第2話 決勝戦・前半

 11月某日

全日本U-12サッカー選手権大会

東京都予選決勝

町田市立陸上競技場


「いよいよね。何だか、こっちまで緊張してきたわ」


「母さんが緊張してどうするの」


「だって勝てば全国よ、全国!緊張しない方がおかしいわ。ただでさえ、4年生でスタメンに選ばれてることに驚いてたのに、決勝まで勝ち進むなんて…

ここまできたら、何が何でも勝つのよ!」


 そう言って、興奮気味に早口で捲し立てる、母さんの目は見開かれていて、正直ちょっと怖い。


「美代子、落ち着いて。し、試合前に、プレッシャーかけるような事言っちゃ駄目だよ。海斗、とにかく、平常心、い…いつも通りを心がけるんだよ」


 そして、父さんよ。

言っていることは正しいが、平常心が必要なのは父さんの方に見えるぞ。目は忙しなくあっちこっちに動いてるし、挙動不審気味になってるから。これで普段、仕事できてるのか不安になってくる。


「うん、俺はいつも通りだから大丈夫だよ。父さんの方こそ、落ち着いて。」


 ほら、兄ちゃんに心配されてる。

ふぅ、仕方がない。ここは俺が、兄ちゃんが元気出るような、一言をビシッと決めようじゃないか。


「にーちゃんなら、かつる!」


…舌噛んだ。


「うん、テルがそう言ってくれるなら、大丈夫だね。兄ちゃん、頑張るから、観客席で応援頼んだよ」


 兄ちゃん、まじイケメン、天使。

スルーして、無かったことにする優しさ!


「「噛んだ(わ)ね」」ヒソッ


 うるさいよー、大人2人!

丸聞こえだからな!ちょっと、傷つくからな!もっと、兄ちゃんを見習えってんだよ!


「あ、集合かかったみたい。それじゃあ、行ってくるね」


 そう言うと、兄ちゃんは背を向けて、チームの元へ向かって行った。


「「「いってらっしゃい!」」」


 走って行く背中に、そう呼びかけると、兄ちゃんは立ち止まらずに、手だけ振って応えた。


「今のはちょっと、キザッたらしかったわね」


 いや…だから。そういうのは思っても、口に出さないでくれよ母さん…







 試合開始を告げる笛とともに、調布ファルコンズ対ユナイテッド・オブ・東京U12の全国行きをかけた大一番が始まった。

 

 あ、言い忘れてたけど、兄ちゃんの所属してるチームが調布ファルコンズの方ね。その名の通り、調布市を拠点に活動してるクラブチームで、主に地元の子が集まる。


 チームの特徴は、兄ちゃんを中心としたポゼッション主体の攻撃的なスタイルで、かつてのバルセロナを彷彿とさせる。


 ただ、本来パサーであるはずの兄ちゃんと比較して、決定力で見劣りしないFWの選手がいないのが現状だ。普通の小学生とあの兄を比較するのも、酷な話ではあるが、兄ちゃんが完璧に封じられた場合、他のメンバーどれだけ踏ん張れるかが鍵になってくる。


 対するお相手は、現在トップチームがJ1に所属する、ユナイテッド・オブ・東京、通称UTの下部組織だ。近年では、7〜10位に落ち着き、目立った成績を残せていないが、かつては国内3冠を成し遂げた、由緒あるチームなのである。


 ここ数年は育成にも力を入れており、東京のサッカー少年の中でも、選りすぐりのメンバーを揃えている。特に、GKの「本郷正明」は将来の日本代表候補と目されるほどの逸材だ。


 そのチームスタイルは、前線から積極的にボールを狙うハイプレスを駆使した、ショートカウンターでゴールに迫っていくのが特徴的だ。


 兄ちゃん達、調布ファルコンズからのボールで試合が始まったが、両者ともに、静かな立ち上がり。お互いに、相手の出方を探り合っている状態だ。


 ジュニア(12歳以下)の試合は前後半20分ずつ、合計40分で定められており、もうすぐ、試合開始から5分が経つところだ。そろそろ、この膠着状態が終わりを迎えてもおかしくはない。


 先に仕掛けたのは、UTの方だった。ここまで鳴りを潜めていた、ハイプレス戦術がついに牙を剥く。


 突如動き始めたユナイテッドに対して、動揺したファルコンズの選手の1人は、慌てて兄ちゃんに、ボールを渡そうとするが、これを相手選手にインターセプトされてしまう。


 ボールを奪った相手選手は、そのままサイドを駆け上がり、1人躱して中央にグラウンダーのクロスを供給すると、最後はドフリーの敵選手がこれをダイレクトでゴールへと突き刺した。

 

 前半7分、試合は0対1とユナイテッド・オブ・東京に一歩リードされる展開となった。


「今の何⁈ ボール取られたと思ったら、あっという間にゴールも奪われたんだけど!」


「相手狙ってたね」


「どう意味、あなた?」


「たぶんだけど、足下があんまり上手くない子を見定めて、そこにプレッシャーをかけることで、海斗にボールが回って来るタイミングを待ってたんだと思う」


 そう、開始5分の静かな立ち上がりは、どのタイミングで、どこにプレスを掛けるべきか、見極めていたのだ。


 実は、ボールを奪われてしまった味方選手は、兄ちゃんと同じ4年生で、今日が公式戦初出場だったのだ。というのも、本来のメンバーが体調不良で欠場し、急遽代役として選ばれたのが彼だったのである。


 デビュー戦が決勝戦ということもあり、緊張で固くなってしまうのも無理はない。だが、流石はJクラブのお膝元とでも言うべきか、そんな弱みを見逃す筈がなく、的確に急所を突いてきた。


 さらに厄介なことに、向こうはあえて、兄ちゃんをフリーにして泳がせていた。これまでの対戦相手は、ダブルチーム、最低でも1人はマンマークで張り付いて、兄ちゃんを封じ込めようと対策を取っていた。

 

 しかし、今回の場合は、兄ちゃんというファルコンズの強みを利用したのだ。スター選手がいるというのは、間違いなくチームにとってプラスに働く。だからこそ、ピンチになった時にボールが集まりやすく、裏を返せば、そこにパスが出ると予測が立てやすい。逃げ道をあえて作り、そこに誘導する、嫌らしく、有効的な手立てだ。


 ファルコンズにボールで、試合がリスタートするが、今度は打って変わって、ダブルチームで兄ちゃんにボールを触らないようにしてきた。


 こうなると、前線の選手が空いてくるが、そこに立ちはだかるのが、「本郷正明」。日本代表候補というのは伊達じゃなく、幾度となく決定機を阻む。


 兄ちゃんも、何とか相手を振り払おうと試行錯誤するが、洗練されたダブルチームが喰らい付き、今一歩出し抜けない。


 果敢に攻め立てるファルコンズだったが、攻撃の要を封じられた状態では、本郷さんの鉄壁の守りを崩すことができず、虚しくも時間だけが過ぎていく。そして、スコアは0-1で動かぬまま前半が終了した。

 

 

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