第11話 宝物

 主が不在となった屋敷には、縛りあげられた使用人たちとアジルーが残された。使用人たちは誰一人抵抗する気もない様子で、みなおとなしいものだった。さいわい、アジルーもまだ目を覚ますそぶりはない。ギャリの踵がしっかりと決まったおかげだろう。


「念を入れて、もう一発くらい殴っておこうか、」

 ギャリのその提案に、ミカは全力で首を振った。殴りつけた弾みで逆に目を覚まして暴れられても困る。よけいなことはすべきではない。


 周囲の住民もまだガンダラの屋敷内の異変には気がついていないようだ。ガンダラが逃亡するときに暴れていたダラたちも、今は落ち着きを取り戻している。夜は穏やかなものだった。もう少し空が白んでくれば、異変に気がつくものも出てくるかもしれない。


 ミカたちは、ガンダラの屋敷の鍵を開け放してこのまま姿を眩ませるつもりでいた。何も英雄になりたいわけではない。個人的な目的のために行動したに過ぎないわけで、あれこれと担ぎあげられるような真似は面倒だ。それに、ギャリとユーレクのことをどう説明すべきかも迷う。

 あとの処遇は民意に任せればよいだろう。

 屋敷の使用人もアジルーでさえも、大金でガンダラに雇われていた身だ。忠誠心などは微塵も持ち合わせていないだろうから、案外に後処理はすんなりと済むかもしれない。


「ことが露見する前にさっさとずらかりたいところだが、宝物を少しばかり頂いていかないとな。ガンダラが民衆から巻き上げていたぶんは返すが、今回の手間賃くらいは受け取ったってかまわないだろう」

 ギャリが言う。


 もともとギャリとユーレクは、手持ちの路銀を増やすためにガンダラの屋敷に忍びこんだのだ。ミカも目的のひとつは似たようなものである。

 三人は一階の東側突き当たりの宝物庫へと向かった。玄関の錠前と同じく宝物庫の錠前もさらに厳重なものに付け替えられていたが、ミカは慣れた手つきであっさりと解錠する。

 揃って宝物庫のなかへ入った。ミカがランタンを灯す。


 前回の爆発の痕跡はかすかに残っている程度だった。床に点々と赤黒い染みが見られるのは、おそらくギャリの血痕の名残だろう。ただしそれもよく目を凝らしてみればわかるといった程度だ。ここであった惨状を知らないものは、たんなる床の汚れだと思うかもしれない。

 部屋の中央にはごていねいにも新しい宝箱が用意され、これ見よがしに置かれていた。大きさは前回のものと同じくらいだろうか。表面に色とりどりの宝石が埋めこまれているのも同じだ。おそらくこれにも、蓋を開けると爆発する仕掛けが施してあるのだろう。新たな罠だ。ランタンの明かりの下で燦めく宝石は美しく、これがイミテーションであると言われてもミカにはまるでわからなかった。

 それにしても、冷静に観察してみればこの宝箱はあきらかに不自然だ。少し考えてみればそこに意図が透けて見えるというのに、こんな罠に引っ掛かったのかと思うと口惜しい。


 三人は部屋のなかの宝物には目もくれず、それぞれに室内を調べはじめた。床の継ぎ目や壁の隙間などを入念に観察する。隠し通路や隠し部屋に繋がる仕掛けを探すためだ。

 ミカは床に這いつくばって継ぎ目をひとつひとつ丹念に調べていったが、怪しい突起や隙間のようなものはどこにも見当たらなかった。加えて、赤黒く変色したギャリの血痕がどうしても目に入ってしまい、どうにも集中できないでいた。床の汚れにすぎないのだと思おうとしても、ミカには難しい。爆薬で吹き飛んだギャリの凄惨な死体の様子まで思いだされてくる。


「どうも、このあたりが怪しい気がするんだよな」

 そのギャリは壁にかけられた絵画がよほど気にかかるのか、先ほどから絵の前に陣取ったまま動かずにじっと腕を組んで考えこんでいる。


 たしかに、宝物庫のなかでわざわざ壁にかけて保管してあるというのは何となく不自然さを覚える。しかしその違和感はごくわずかなもので、ミカはギャリほど気に留めていなかった。

「でも、織物だって壁に飾られているじゃないか」

 ユーレクもどちらかといえばミカ寄りの意見のようだ。いっこうに絵の前から動こうとしないギャリにやや批難めいた視線を向ける。たんに調査をサボるための口実だとでも思っているのかもしれない。

