぉ。誰が始めたのか、考察動画でも上げようものなら、すぐに広まってさ。色んな説が噂されてんの」

「ふぅん……」

「反応薄いねぇ。自分の分身みたいなもんなのにさ」

「どういうことだ?」

「あれ、知らないの? このチャンネルの名前、『merlin(マーリン)』って言うんだよ。ほら、同じ名前じゃん」

 意気揚々と言うひなたに対して、間宮と加神は呆気に取られてしまった。

 小学生じゃあるまいし、どうすればそんな態度になれるのか。

 加神は脳内辞書を開いた。

「たぶん、この場合のマーリンって、ブリタニア列王史に出てくる、予言者の名前から取ってるんだろ。カウントダウンがゼロになると何かが起こる。そんな意味を込めてるんだろうな」

「へぇ、物知りなんだね。そういう由来なんだ、これ」

「本当に、明日になったら何かが起こるの?」

「さぁ、どうだろうね。けど、さすがのマーリンもこうやって動画を見ると、気になるところはあるんだねー」

「別に……そんなことないけど」

 ムスっとする間宮。

 なるほど。中学時代の友人だということが、一連の流れで裏付けされたように感じた。

 ひなたは、ネットの沼に引き込むかのように、話題を広げていった。

「あたしさ、これにちょっと興味があってさ、チャンネルのIPアドレスを割り出そうとしてみたんだよね。けどさ、このチャンネル、見たこともないプロテクトが掛けてあって、面倒くさくて途中で止めたんだ」

「……暇人だね」

 自分の腕前を自慢するように語るひなただが。

 どうも加神は、その内容に引っ掛かりを覚えた。

「見たこともないプロテクトってなんだ?」

「……説明するのも難しいかな。まあ、人間業とは思えない、って感じ?」

「意味不明な動画を上げるだけのチャンネルなのに、そこまでやる必要があんのか」

「さぁね。身バレしたくないんじゃない? 慎重な人なんだよ、きっと」

「動画を上げることに慎重、か……」

 そのとき、加神の脳内に閃光が走った。

 先刻、立体駐車場で挙げた自分の仮説が、急速に色味を帯びていく。

 思わぬ形で、点と点が線で繋がった。

「思ったんだけどさ。もしかして、『カウントダウン動画』を上げてるのって、首堂なんじゃないか?」

「……え」

 間宮は、鳩が豆鉄砲を食らったようだった。

 その反応も当然だ。

 そんな都合の良い偶然が本当にあるのか。そう思っても、なんらおかしくはない。

 だが、そう仮定してから考えると、ここ数日の出来事が、誰かの一連の行動として意味を持ってくるのだ。

 『カウントダウン動画』をネットに上げ、不特定多数の興味を惹き付けたこと。

 幟のアンリミッターを奪い、ひなたに頼んで移植させたこと。

「……別に、あいつがあの首堂だって完全に認めたわけじゃない。けど、これならすべてに合点がいく。異端脳力者は、最後の『カウントダウン動画』で、視聴者を同時に洗脳する気なんだ……!」

「根拠がないでしょ」

 間宮はまだ、その事実を受け止め切れないようだった。

「ひなたはプロテクトを解除できなかったんだろ」

「そうだねー。あたしに掛かれば、この程度の動画サイト、朝飯前なんだけどなー」

「……可能性は限りなく高いってところかな」

 ひなたの腕は評価しているのか、間宮は渋い顔で、状況を飲み込んだ。

「てかさ、洗脳って一体何の話よ?」

「ひなたには関係ない。巻き込まれたくないなら、知らない方が良いこともあるよ」

「むぅ、そっちが巻き込んでるくせに……」

 ……あくまでこれは推測の域を出てはいない。

 だがカウントダウンが本物だとすれば、加神たちには制限時間が課せられたことになる。

 24時間――。それまでに、異端脳力者を捕まえなければならないのだ。

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