第25話 オリエンテーションはタダじゃ終わらない
次の日。
予定通り、俺たちは校内の教室や施設を各クラスごとに順番に回った。明王学園の敷地は、馬鹿でかく、歩いて移動するには一苦労だ。
移動中、俺は相澤くんに話しかけられる。
「やあ、天内くん!調子はどうだい?問題なく、歩けそうか?美鈴様から、君を手助けするよう言われていてね!」
「え?あ、嗚呼、大丈夫。普通に歩けるよ。ていうか、美鈴様って?」
こいつ、こんなキャラだったか?少なくとも昨日は、もっと普通の印象を受けた。初日との違いに、俺は多少面食らう。
「ん?聞いてないのかい?僕は美鈴様の、愛の奴隷なのさっ!」
「いや、その…うん。下僕とは聞いてる」
「Not 下僕!愛の奴隷と呼んでくれたまえ!」
「ああ、うん。分かった」
もう、なんか既に面倒くさい。だけど、聞いておくべきことは、聞いておかないと。
「美鈴の事が、大好きなのは分かったけど、嫌じゃないの?幾ら、美鈴の頼みとは言え、他の男の面倒見るの」
そう、こいつは、俺と同じ転生者の疑惑がある。最初は、従順に従っている振りをして、寝首をかかれるかもしれない。
「ノン、ノン!確かに僕は、美鈴様を愛している。でも、それは敬愛だ!聞くが君は、神様に恋愛感情を抱くのかい?」
「へ?抱かないと思うけど…」
イマイチ、何が言いたいのかよく分からない。
「それと同じさ!僕にとって、美鈴様は神にも等しい、信仰対象なんだ!理解して貰えたかな?」
「へ、へー、そうなんだー」
全く持って理解したくない。脳が全力で持って、拒否してる。
「それにね、僕は美鈴様に慈しんで貰うよりも、ナメクジを見るような目線で蔑まれたいのさ!そしてあわよくば、羽虫のように踏ん付けて頂きたい!ハァ、ハァ…」
や〜べ〜。こいつ、新生のド変態だわ…
一体全体、何をどうしたら、こんな変態が出来上がるんだよ!
美鈴は一体、こいつに何をやらかしたんだ⁈
嗚呼、恐ろしや。考えるだけで身の毛がよ立つ。
「そんな訳だから、君をどうこうする気は無い。美鈴様の幸せは、僕の幸せ。美鈴様の幸せが、君の夢を叶えることなら、それは僕の幸せと同義だ。だから、そう警戒しないでおくれ」
「!」
変態の癖に、意外と鋭い。いや、変態だから気付くのか?警戒していたのが、馬鹿馬鹿しく感じる。
「まー、何はともあれ、よろしく!相澤」
「こちらこそだよ、天内くん!」
こうして俺は、一日の体力の大半を相澤に消耗させられる羽目に遭いながら、午前中が過ぎて行った。
午後は体育館で、部活動紹介が行われる予定だ。俺はもちろん、サッカー部一択だけど、他の部活がどんな発表をするのか気になる。
何せ明王は、日本屈指の名門校。部活動は多種多様に満ち溢れ、各分野で成果を上げている。
それは、運動部に限った話ではない。吹奏楽部の各コンクールの賞を総ナメにした、演奏は圧巻だったし、美術部はお題を貰って、即興アートを披露するなど、文化部の発表は見ているだけで楽しい。
科学部なんかは、会場全体を巻き込んだ、大規模な実験、最早マジックショーのようなものを見せ、多いに盛り上がった。
だけどこの日、一番の喝采を浴びたのは音楽部。平僕のヒロインの一人、天才ピアニスト「羽衣有紗」が所属する部だ。
音楽部の発表は、彼女一人による独奏。でも、それで正解だった。彼女の音の前では、どんな演奏も歌も不純物としかなり得ない。
曲名は「アイネ・クライネ・ナハトムジーク 第1楽章」、かの有名なモーツァルトの、誰でも知ってる名曲だ。
俺は漫画やアニメでは、決して体験できることのない、音楽の世界に引き摺り込まれた。
身体中から、何かが湧き上がるような、それでいて背中を押されるような、そんな気分に浸る。これは、直接聴いてみないと分からない。
クラッシックに明るくない俺でも、凄いと分かる演奏。分野は異なるけど、兄貴や葵に匹敵する才能の持ち主だ。
ふと視線を感じて、その先を見ると、表情を無くして、こちらを見詰める美鈴の姿があった。
しまった!羽衣さんの演奏に聴き惚れていたのが、顔に出ていたか?
