第5話 計画
「宝物庫の金品を少しばかり奪ったくらいじゃ飽き足らない。ガンダラが自らこの町を出ていきたくなるように仕向けよう」
それが昨日、ミカに協力すると決めた二人からの提案だった。ガンダラが自分の意思でこの町から出ていってくれるのであればそれは願ったり叶ったりである。後腐れもない。
しかし、いったいそんなことが可能なのだろうか。
「何かいい案があるの、」
ミカが訊ねると、ギャリは大きく頷いた。
「ああ。とびきりのな。それも、俺たちにしかできないやつだ」
俺たち――つまりは、不死者の能力を持つものたちということだ。そしてその「とびきりいい案」というのが、幽霊騒ぎを起こすことだった。
「恐怖を煽って追いだすのが後々も面倒にならなくていちばんいいだろう」
「でも、そう簡単にうまくいくとも思えないけど。幽霊を怖がるなんて、小さな子供じゃあるまいし、」
「そうか? 話を聞いてる限りじゃ、ガンダラってやつは肝っ玉は小さそうじゃないか。常に最悪の事態を考えているようなやつなんだろう。それに民衆を処刑した過去もある。そこに首なし死体の幽霊が現れたとなれば、昔に自分が処刑した誰かが化けて出たんだと勝手に勘違いしてくれる可能性はじゅうぶんある」
それはたしかにそうかもしれない。ただ、どんなに首なし死体の幽霊話が噂になったところで、いくらガンダラでも町を出ていきたくなるほどに恐怖することはないだろう。
そう言うと、ギャリは不敵に笑った。
「そこはユーレクの腕の見せ所だよ」
「ユーレク?」
実行役はギャリではないのだろうか。
「いや。今回ばかりは、ユーレクじゃないとだめだ」ギャリは首を振った。「俺はいわゆる致命傷を受ければ一度死ぬ。それから数十秒かけて生き返る。そういうたぐいの不死なんだ。でもユーレクは首と胴が離れたくらいじゃ死なないからな、首なし死体の幽霊役に適任だ」
首と胴が離れればミカは死ぬので、「くらい」の程度がよくわからない。黙っていると、ギャリはミカが納得したと解釈したのか勝手に話を進めていく。
「まずはこの町で首なし死体の幽霊の噂話を広める。それからじゅうぶんに広まってガンダラの耳にも入った頃合いを見計らって、ガンダラを直接驚かしにいくんだ。うまくいけば小便ちびって逃げだしてくれるだろう」
「……ふつうに逃げてくれればそれでいいよ」
「ふん。ミカは慎ましいな」ギャリはぼやいて、ユーレクに視線をやる。「ユーレクはどうだ? もちろん今回は、嫌がらずに実行役を引き受けてくれるよな? そもそもこの件の言い出しっぺはユーレクなんだし」
「ああ、もちろん。ほかならぬミカのためだ」
ユーレクが快諾する。そこまでミカを尊重してくれていたことに何となく気恥ずかしさを覚える。最初からユーレクは、ミカに対しては優しい。
ミカは二人の顔を交互に見比べた。
「ユーレクのほうが、力が強いんだね」
欠損箇所を修復して生き返るギャリも相当だが、首と胴が切断されても生命活動を続けられるというのはおよそ通常の生物を超越している。だからギャリは、宝物庫に忍びこんだときもユーレクのほうが適任だとさんざん口にしていたのだろう。
それにしても、不死の力に差があるとは思ってもいなかった。何となく、どちらも同じ能力なのだろうと思いこんでいたのだ。
「俺が不死者になったのは、ユーレクよりももっとずっとあとだからな」
ミカの疑問に答えるようにギャリがそう口にする。
「ギャリもそのうちユーレクと同じくらいの能力になるかもしれないっていうこと?」
「さあ。なるかもしれないし、ならないかもしれない。今のところ能力に変化はない」
再生能力が飛躍的に伸びることも、反対に落ちることもない。宝物庫で二人がそのような会話を交わしていたことをミカは思いだす。
「何なら、おれの能力も今ここで見せておこうか」
ユーレクが壁際を指差しながら言った。そこにはサーベルが立てかけてあった。あれを使って、今ここで首を切り落としてみせるということだろう。
ミカはゆっくりと首を振った。ユーレクの不死の力はたしかにまだ目の当たりにはしていないが、疑う余地などない。それに、一瞬でも部屋のなかが血腥くなるのは遠慮したい。もし室内に血痕のひとつでも残しては、宿屋の店主に説明するのも難儀だろう。二人はまだしばらくはこの宿屋に滞在する予定のはずだ。
