第3話 道楽

「お前こそ、どうしてあの宝物庫に盗みに入ったんだ」

 反対に訊ねられる。ミカは少しためらい、結局自分の身の上話を二人に語った。

 ガンダラにはみなが苦しめられていること、庶民は明日の生活にも困るほど貧困に喘いでいること、そのせいで母親が過労死したこと、ガンダラに報復してやろうと決意したこと――。甘い蜜を吸っているのはガンダラに追従している一部の金持ち連中や権力者だけだ。いつだって犠牲になるのは、市井の民なのだ。


 そんなことを訥々とミカが話しているあいだ、二人は口を引き結んでじっとミカの言葉に耳を傾けていた。


「これは、思った以上の悪党だったな」

 話を聞き終えたユーレクが独りごちた。


「そのガンダラってやつは、買い占めた食材を使って毎日宴でも開いてるのか」

「いや。ガンダラは他人を信用してないから、大勢を招いた宴なんかは開かないよ。一人で豪勢な晩餐を楽しんで、食べ残したらあとは全部家畜の餌だ。俺たちよりもガンダラのところで飼われてる家畜のほうがよっぽどいいものを食べてるよ」

「町じゅうで結託してとっちめてやろうとは思わないのか」

「そんなものはもう、とっくにやったよ。腕に覚えのある男衆が集まって、ガンダラの屋敷に乗りこんだんだ。でも、返り討ちにあっただけだった。アジルーっていう屈強な用心棒を雇ってるんだ。大男で、すごく強い。そいつ一人に全部倒された。捕らえられた人たちはみんな見せしめに処刑されたよ。少しずついたぶって何日も苦しめて、最終的には……斬首だよ。それからはもうみんな怖れて、誰もガンダラに逆らおうとはしなくなった」


 逆らえば、待つのは死のみだ。

 ふうん、とギャリが呟いて何事か考えこむ。


「お袋さんが死んだって言ったな。親父さんはいないのか」

「父さんはもうずいぶん前に死んだよ。でも、死んだって悲しくなんかなかった。これっぽっちも尊敬なんかしてない。大酒飲みだったから、そのころから母さんは苦労してたんだ。死んだのも酒の飲みすぎが原因だよ」

「今はどうやって暮らしてるんだ」

「……少ないけど、貯蓄はあるから」


 母親が過労死するまでのあいだにコツコツと貯めてくれたものだ。質素だが、雨風を凌げる家もある。


「あとは近所のおばさんがときどき作った食事をお裾分けしてくれたり、店番を頼まれてちょっとだけど駄賃をもらったり、」

 天涯孤独となったミカに気を遣ってくれているのだろう。気のよいおばさんだ。しかし、こんな生活も長くは続けていられない。貯蓄はいずれ底をつくし、いつまでも近所のおばさんを頼っているわけにもいくまい。悪ければ共倒れになる。母親の報復を抜きにしても、ミカには早急に金銭が必要だった。


「どうやってあの宝物庫に侵入したんだ」

「……ふつうに、鍵を開けて。盗賊の真似事は得意なんだ」

 ミカは胴巻きに忍ばせていた道具を取りだして二人に見せた。廃材の金具などを拾い集め、自分で研磨して作ったお手製である。今ではずいぶんとミカの手に馴染んでいた。

 空中で操り、鍵を開ける真似事をする。その手捌きを見てユーレクが感心したように息を吐いた。ミカは少し面映ゆくなりながら、胴巻きに道具をしまった。


「ギャリこそ、どうやってあそこに侵入したの」


 おそらくギャリはミカが侵入する以前からもう、あの宝物庫のなかにいたはずだ。しかしミカがガンダラの屋敷に侵入したとき、扉はどこもきちんと施錠されていた。侵入を気取られないように再び鍵をかけたのかもしれないが、さっきのユーレクの反応を見るに二人はミカのような鍵開けの技能を持ち合わせているようには思えない。それならば何か別の方法で侵入したに違いなかった。


「宝物庫の壁の上部に、明かり取りの小窓があっただろ、」

「あったけど……、それが?」

 ギャリの言わんとすることがわからない。たしかに、小窓はあった。外側から梯子でもかければ手は届くだろう。警備も手薄だったし、陽も落ちたあとだから誰かに見咎められる心配もない。しかし、ミカでさえ腕一本通るかも怪しいほどの大きさだった。あそこから侵入できるとはとうてい思えない。ミカよりも体の大きいギャリであればなおさらだ。


