第12話 後始末
ガンダラが町から逃亡したらしいという話は、一夜明けて瞬く間に町じゅうに広まった。
夜が明けてもあまりに静かすぎるガンダラの屋敷を前に異変を感じとった民衆が、ミカが開け放しておいた正面玄関からガンダラの屋敷内へと乗りこんだ。手に手に包丁やら斧やらの武器を携えて向かったものの、いっこうに出迎えるものの姿がなくひどく拍子抜けしたことだろう。
それでもおっかなびっくり屋敷内をくまなく見てまわり、後ろ手に縛られ猿轡を噛まされて転がっている使用人たちとアジルーを発見した。ガンダラの姿はどこにもなく、宝物庫とそれに続く隠し扉が開けられてなかから宝の山が覗いていた。
それからあとはちょっとした騒ぎだった。
使用人たちとアジルーの証言から、どうやら夜盗と化け物がガンダラの屋敷を襲ったらしいという噂が飛び交った。夜盗が化け物を従えて奇襲をかけたのだとか、別々の勢力がたまたま同時に襲いかかったのだとか、好き勝手な憶測つきだ。化け物を操っていたのはほんの小さな子供だったらしいという話もあり、ミカは苦笑せざるを得なかった。
化け物の話の出所はもちろんアジルーだ。
これも最初は、何度首を刎ねても蘇る不死者だと伝えられていたはずなのに、そのうちにいつの間にか首なし死体の幽霊にすり替わっていった。
最終的にガンダラの屋敷での一件は、やはりガンダラに処刑された民衆の祟りだろうというところで概ね落ち着いている。
実にいいかげんなものだが、ギャリやユーレクにとってはそのほうが都合がよいだろう。下手に自分たちに結びつけられる
しばらくのあいだは、ガンダラが町に舞い戻ってくるのではないかという不安がつきまとっていた。何せ取るものも取りあえず逃げだしたガンダラは、いっさいの宝物を置いていったのだ。集めた宝物の一部だけでも奪い返すべく戻ってきたとしてもおかしくはない。
三人も警戒を強めていたが、しかしだんだんと日が経つにつれてその心配が無用であることを確信した。ガンダラが町へ戻ってくる気配は露ほどもない。残した宝物への未練よりも幽霊への恐怖のほうが勝ったのかもしれない。あるいは、絵から脱けだしてきた――と思っているであろう――ギャリへの恐怖か。いつの間にか性根がねじ曲がってしまったようだが、もともとは有能な行商人だったはずなのだから、どこか別の町で真っ当にやり直してくれればよい。
ガンダラに雇われていた使用人たちとアジルーは町を追放になった。処刑処分という手段もあったはずだが、穏便に済ませたかたちだ。
あくまで裏方に徹して後処理は民意に委ねたミカだったが、実のところこの措置にはおおいに胸を撫で下ろしていた。誰であれできるだけ無駄な命は取りたくないのだと言ったギャリの言動が泡にならなくてよかったと、心底思った。
町からの追放措置は意外にもアジルーからの打診だった。この町にいつまでもとどまっていても、もう大金を支払ってくれる雇い主はいない。それならばきれいさっぱり町とは縁を切ってしまったほうが得策だと考えたのかもしれない。
屋敷の使用人はもともと金のためにガンダラに仕えていただけであるから、命を取られずに済むのならば町からの永久追放など安いものだったろう。
「絶対にもうこの町には戻ってこないし、誓って危害も加えない」
アジルーは民衆にそう訴えた。その言葉に嘘はないように思われた。実のところ、アジルーの興味はもうこの町から別に移っていたのだった。
アジルーは、死なない化け物を追求しようとしているのだ。
ただ、アジルーはけっして自分が不死になりたいわけではないのだろう。不死者という存在をいったいどうすれば殺せるのか。その方法を模索したいのだ。対峙した不死者であるギャリがまだこの町にとどまっていることにはどうやら気がついていない様子だった。
「利害も一致しているし、アジルーの前に姿を見せてやったらどうだ」というユーレクの揶揄に、ギャリはしかめっ面をしてただひと言、「遠慮しとく」とだけ答えた。さんざん首を斬られたために、もうアジルーと相まみえるのは食傷しているのだろう。
追従していたガンダラがいなくなると〈中央〉も見事に瓦解していった。民衆からの報復を怖れて夜逃げのように町を出る金持ち連中があとを経たなかった。あるいは、首なし幽霊の次の標的は自分だと震えあがっていたのかもしれない。
こうして町はすべての膿を出しきった。じき、正常に機能を取り戻すだろう。
町はにわかに祝杯ムードだった。
近所のおばさんもここ連日、目に見えてうきうきとしている。上機嫌で作ったスープをミカにお裾分けしてくれたりもした。いつもは野菜屑ばかりの具材もこの日ばかりはほんの少しだけ豪華だった。ミカは礼を言っておばさんからスープを受け取った。
自宅に戻ってスープを啜る。じんわりと胃の腑に沁みた。
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