俺はどこかの主人公よろしく、鈍感バカではない。美鈴が俺に向けてる感情が、普通の恋愛感情では無いことくらいには、とっくに気が付いている。
そりゃあ、美鈴のことは憎からず想ってるし、いつかは、俺の方から告白したいと思ってる。
だけど、今は無理だ。俺はまだ、彼女の気持ちに応えられる程の覚悟がない。
俺には、彼女の愛情に押し潰されず、同じくらいの大きさの愛情でもって、彼女に送り返せるだけの自信がないんだ。
いつか破滅する未来が、待っているのだとしたら、最初からそんな関係にならなければ良いと考えてしまう。
自分で自分が、情け無い。これじゃあ、原作の相澤を怒れない。どっちも、どっちだ。
恋愛がこんなにも、怖いものだとは思わなかった。皆、この怖さを乗り越えて、付き合ったり、別れたりを繰り返しているのだとしたら、本当に尊敬する。
俺は当分、この恐怖に打ち勝つイメージが湧いて来そうもない。
そんな、栓なきことを考えている間にも、どんどん部活紹介は進んで行く。
いつの間にか、文化部の発表が終わり、今度は運動部のパフォーマンスが始まっていた。今は、弓道部の演舞の最中だった。
「そこの君!今、顔を上げた君だよ」
まさか、自分だとは思わなかった俺は、辺りをキョロキョロと見回す。
「だから、そこの君だってば!そこの金髪で、ちょい悪な感じの君!」ビシッ
特徴を挙げられた上に、指を指されてしまっては、自分のことだと観念する他無い。
あと、見た目のことはほっとけ!
こちとら、少女漫画の当て馬ぞ?年々、目付きが悪くなり、軽薄そうな容姿になっていく事に、鬱になりかけていたというのに…
「ちょっと、ステージまで上がってきてくれないかな?手伝って欲しいことがあるんだ。なーに、そんなに難しい事じゃ無いから」
俺は渋々、体育館前方へ歩いていく。ステージまで昇ると、舞台袖の方へ行く様指示される。
待っていたのは、俺を指名したご本人、弓道部の主将兼、現生徒会長の「一条花凛」、人気No. 1ヒロイン様だ。
「よく来てくれたね。ありがとう!」
「いえ。それで、俺は何すれば良いんですか?」
「簡単だよ。これを身に付けて、ちょっと、ステージの上に立っていて欲しいんだ!」
そう言って渡されたのは、全身を防護するプロテクターと、如何にも手作りですと言わんばかりの、上に紙風船がくっ付いてるヘルメットだった。
「まさか、これ付けて矢の的になれって言うんじゃないでしょうね?」
「おお〜、正解!察しが良くて助かるよ」
「あんた正気か⁈人に矢を向ける意味、分かってんのか!」
余りの無茶振りに、思わず乱暴な言葉遣いになる。
「大丈夫!弓矢と言っても、オモチャだよ。先端が柔らかい素材になっているから、当たっても痛いだけで、怪我なんてしない。目は別だけど」
「そう言う問題じゃないでしょ!だいたい、なんで俺がこんな役目引き受けなきゃいけないんですか?やるにしても、弓道部の中から選んで下さいよ!」
「元々は、そのつもりだったんだけどね…。本番はプロテクター無しって言ったら、逃げちゃって⭐︎」
イカレてる。イカレてるよ、この女。ポンコツじゃねぇ、頭のネジが一本、どっか飛んでやがる。
「君を選んだのは、正面見ずに、暗い顔して俯いていたから。私達だって、君達新入生の為に、この日に向けて練習してきたんだよ?それを、何に思い悩んでいるのか知らないけど、見向きもしないっていうのは、失礼じゃない?」
「それは…、すんません」
「うん、分かればよろしい!だからこれは、君へのちょっとした罰であると同時に、ご褒美でもある」
「ご褒美?俺、マゾじゃないんですけど…」
「マゾ?面白いこと言うなー、君は!そう言う意味じゃ無いよ。青春には悩みが付きものだ。それ自体は結構!大いに悩むが良いさ。だけど、悩むばかりじゃ勿体無い。時には何も考えず、色んなことに飛び込むと良い。経験は必ず自分の糧となる。これは、人生の先輩からの、アドバイスだよ!人からの受け売りだけどね」
考え無しのイカれ女かと思ったけど、彼女なりに励まそうとしてたのか。もう少し、手段を選んで欲しかったけど。
「何ですか、それ。歳2つしか、離れてないじゃないですか」
「君にはまだ、早かったかな?まあ、その内分かるさ」
「……」イラッ
折角、見直した所だったのに、神経を逆撫でしてくる人だ。
「こう見えて、私は弓を始めてからというもの、的を外した事がない。君は、急遽決まった代役だし、自分が人を信じられない意気地なしだと言うのであれば、プロテクターを付けても構わないよ」
ブチッ!
その時、俺の中で何かが切れた。
「上等だっ!プロテクターなしでやってやるよ!その代わり、失明でもしようもんなら、慰謝料1億円以上ぶんどってやるから、あんたの方こそ覚悟しておけよ!」
「良いね、そうこなくっちゃ!それでこそ、君を選んだ甲斐があるってもんだよ。最も、そんな覚悟、私には必要ないけどね。だって、私は失敗しないから!」
大層なご自信だ。けど、俺も彼女の腕前を疑ってはいない。原作通りの彼女なら、必ず成功させる筈だ。
「さぁ、準備はいい?お客さんが待ってる。そろそろ、出番だよ!」
「うす!」
俺たちはステージへと昇る。
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