「そっちはフェイクなんじゃないか。織物をめくってみたが壁に怪しいところはなさそうだったし。それに、織物は何枚かあるだろう。絵画はこれ一枚きりだから……、」

 そこでギャリは、何かに気がついた様子で絵に向かって手を伸ばした。額縁の両端を掴む。壁から絵をはずすのかと思ったが、額縁を掴んだまま手首を捻って傾けた。キリキリと音を立てて額縁ごと絵画が回る。

「どうやら、当たりだ」

 嬉しそうに唇を舐めた。虹色の睛が輝く。

 絵画がダイヤル式の把手になっているようだ。おそらくこの向こうに三人が探していた隠し部屋があるのだろう。


 ギャリは額縁を掴んでむちゃくちゃに絵を回している。

「……そんな適当に回していいものなの。もっと、法則とか……、」

 思わずミカは口を出す。

 こういうのはたいてい、回す方向や回数に決まりがあるものなのではなかろうか。それを解く鍵はきっとガンダラの部屋か、屋敷内のどこかに隠されている。

 それがこういった仕掛けのセオリーだと思ったのだが、意外にも壁の奥で何かが解錠されるような鈍い音が響いた。壁がゆっくりと動いて、向こう側に空間が現れる。


 ギャリが、それ見たことかと言いたげな視線を二人に寄越した。

「力業だろう。無理遣りに回して、たんに破壊しただけなんじゃないのか、」

 ユーレクが冷ややかに言い放つ。是が非でもギャリの手柄を認めたくないらしい。

「仮にそうだったとしても、開いたんだからいいじゃないか」ギャリが不服そうに反論する。「ユーレクだって、ガンダラの部屋の扉をずいぶんとめちゃくちゃに破壊してたじゃないか。あれはとうてい幽霊の仕業には思えないぞ」

「進もうか」

 分が悪くなったと感じたらしいユーレクは、さっさと扉の向こうに歩みを進める。どっちもどっちだ、と横で聞いていたミカは結論づけた。二人して大雑把なところがある。互いに補いあう存在だと思っていたが、こんなところは似ないでほしい。


 奥の部屋は手前の宝物庫に比べていくぶん狭い空間だった。しかしその部屋のなかにはまばゆいほどの財宝が集められていた。宝石、指輪、腕輪、首飾り……王冠や金貨、つるぎなどもある。

「さすがにこっちの部屋には罠は仕掛けられていなさそうだな」

 ギャリがぐるりを見回してひととおり点検する。


 危険がないことがわかると、三人は早速宝物の物色をはじめた。さすがに嵩張るものは持ちだせないから、どれを頂いて帰るか選定しなくてはならない。

 ミカは持ち運びやすい宝石や金貨、指輪などを数個手に取って胴巻きに詰めこんだ。この数個だけでも価値は相当のものだろう。今回の手間賃としてはじゅうぶんすぎるほどだ。

 ユーレクは宝石や指輪などのほかに首飾りや腕輪なども選んで麻袋に詰めていった。麻袋は懐に入れて持ってきていたのだろう。さすがに用意がいい。

「それにしても、ずいぶんと集めたものだな。感心するよ」

 ギャリが選んだ数個の宝物をユーレクの手にした麻袋に放りながら言う。まばゆいばかりに燦めく宝物はそれこそ山のようにあり、ミカたちが少しばかりくすねたところでほとんど影響はないだろうと思われた。おかげで罪悪感もない。


 ミカはそこで、ふと誰かの視線を感じて顔を上げた。どこからか、見られている。そんな気がした。

 屋敷内に自分たち以外の侵入者がいるのだろうか。まさかアジルーが目を覚まして、縄を解いて執念深くここまで追ってきたのか……。厭な汗がこめかみを伝った。背筋に寒気を覚えながら、素早く周囲に視線を走らせた。


 瞬間、目が合う。


 しかしそれは、侵入者ではなかった。

 一枚の肖像画がこちらを見ている。絵画が収められた額縁には、まわりを囲うようにとりどりの宝石が埋めこまれていた。おそらくガンダラは、絵画そのものよりもこの額縁に価値を見いだして宝物庫に保管していたのだろう。