「俺も、不死者になれる?」
代わりに口を突いて出た言葉に、ミカは自分でも驚いて慌てて口をつぐんだ。今まで、永遠の命がほしいなどと考えたことは一度もなかった。連綿と続く代わり映えのしない毎日を想像するだけで嫌気が差すというのに。なぜ、こんなことを口走ってしまったのだろう。
「……なりたいのか、不死者に」
ギャリとユーレクも驚いた様子でミカを見ていた。ミカはそれには答えずに、ただ曖昧に笑った。
「……不死者なんて、楽しいものじゃないぞ」
死にたがっているギャリが呟く。
何となく会話が途切れて、そこで散会の雰囲気になった。ユーレクがミカの見送りを申し出て立ち上がった。ギャリも続く。ミカは素直にそれに従った。三人のあいだで再びその話題がのぼることはなかったし、ギャリとユーレクも、今日はもうその話を忘れたかのような態度だ。ミカもあえて掘り返すことはしない。
当面は、幽霊話を町に流布することに注力する予定だ。昨日の今日で、ガンダラも屋敷の警戒を強めていることだろう。迂闊に近づくのは危険だ。
ガンダラの屋敷の宝物庫に夜盗が入ったらしいという話は、一夜明けて町じゅうに知れ渡っていた。それこそ、今のところ幽霊話よりも盛んに交わされている。さいわいにも目撃者の姿はなくミカたちが犯人であることは露見していないが、今後はいっそう注意して行動する必要があるだろう。
露店を見て歩きながら、ギャリは積極的に店のものに話しかけていく。そうして世間話に交えてさり気なく幽霊の話をした。少し後ろにユーレクが続き、ミカはさらに後ろをついて歩いていた。いつの間にか、案内役すら放棄している。
ギャリが野菜売りのおばさんと談笑しはじめ、ユーレクがその横であきれたような表情を浮かべていた。ミカはそれをさらに離れたところから眺める。
さながら太陽と月のようだ、と、思う。
底抜けに明るいギャリと、一歩下がったところから物事を俯瞰しているユーレク。一見まるで異なるようでいて、よくバランスのとれた二人に見えた。お互いがお互いを補いあっている。そんな印象だ。
「ミカ。大丈夫か。疲れてないか、」
少し物思いに耽りすぎたのか、ユーレクが気がついてミカの傍にやってきた。心配そうにミカの顔を覗きこんでくる。オパールのような虹色の睛がミカをまっすぐに見つめていた。ミカはかぶりを振った。
「大丈夫だよ。ちょっと、考えごとをしてただけだから」
「考えごと? ……今後のことか」
「いや。それもあるけど、ギャリとユーレクがまるで太陽と月みたいだなと思ってたんだ。一見全然違うのにやっぱりどこか似てる感じがして。きっと、お互い必要な関係なんだろうなって」
それが少し羨ましいのだと続けようとして、ミカは口をつぐんだ。ユーレクが虚を突かれたような表情をしていたせいだ。ミカから少し視線を逸らして、そうか、と独りごちる。
「……ユーレク?」
何やら様子がおかしい。変なことを言っただろうか。
「どうしたの、」
「いや。何でもない」
何でもないようには思えない。一心にユーレクを見つめていると、ユーレクが困ったように表情を崩した。
「ギャリはおれを恨んでると思う」
それだけ言う。
「……え?」
問い返したが、ユーレクはもうその先を続けようとはしなかった。ミカももう一度訊ね返すことはできず、そのうちにギャリが野菜売りのおばさんとの会話を切り上げて戻ってきた。大量のじゃがいもが入った袋を抱えている。買ったらしい。
「そろそろ宿に戻るか。今日のところはこんなもんだろう。見ろ、芋を買ったんだ。ちょっと……だいぶ芽が出てるが、食っても愛でてもいいだろ」はしゃいで言う。
それから二人のあいだの妙な雰囲気を感じとったのか、ユーレクとミカの顔を交互に見比べて怪訝そうに眉をひそめた。
「どうかしたのか?」
「何でもないよ。歩きまわって少し疲れただけだ。早いところ宿に戻ろう。ミカも少し寄っていくといい。あと、その芋は観賞用には不向きだ。可食部は旨いが、花は黒と橙の毒々しいまだら模様になるぞ」
ユーレクはそう言ってさっさと歩きだしてしまう。ミカも慌ててあとに続いた。
背後で、マジかあ、と嘆くギャリの情けない声が聞こえた。
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