第21話 流転

 町から町へ、国から国へ、転々と流れた。短ければ一か月ほど。どんなに長くとも三年を超えてとどまることはしなかった。ひとつところに長く居着くことはできない。長くとどまればとどまるだけ、外見の変化がないことに気づかれるリスクが高くなる。ひとたびそうとばれてしまえば、化け物と罵られて迫害されるだろう。


 最初のうちは頻繁に生活のリズムを変えなければならないことにひどくストレスを感じて苦労したが、それも旅を続けるうちに徐々に慣れてきた。不死者の体でも、まったく疲労を覚えないというわけではない。気力を恢復するまでに要する時間は短く済むものの、どうやら体力は無尽蔵というわけではないようだ。


 ただ、ユーレクが思っていた以上に不死の能力は高かった。胴体と首が切り離されても意識を保ち続けたし、切断面を合わせれば傷は瞬く間に塞がって、すっかり元どおりになる。仮に切断面がぐちゃぐちゃになって元の肉が失われるようなことがあったとしても、新たな肉が盛り上がってきて修復する。


 旅の途中で立ち入った森で狼に襲われて、体を食い散らかされたのだ。


 前の町から次の町へ行くには、森のなかを通るのが最短距離のように思われた。森には獰猛な動物が多く潜んでいるのだということを、ユーレクは意識していなかった。それは本で読んで何となく聞き覚えていた程度の知識で、実際に森に入ったのも初めてだった。正直に言えば、森に入ってみたい誘惑に勝てなかったのかもしれない。

 少し気分が高揚してこの旅を楽しみはじめた矢先に、繁みから飛びだしてきた狼に喉笛を食いちぎられた。突然のことで、反撃する暇などなかった。そのまま地面に引き摺り倒される。


 食い散らかされた体の一部のいくらかは狼の腹のなかに収まったが、残りはほとんど手つかずのままだった。せっかく手に入れた獲物を、狼はほんの少し囓った程度であっさりと打ち捨てて立ち去った。

 ユーレクの血肉は、どうやら狼にとってもまずいらしい。自分の破れた腹に鼻面を突っこまれて内臓を漁られてからすぐに放置して立ち去られるまでの一部始終を、ユーレクは黙って見ていた。落胆は服が一枚だめになったことに対してのほうが大きかった。


 べったりと血に濡れて破れた服を捨て、新しい服に着替えた。アイシャのナイフがきちんと手元にあることを確かめる。そのまま森を抜け、次の町へと向かった。狼はもう襲ってこなかった。


 もしもあのまま狼に体をすべて食べられていたとしたら、どうなっていたのだろう。それでもユーレクの意識は失われないままで、狼の腹を破って再生したのだろうか。きっと、そうなのだろう。


 旅を続け、幾度か死に――正確には、常人であれば死ぬほどの損壊を受け――修復を繰り返すうちに、ある程度自分の意思で再生能力を操ることもできるようになった。これは地味だが、たいへんに重宝した。怪我の治りを遅れさせておけば人前で奇異の目を向けられることはないし、不死者であることが露見するリスクも減る。ぐっと旅がしやすくなった。


 旅に目的地はなかった。強いて言うならばどうにかして死ぬことが目的だった。この広い世界のなかには、まだまだ自分の知らないことが山ほどあるはずだ。そうであれば、不死に打ち勝つ存在がいつか現れるかもわからない。ユーレクはそれを期待した。


 思いつく限りのありとあらゆる自殺の方法を試し、結局最後にはいつも落胆することになりながら、いくつもの季節といくつもの国境を越えた。


 やがてユーレクは、砂漠の広がる熱国へとたどり着いた。

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