③ハイツフェルマータ_2
「いやいや待て待て! いくら何でも話が飛躍し過ぎだ!」
「……あぁ、ごめん。今のはただの口癖なんだ。仕事柄、強気な態度を取る必要があってさ。軽い冗談だと思ってよ」
そうだとしても、間宮が言うと冗談になっていないんだが……。
間宮はボールや機械を簡単に破壊するような脳力を持っているのだ。
肉を切るくらい造作ないだろう。
「ただ、まあ。半殺しくらいは、しちゃうかもしれないけどね……」
目元に影を作って、ひなたを睨み付ける間宮。
鋭い目つきで殺さんばかりの気迫に、さすがの相手も白旗を上げた。
「たはは……。マーリンはホント強引だよね」
「話す気になった?」
ひなたは背を向けると、壊れたデスクを応急処置で直していった。
間宮のあだ名のようなものが出てきたが、〝まみやりん〟を縮めてマーリンなのだろう。
「……仕方ないでしょ。あたしだって生きるのに必死だったんだ。いきなり部屋に乗り込んで来て……『このアンリミッターを使えるように波長を合わせろ』って言われて……」
「幟なつめのアンリミッターを渡されたんだね?」
「誰のものかなんて知らないよ。あたしに質問する権利はないもん。あたしは頼まれたことをやっただけ。自衛する手段もないし、そうするしかないでしょ……」
「ひなたは、脳力を持っていないのか?」
「アンタ、あたしの話聞いてた? あたしはCIPなんて組織に関わるつもりはないし、脳力なんてものはいらない。わざわざ命を危険に晒してどうすんの。電子機械さえあれば、あたしは幸せなの。マーリンに手を貸してやってるのは、友達だからってだけ」
緊張の糸が解け、間宮はため息を吐いた。
「ひなたはあくまで協力者だよ。アンリミッターを移植する技術に関しては、CIPにも同様の技術があるのかもしれないけどね。少なくともそういう事実は聞いていないから」
「そうか……」
アンリミッターを移植するということは、『脳力を二つ有する』ということだ。CIPは、『脳への負担が二倍になる』『脳力者の危険性が増す』等、そういう理由から、それを避けるようにしているのかもしれない。
兎にも角にも、ひなたを頼れば裏道として、『脳力を二つ有する』ことが可能になる、ということだ。
脳力を二つ……二つか。
加神は間宮の顔色を窺ってみた。少し気になることがあったのだが、今はタイミング的に良くないと判断し、ひとまず後回しにすることにした。
「とにかく。認めるんだね? あんたは異端脳力者にその技術を売ったんだ?」
「……そうだよ」
「じゃあ話をそろそろ進めようぜ。それが誰だったのか確認しないとな」
「……たしかに、加神の言う通りだね」
間宮は端末機を取り出すと、何度か液晶をタップして画面を突き付けた。
「それはこの人で合ってる?」
「……うん、そうだよ。たしかにこんな顔だった」
ひなたは不満そうに小さく頷いている。
「……へぇ、首堂昂太郎(しゅどうこうたろう)って言うんだ、この人」
「……? ちょっと俺にも見せてくれないか」
立体駐車場のときと同じような眩暈が襲う。
加神は半信半疑で画面を覗き込むと、そこに表示されていた顔と氏名を見て絶句した。
「…………」
似ている……なんてレベルではなかった。
首堂は加神の小学生の頃の親友だった。それと比べて、さすがに顔つき体つきは成長しているが、あの頃の面影がしっかりと残っていたのだ。しかも、名前に使われている漢字はすべて同じだ。
「本当にあの首堂なのかよ……。けど、なんであの首堂が……」
「ひなた、この人を捜して。ネットワークを使えば楽勝でしょ」
「はぁ? なんであたしがそんなこと……」
「壊れた機材、買い直すんでしょ? それだけの報酬を約束するよ。悪くない話だと思うけど」
「うわー、マッチポンプキッモ……。まあ、やるけどさ……」
やるのかよ。加神はずっこけそうになった。
表面上は仲違いしているようにも見えるが、いわゆる腐れ縁という奴か。
「他に使えそうな情報はないの?」
「首堂のグループの写真がある。この二人も異端脳力者で、共に行動しているはず」
再び端末機を覗き込むひなた。
火鳥と不動の写真が表示されている。
「三人分あれば、どれかは見つかるかもね。で、場所の検討は付いてるの?」
と言って肩を鳴らすと、チェアの上で胡坐をかいた。
「戦闘があった場所なら一応は……。B5にある立体駐車場だよ」
「わかった。とにかくそこを中心に探ってみるよ」
ひなたはキーボードを叩き、何かのソフトを立ち上げる。それを待っている間に、スキャナーのような機械に端末機を通し、写真情報をパソコン内に取り込んだ。
「ありがとう、ひなた。それじゃ、その間、こっちの方は適当に時間を潰そうかな」
間宮はホッと息を吐くと、腰に手を添えて鼻を鳴らした。
「台所、ちょっと借りるね。お詫びじゃないけど、何か料理を作ってあげるよ」
「さっきカップ麺を食べたからいいよ」
「ダメ。添加物ばかり食べてると、体に良くないよ。加神は部屋の掃除をお願い。ひなたの邪魔をするわけには行かないからね」
「部屋にあるものを勝手に触るのはダメだろ」
ひなたは頬杖を突きながら、マウスを動かしていた。
そしてぶっきらぼうに言った。
「許可するよ。連帯責任ってことで、掃除よろしく」
「ったく……仕方ねぇな……」
間宮に振り回されている気もするが、ひなたの協力は必須らしいので、しぶしぶ了承する。
適当なレジ袋を拝借し、明らかにゴミだと言えるものを放り込んでいく。
キッチンの方からは、フライパンの爆ぜる音と、卵を溶く音が聞こえてきた。
間宮の料理は順調のようだ。
掃除が進み、ある程度踏み場が増えてきたところで、妙なものが目に留まった。
……紐が二本付いた黒い布が落ちている。
これも何かのゴミだろうかと、加神は手に取って確認してみた。
それは下着だった。しかもおそらく、ひなたの物だ。
他人の趣向に口を出すものではないが、予想外の物体に、手が止まってしまう。
「…………」
これはどうすれば良いんだろう? 見なかったことにすれば良いのか? かと言って置きっ放しにするのも、意識しているみたいで気持ち悪い気がする……。
「……なぁ、衣類が落ちてたんだけど、どうすれば良い?」
「脱衣所に洗濯カゴがあるから入れといて」
ひとまず無難な訊き方をしてみると、意外にも、すんなりと回答が返ってきた。
言われた通りに脱衣所に向かう。
そしてゴミを捨てるように、ひなたのパンツを洗濯カゴに放り込んだ。
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