 しかしミカが釘づけになったのは、額縁ではなくそこに描かれた人物のほうだった。


「ねえ、あれ……」

 ギャリとユーレクの二人に声をかけて、肖像画を指差す。二人はミカの示すほう見るとそこに描かれたものを認めて片眉をつりあげた。


 肖像画は、ギャリにそっくりだった。

 褐色の肌に黒々とした髪。目の色だけが違う。絵のなかの人物の睛は、オパールのような虹色ではなく蜜を落としたような月色だ。しかしそれ以外はどこをどう見てもギャリと生き写しだった。


「なるほど。それでガンダラは、ギャリを見てあんなに驚いていたのか」

 ユーレクが肖像画を手に取って眺めながら独りごちる。

「どうしてここに」とガンダラは口走っていた。目の前に立つギャリが、絵のなかから脱けだしてきたとでも思ったのかもしれない。それはガンダラにとっては首なし幽霊よりもよほど恐怖の対象になり得たのだろう。

「それにしても、本当にギャリにそっくりだね」


「そっくりというか……、これは、俺だな」

 神妙な顔をして絵画を眺めていたギャリが、やや気まずそうな口調で言った。

 ミカは驚いて思わずギャリの顔を見る。ギャリは居心地悪そうにミカから視線を逸らした。肖像画とギャリを見比べる。

「ギャリ本人って……」

 たしかに見れば見るほどそっくりだが、ミカはにわかには信じられなかった。

 ギャリは不死者だ。かつて描かれた肖像画の人物がギャリ本人ということはあるだろう。それは何らおかしなことではない。

 ただ、絵画の人物はどこかの王族に見える。宝石のちりばめられた王冠を厳かに被り、澄ました表情をしている。身につけているものも至極上等そうだ。ミカが信じられない理由はそこにあった。これが目の前のギャリと同一人物なのだと言われても、どうしても簡単には結びつかない。


 ミカの態度を見て、ギャリは不満げに鼻を鳴らした。

「そういう時代もあったんだよ」

 失礼だとは思いつつも、ミカはギャリを食い入るように見つめた。これまでのことを思い返してみても、ギャリの言動はどちらかといえば粗野で品格のようなものは微塵も感じられない。高貴な出自であるとはとうてい信じられなかった。不死者として生きる何百年かのあいだに、品格は失われていったのだろうか。


「ユーレクは知ってたの、」戸惑いながら訊ねる。

 ミカと違い、ユーレクは先ほどからギャリの話を聞いても少しも驚いた様子がなかった。ただ動じていないだけかとも思ったが、ユーレクはミカの問いをあっさりと肯定した。

「たぶん、あの肖像画も昔に見たことがあると思う」

「……そう、」

 承知していながらあの態度だったのか……とも思う。正直、ユーレクのギャリに対する扱いがミカの判断を惑わせている部分も大きいだろう。

 思い返してみればユーレクはミカと一緒に朝起きないギャリに向かって一緒に平手打ちをかましたし、あまつさえ腹に思いきり肘鉄を食らわせていた。およそ王族に対する態度とは思えない。それはかつてそうであったというだけで、今はその肩書きも失われたものなのだと言われればそれまでなのだが。


「もっと俺のことを敬ってもいいんだぞ」

 ギャリがミカに手を伸ばしてきて、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱した。

「やめてってば、もう」

 手を振り払って抗議すると、ギャリは肩を揺らして笑った。ユーレクの手から絵画を奪いとる。

「せっかくだから、こいつも頂いて帰ろうか。ここで巡り合ったのも何かの縁だろう」

 ユーレクがわずかに眉をひそめた。

「本気で持ち帰るつもりなのか」

「もちろん」

「それなら、額縁だけでいいんじゃないか。絵自体にはさほど価値はなさそうだ」

「……絵がいるんだっての」

「冗談だ」

「お前の冗談は本当にわかりにくいな」

 ギャリが微苦笑を返す。何だかまるで緊張感がない。結局、ギャリは自分の肖像画の描かれたそれをしっかりと小脇に抱えた。


 三人は宝物庫を出るとひとまずはその場で別れた。ギャリとユーレクは宿屋へ、ミカは自宅へと銘々戻る。

 見慣れた建物が見えてくると安堵で思わず息がこぼれた。音を立てないように気をつけながら自室の扉を開ける。胴巻きから宝物類を取りだし、迷った末、抽斗の底に隠すようにしまった。

 固いベッドに横になると、緊張の糸が切れてどっと疲労が押し寄せてきた。とにかくこれで、ガンダラへの報復は完了したのだ。じわじわと湧きあがる感情を噛みしめる。


 その日ミカは、泥のように眠った。

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