オッド アイ④

 これからどうすれば良いのか?

 様々な考えが脳内を飛び交ったが、しばらくしてから、加神も後を追った。


「待ってくれよ、間宮! まだ話は終わってないだろ……!」

「ごめん。今は、あんたと一緒にいる気分じゃない」

「そうかもしれないけど、首堂を捕まえるには、二人で協力しないと!」

 喫茶店を出てほどなく歩いたところで、ようやく間宮は足を止めた。

「……ねぇ、さっき頬の切り傷が治ったよね。それって脳力のおかげってこと?」

「脳力? なんで急にそんな話になるんだ」

「だって、脳力が発現したから、火鳥を捕まえられたんでしょ」

「俺の脳力は……【再生】だ。死んでも生き返る脳力だよ」

「なら、こうしようか」

「……へ?」

 次の瞬間、加神の肉体はバラバラにされていた。

 人通りのない路地裏に肉塊を放置して、間宮は再び歩き出す。

「しばらく一人にして……」


 ジュク……ジュク……ビュル……ビュル……。ジュク……ビュル……。

 まき散らされた肉片と液体が、元の形に戻っていく。

 最初に再構築されたのは右手だった。

 手を突いてゆっくりと立ち上がる。

 近くの窓に頭が映っていることを確認して、ようやく加神の意識が戻ってきた。

「……やってくれたな、あいつ」

 【再生】の脳力を持っているとはいえ、一方的に殺されるとは思わなかった。

 通りに出て周囲を見渡してみる。

 夜も深い時間になってきている。人影は見当たらなかった。

 このまま一人で行動しても仕方がない。

 かと言って、家に帰って寝る気分でもない。

 加神は端末機を取り出して、間宮をコールしてみた。

 ……しかしながら、当然のように応じてくれるわけがなかった。

 ――加神。君の活躍に期待している。相棒に見限られないよう気を付けるんだな。

 いつかの轟支部長の言葉が、脳裏を反響する。

 そうか……そういう意味か。

 あれは嫌味でもなんでもなく、そのままの意味だったということだ。

「……あークソッ! めんどくせぇなぁ!」

 加神はひとまず、ピチカートに留めたバイクの元へと引き返した。


 ――ハイツフェルマータ――


 日中に一度訪れた木造建築のアパート。

 加神は、件の部屋のインターホンを押してみた。

 しかしながら、二回押してみても返事はない。

 ドアに耳を当てて中の様子を確かめる。

 まさか、夜分に外出しているとも思えないのだが……。

『あんまり前出ないでね、ヒールが回らない。はい、ないす~。ちょっと、誰か助けて!』

 ひなたのような、そうではないような、女性の可愛らしい声が聞こえてくる。

 誰かがオンラインゲームでもやっているのだろうか。

 とにかく、人が居るのは間違いない。加神は三度インターホンを押してみた。

『――ごめん。ちょっと宅配が届いたから、一旦ミュートにするね』

 女性が適当な理由を並べると、前回のようにドアのロックが解除された。


 部屋に入ると、ひなたはチェアに胡坐を掻いて、忙しなくマウスを動かしていた。

 ヘッドホンを首に掛けた状態で、オンラインゲームに興じている。

 クリックとキーボードのリズミカルな打鍵音は、銃撃戦のごとく乱舞していた。

 もしかして、先の可愛らしい声は、ひなたが発していたものだったのだろうか。

「……こんな時間に何の用? マーリンからあたしに乗り換えたの?」

「間宮が一人で行動するとしたら、何処に行くのか心当たりはないか」

 ジョークをスルーされたのが気に入らなかったのか、ひなたがピクッっと反応する。

 それを誤魔化すように、チェアを回転させてこちらに振り向いた。

「……喧嘩でもしたの?」

「まあ、そんなところだ……」

「ふぅん。じゃあやっぱり、あたしに乗り換えたってことじゃん」

 ジト目で嬉しそうに笑いながら、腹の内を探るように静かに近づいてくる。

「マーリン相手に、よく無事だったね」

 いや、殺されたんだけどな……。

 加神は頭を掻きながら、胸中でそんなことを呟いた。

「マーリンが行く場所に心当たりはあるよ」