「体を細切れにすれば通れる」

「……は?」

「だって俺たちは不死者だから」

 だって、ではない。ミカは目の前がくらくらしてきた。


 要するに、をユーレクがあの小窓からなかへ放りこんだのだ。三十秒もあれば――細切れだからもう少し時間がかかるのかもしれないが――ギャリの体は宝物庫のなかで再生する。これで侵入成功だ。あとは金品を奪い、部屋の内側から鍵を開けて外に出る算段だったのだろう。もしすんなり鍵を開けることができなかったとしても、すでにことを終えたあとなのだから少々手荒な手段を用いてもかまわない。

 ユーレクは外で待機している役目だったが、異変を感じて様子を見に来たといったところだろうか。あのとき正面玄関の鍵はミカが開けた。閉めることはしなかったから、ユーレクは鍵の開いた扉から難なくなかへ入れたことだろう。


「……ふうん。鍵開けの技術があるのはいいな。いくら再生するとはいえ、痛覚はあるからな。けっこう痛いんだ、毎度。それからまず服を着直さなきゃならないのも手間だ。服を無事に着終わるまでの時間が何よりいちばん緊張する。素っ裸での仕事は落ち着かなくてしたくないからな。ユーレクはやりたがらないから、実行役はだいたいいつも俺の役目だし。俺よりもユーレクのほうが絶対実行役に適任なのにな、」


 何かぶつぶつ言っているが、もはや突っ込む気にもならなかった。死のリミッターのはずれたものの感覚はミカにはわからない。


「でも、あの宝物庫は目くらましだな」

 ギャリの言葉を遮るようにユーレクが口にする。自分に向きかけた批難を逸らすためかもしれない。

「目くらまし?」

「ああ。あそこにあった宝石類は見た限り全部イミテーションだった。だから遠慮なく爆薬をぶっ放したんだろう」

 あれらがイミテーションだったとは気がつかなかった。だいたい、本物の宝石などミカは今までほとんど見たことがないのだ。ただ、たしかに言われてみればあのガンダラが大事な宝物を少しでも傷つけるような真似をするとは思えない。


 しかしミカは以前に、ガンダラが手に入れた宝物をあの部屋に運ぶのを見たことがあった。外側から気づかれないように観察していた程度だから確実にあの部屋だとは言いきれないが、それでも東側の突き当たりの部屋だったと記憶している。


「きっとあの部屋から本物の宝物庫に続く隠し通路か何かがあるんだろう」


 部屋の空間的に、壁の向こうにもう一部屋あってもおかしくなさそうだとユーレクは見立てているようだ。ギャリも同意見らしい。そもそも隠し部屋に続く仕掛けを探しているところへミカがやってきたのだという。


「屋敷の手のものなのか同じ賊なのか正体がわからなかったから隠れて様子を窺ってたんだが、いきなり罠の仕掛けられた宝箱を開けようとするからあせった」

「……それは、ごめん。本当に助かった」

「俺はミカの命の恩人ってやつだな」

 ギャリが得意げに言う。そのとおりであるし実際感謝もしているのだが、こうもあからさまな態度をとられるとなぜだか素直に同意する気にならなかった。


「ところで、ガンダラへの報復の話だが」

 ユーレクがミカに向きなおる。


「うん。何?」

「今回は失敗したわけだが、ミカは今後どうするつもりでいるんだ」

「どうするも何も……、また計画を練りなおすよ。成功するまでやってやる。絶対に、ガンダラは赦せないんだ」

 ミカは強い口調で吐き捨てた。母親が死んでからというもの、ガンダラに一泡吹かせてやることだけを生きがいに入念に準備を進めてきたのだ。一度失敗したくらいで諦めるわけにはいかない。あの宝物庫の宝がイミテーションであったとなれば、なおさらだ。どこかに隠されている本物を見つけださなくては気持ちがおさまらない。

「本気なんだな」

「当たり前だ」

「よくわかった。それじゃあ、おれたちも協力しよう」


 ミカはぽかんとして目の前のユーレクの顔を見つめた。虹色の睛が悪戯っぽくミカを見返す。


「……本気で言ってるの、」

 ミカとユーレクたちは、先ほど知り合ったばかりだ。お互いのことをまだほとんど何も知らないというのに、危険な橋を渡ってミカに協力する道理はない。


「もちろん」

 しかしユーレクは力強く頷く。いっさい迷いがなかった。ギャリも異論はなさそうだ。ユーレクの隣で同じように頷いている。ミカは信じられない気持ちで二人の顔を見つめた。


 これもまた、道楽だろうか。

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