②ネイピアビルディング・802号室

「――よし、火鳥も移動を……」

 不動が802号室に戻ってきた直後、視界に会いたくない人物の姿が飛び込んできた。

「おかえり」

 左眼を紅く、右眼を碧く輝かせるエージェント。

 圧倒的な脳力を保有する脳力者。

 不動もCIPのエージェントであった過去があるから知っている。

 異色義眼(オッドアイ)の脳力者。間宮凛だった。

 そして、驚きの声を上げる暇もなかった。

 不動の両眼は、見えない力で切り裂かれていた。

「あああああああああああああああああああぁっ!」

 一瞬にして右眼が見えなくなる。

 当然だ。生の右眼を切り裂かれたのだ。血がどくどくと流れ出している。

 左眼はアンリミッターを嵌め込んでいるから無事だ。

 不動は苦悶し、痛みをどうにかして抑えようと床をのたうち回った。

「……やっぱりアンリミッターは壊せないか」

 脳力でアンリミッターは破壊できない。

 マクスヴェルが密度の高いエネルギーを保有しているからだ。

 間宮は、その性質に腹を立てているようだった。

「でも、その様子だと、まともに脳力が使えないんじゃない?」

「不動、しっかりして!」

 火鳥が大声を張って駆け寄ってくる。

 ――ドアが脳力で切り裂かれている。

 この部屋に駆けつけるにしては、あまりにも早すぎだ。

 紛れもなく、首堂の危惧していた通りだったのだ。

「……ま、みや……。なんでお前が……」

「あんたたちを捕まえに来たの。久しぶり、裏切り者」

 間宮は無垢な笑みを向けていた。

 この状況でどうしてそんな顔ができるのだろうか。

 不動と火鳥はたちまち恐怖に支配されていった。

「くっ――!」

 次に攻撃を仕掛けたのは火鳥だった。間宮に火炎放射を浴びせていく。

「加神は下がって。火傷じゃ済まないから」

 間宮は余裕の様子で、加神という名の一人の男に、背後に隠れるように言った。

 訳もわからず、あたふたしているようだが、どうやら新しい相棒のようだ。

 放った火炎は一切間宮に触れることがない。

 【障壁】の脳力を使っているのだ。

「効かないよ、その程度。……火鳥も両眼を切られたい?」

 火鳥は歯をきつく食いしばった。

 一方的な状況に、二人は何もできなかった。

「……火鳥……」

「……不動! 平気なの!?」

「逃げ、よう……」

 不動は朦朧とする意識の中、血塗れの手を伸ばし、火鳥の手にそっと触れた。

 なんとか繋ぎ合わせた意識を駆使して、この場を離れるためのルートを計算する。


 二人が移動したのは、ネイピアビルディング八階の通路だった。

 火鳥はすぐに状況を理解した。

「肩を貸してくれ……。これ以上、脳力は使えない……」

 不動は右眼を押さえ激痛にこらえながら、立ち上がる。

 左眼はまだ見えることができている。

 エレベーターのボタンを押すと、運良くこの階に留まっていたようで、すぐに扉が開かれた。

「しっかりして……」

 火鳥が珍しく自分を心配してくれている。

 不動はそんな不思議な状態に笑いながらも、エレベーターの中に歩を進めた。

 ――だが、そのときだった。

「っっっっっっクッソォッ!」

 不動の左足が見えない力に切られたのだ。

 体勢を崩した不動はエレベーター内に転がり込む。

 火鳥は不動の左足を回収すると、閉のボタンを連打し、一階を押した。

 【斬撃】の脳力――間宮は容赦しないようだ。

「痛ってェなぁ、あぁチクショー! なんで間宮が来るんだよぉっ!」

「落ち着いて、出血が激しくなるから……。ちょっとだけ我慢して」

 火鳥は不動の左足を断面にあてがうと、脳力で境目を焼き、切れた部位を繋ぎ止める。

 それでも足が正常に動くことはない。

 痛みで動かせないのか、神経を繋げないとならないのか、火鳥にはわからなかった。

「……早く、首堂と合流しねーと……」

「大丈夫よ。首堂は頭が良いから、一人でも上手く切り抜けるはず……!」

「だからだよ……。このままじゃオレたち、置いてかれる……」

「…………」

 最悪の状況を受け入れたくなくて、二人はただただ、沈黙するだけだった。

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