 ひなたは事情を悟ったように続けた。

「……けどさ、それをあたしから聞いてどうするの? マーリンはアンタと距離が置きたいんでしょ。だったらそっとしておくべきじゃない?」

「そうも行かない。首堂が計画を進める前に、早くあいつを見つけないと」

「……ほーん、熱心だね。加神生絃だっけ。マーリンが生絃を相棒に選んだ理由、なんとなくわかった気がするよ。ただ、大きなマイナスポイントはあるけど……」

 大げさに目を丸くしたかと思うと、そこでひなたは、加神の全身をてっぺんからつま先まで、舐めるように見渡した。

「マイナス……?」

「臭い。汗臭いっていうか、焦げ臭いっていうか……。嫌な臭いがプンプンする。マーリンに会っても、絶対に白い目で見られるよ」

「失礼だな。この部屋が臭うだけじゃないか? クラスメイトにガサツな奴がいるけど、そいつの部屋の方がまだマシだぞ」

 キッチンは日中に来たときと同じ状態で、カップ麵の容器は新しいものが増えている。

 時間に余裕があれば、改めて部屋の掃除をしてやりたいくらいだ。

「ちょっとぉ! 生絃もゴミ屋敷だって言いたいの!? あたしの城は、それぞれが完璧な配置で置かれてるの! 言いがかりをつけないでよ!」

「はんっ、それっぽい理由だな……」

 加神が追撃の言葉を考えていると、ひなたは踵を返して部屋の奥に引っ込んでいった。

 モニターがちらりと加神の視界に入る。

 メインモニターにはゲーム画面が表示されており、となりのサブモニターには、動画共有サービスのサイトが表示されていた。

 『アルちゃんどうした?』『じょぼじょぼじょぼ』『姫、手洗った?』……等々。

 内容だけ見ると、何やらコメント欄が無法地帯になっている。

「ゲームの配信でもやっていたのか?」

「……うぐ、文句ある……?」

「別に。好きなことに夢中になっているって良いことだと思うよ」

 ひなたは口を尖らせたが、言葉を飲み込んだようだった。

 そして一拍置いて上機嫌になると、揶揄うように笑った。

「生絃って、なんでも肯定するタイプだよね。あたしの好感度上げてどうしたいの?」

「いや、俺はただ……。ひなたにしては、可愛い声が聞こえたと思ってさ……」

「〝しては〟は余計だけどね……。そっか……可愛いって感じたんだ」

「っていうか、ひなたから見て、俺の好感度って上がってるんだな」

 ひなたは、暗闇でもわかるくらいに頬を上気させた。

「……あ、あのさ! とりあえずあたしと話す前に、シャワーでも浴びてきたら? 使ってもいいから」

 シャワーを、浴びる……?

 一体どうしたらそうなるのか。情報を提供する代わりに、ひなたから提案された内容は、加神の予想と大きく違っていた。


 雑然とした部屋とは相対して、浴室は異様なくらいに綺麗だった。

 熱いシャワーで、全身の汗と溜まりに溜まった疲れを排水溝へ流す。

 アンリミッターは一時的に外している。

 水に弱いと、間宮がそう言っていたからだ。

 右眼だけしかないという感覚が、何処か懐かしい気分だった。

「服は洗濯しておくね。三十分もあれば乾燥まで終わるから」

 脱衣所の方から、羞恥心を忘れたような、ひなたの声が聞こえてくる。

「あの……そんなに入るつもりはないんだけど……」

「生絃が着れる服はこれ以外にないし……。何ならお風呂に入って時間を潰してもいいよ。後で入ろうと思ってお湯を溜めてあるから。遠慮しないで」

 ちらりとバスタブの方を確認する。

 本当だ。気持ち良さそうな湯気が立っている。

 ここまで厚意にされて、それを無下にするわけにも行かなかった。

「……あぁ、わかったよ」

 バススツールに座って、黙々と頭を洗っていく。

 脱衣所からは、洗濯機の稼働音が聞こえてきた。

 服を脱ぐときに視界の隅に見えたが、オービタル社の最新モデルだった。

 あれなら、たしかに三十分もあれば、新品同然に洗濯してくれるだろう。

 ……それにしても、だ。

 加神はようやく冷静になった。

 なんで俺は、ひなたの部屋で風呂を借りているんだろうか?

