最終話 不死者共

 ミカと別れた二人は中央広場を抜けて、頭の方角へと進んだ。石畳の印と砂鯨の体の方向は一致しているから、ちょうど町の進行方向になる。頭の方角にはかつてギャリが住んでいた宮殿がある。二人はそこを目指していた。


 さっきからユーレクもギャリもひと言も言葉を発していなかった。ギャリがどういうつもりかはわからないが、ユーレクは少し感傷に浸っていたせいだ。一緒に旅を続けることはできないとわかっていながら、それを理由に自分たちのほうから突き放しておきながら、ミカとの別れは心にどこか大きな穴が空いたように寂しい。


 ミカは本当に、アイシャに似ていた。


 ここしばらくずっと地中に潜っていたせいか、砂鯨の背の上にある町の建物はどこを見ても室内にざらざらとした砂が入りこんでいる。あとで掃き清めておこうとユーレクは思った。


 ギャリが宮殿の扉を開け、二人はなかへと入っていく。こちらの室内は少々埃っぽい感じがあるものの、体を休めるのに使う程度なら大丈夫そうだ。


 階段をのぼり、ギャリの部屋を目指す。かつて二人で酒盛りをしていたあの部屋だ。砂鯨で町から町へと移動するあいだ、二人はギャリの部屋で過ごすことが多かった。


 室内に入ると、ギャリはずっと小脇に抱えていた肖像画を壁に立てかけた。ガンダラの宝物庫に保管されていたのを持ち帰ったものだ。包んであった布をほどくと、宝冠を被り錫杖を持って澄ました顔をしたギャリが顔を覗かせる。

 ギャリは目を細め、その絵をしばらく無言で眺めていた。胸の裡にさまざまに去来する感情を噛みしめているのだろう。

「まさかこれをまた目にする機会がくるなんてな、」

 ぼんやりと、独りごちるように言った。


「金が入り用になってここにあったものをいろいろと売り払ったとき、どさくさにまぎれてどこかに消えたと思っていたんだ」

「……うん、」

「これを売るつもりはなかった」

「……うん、」

 こんなところで巡りあい、再び手元に戻ってくることになるとは、いったい何の因果なのだろう。


 ユーレクは肖像画を眺めているギャリの横顔をじっと見ていた。何だかギャリが今にも大声で泣きだすのではないかと思った。小さい子供のようにめちゃくちゃに泣きじゃくるのではないかと思った。

 都が滅びたあのときに家族や民衆と一緒に死んでしまいたかったのだろうに、ユーレクがそれを無理遣りに引き剥がして引き裂いてしまった。そのせいで、ギャリはいまだにここにいる。


「……なあ、ギャリ」思わず声をかける。

「何だ?」ギャリはユーレクのほうを見ることなく、壁に立てかけた肖像画に視線をやったままだ。

 ユーレクはほんの少しためらって、唾を飲み、乾いた唇を舐め、それからゆっくりと言葉を続けた。


「もしも……、もしもお前がどうしても死にたいと思っているのなら……、この先、このまま生きていくのがつらくてどうしようもなくて我慢がならないというのなら。おれが、お前を殺してやるよ。お前が生き返るよりも早く、おれがお前を殺し続けてやる」


 ギャリは肖像画から視線をはずし、ゆっくりとこちらを向いた。虹色の睛がユーレクを見据えている。眉をひそめ、しばらく何ごとか考えている様子だった。


「……何百年もか?」

 やがてゆっくりと口を開いた。ユーレクは頷いた。


「何百年でも、何千年でも」


 食事をしなくとも、ユーレクは死なない。ただ激しい飢餓感がずっとつきまとうだけだ。体が壊れても意識は保ち続ける。眠気は訪れるが、おそらく睡眠も絶対に必要なわけではないだろう。きっと、一度慣れてしまえばあとは簡単だ。


「……それで、お前はどうするつもりでいるんだよ。ユーレク」

 ギャリは何となく不機嫌そうに唇をゆがめた。


「おれは……、おれは、ギャリの傍にいられればそれでいい、」

 本心だった。たとえ地上で息をしているものが自分一人きりになろうとも、どんなかたちであれ傍にギャリがいてくれるのであればそれでいい。それだけでいい。


「……なら、やっぱりだめだな。俺は死ねない」ギャリは言う。


 それからユーレクの傍に寄って、右手を差しだした。


「どうせ傍にいるのなら、喋らなくてつまらない死体よりも生きている相棒のほうがいいだろうが」

「……そうだね、」

 泣き笑いのような顔で答えて、ユーレクはギャリの手を取った。温かく、血の通っている感触がする。




 二人の不死者を乗せて、砂鯨はどこまでも砂漠を進んでいった。

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熱国の太陽と眠らない月 老野 雨 @Oino_Ame

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