 親しい友人でもないのに、女が自宅の風呂場を使わせる……?

 いやいや、いくら何でも隙を見せすぎだろう。

 意図があってやっているんじゃないかと疑ってしまう。

 ……考え過ぎか。額面通りに受け取って良いんだろうな……。

『――みんなごめんね。ちょっと大事な用事が入っちゃってさ、早めに配信を終わろうと思うんだ。いや、男とかじゃないから! それじゃ、次が最後の試合ね』

 またひなたの、外行きの声が聞こえてくる。

 どうやらゲーム配信の締めをしているらしい。

 加神はそこで、ひなたの正体が何なのかを察した。

 ……あぁ、これって『森羅アルト』の声じゃないか?

 前に友人に勧められて、そういうVチューバーの動画を見させられたことがある。

 テンションや声色、プレイしていたゲームからして間違いない。

 なるほど……。それがバレたくなくて、俺を風呂場に追いやっただけか……。

 というよりも、それこそ、ひなた相手に考え過ぎだったのかもしれない。


 洗濯された制服に改めて腕を通す。

 きっちり三十分、風呂を堪能させてもらった。

 今日は一日を通して、あまりにも色々なことがあった。

 真の意味で、気持ちが落ち着いたように感じる。

「……うん、さっぱりしたね。それなら何処に行っても平気そうかな」

「どうも……」

 ひなたは相変わらず、チェアの上で胡坐を掻いていた。

 加神はネクタイを結びながら話を聞いた。

「……で、マーリンが何処に行ったのかって話だったよね。……ちょっと心配なことがあってさ……それを言って、マーリンを売ったことにならないかな?」

「何をビビる必要があんだよ。友達なんだろ」

「そうだけど、マーリンは例外だからさ……。下手したら殺されるし」

「耳の痛い話だ……」

「どういう意味?」

「気にするな。それで、その心当たりって奴は?」

 小首を傾げるひなたを戻してやる。

「まー最悪、生絃を言い訳にすれば良いよね。多分だけど、普通に家にいると思うよ。マーリンは任務で鞠那シティを動き回っているか、自宅にいるかのどっちかだし。だからとりあえず、家に行ってみればいいんじゃないかな」

「なら、住所を教えてくれ」

「ふふふ、そう言うと思って、実は生絃の端末機にデータを入れておいたんだよね」

 得意気になって、指をクルクルと回している。

「はいどうぞ。ついでにあたしの連絡先付きだよ~」

 そしてプレゼントを渡すかのように、大げさなタメを作って端末機を渡してきた。

「おい、何勝手なことしてくれてんだ」

 受け取って中身を確認する。

 細かい機能に関しては、まだ把握しきれていないため、変化があるのか確信が持てない。

 ざっと目を通した感じでは、データを入れた以外に、余計なことはしていないようだが。

 加神は、端末機をブレザーの内ポケットにしまった。

「……まあ、何にせよ助かったよ」

「生絃ってさ、マーリンのこと、どれくらい理解してる?」

 唐突に、ひなたが神妙な面持ちになった。

「どれくらいって言われてもな……。あいつと会ってから、まだ二日しか経っていないし。これから理解していけば良いとは思ってるけどな」

「マーリンの過去は聞いた?」

「両親のことなら本人から聞いたよ」

「そっか……。それなりには認めてるみたいだね」

 認めている……か。本当にそうなんだろうか。

 【再生】を有しているとは言え、相棒を問答無用に殺す人間はそうそういないだろう。

「じゃあ、マーリンの病については知ってる?」

「病……?」

「……うん。これからマーリンに会いに行くんでしょ。だったら、相棒の生絃には知ってもらった方が良いと思うんだ」

 間宮の憎悪と負の感情に満ちた表情が、脳裏を過る。

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