第3話 決勝戦・後半
「あそこまで…、海斗が抑え込まれてるのを見たのは、初めてだったわ」
いつも強気な母さんにしては、珍しく弱気な姿勢を見せる。
「流石、ユナイテッド・オブ・東京だね。ジュニアチームと言えども、伝統ある名門クラブの看板に恥じないように、よく練習しているのが分かるよ。むしろ、そんなチームに最大限警戒されている、海斗を褒めるべきじゃないかな」
父さんは、相手チームのことを素直に称賛しつつも、そんな相手に敬意を払われる我が子を誇りに思うと、フォローを入れる。
「だいじょうぶ。このまま終わる、にーちゃんじゃない」
「そうね。海斗を信じましょう」
「「うん」」
とは言え、この状況を打ち破るだけの策が俺には思いつかない。いったい、兄ちゃんはどう動くのだろうか。
ユナイテッド・オブ・東京のボールから、後半が始まる。ファルコンズは攻撃的な選手を1人投入したが、一方のUTは選手交代はなし。
また、前半とは異なり、兄ちゃんのポジションが一列下がっている。この変更には、どんな意図があるんだろうか。その答えは、存外すぐに分かった。
UTは選手2人を兄ちゃんに張り付かせていたが、徐々に徐々に、兄ちゃんは相手に勘付かれないように後ろへ下がっていった。
するとどうだろうか、一見、相手に自陣に押し込まれている形に思えるが、ハーフラインから相手陣地にかけて広大なスペースが出来上がっていたのだ。
UTは中盤の2枚を兄ちゃんに当てていたため、兄ちゃんが後退するに連れて、自然と釣り出され、最終ラインとの間に溝が生まれたのである。
プロ選手ならば、自分たちでラインを上げ修正することが可能だが、彼らはまだ小学生。
そこまでの、判断力・決断力は備わっておらず、無意識に前に引っ張られる者、その場に留まるものに分かれ、ディフェンスラインの統率に乱れが生じたのだ。
ここで、ポイントとなるのが本大会の規定だ。ジュニアの大会の多くは、8人制が採用されている。今回も例に漏れず、8人制となっており、つまりフィールドプレーヤーは7人だ。
今、ファルコンズ陣内にいるのは兄ちゃんとDF2人、残りの全員が敵陣へと駆け上がっていく。対するUTは、前世の選手4人がファルコンズ陣内におり、自陣には3人しか残っていない。
隙を見つけた兄ちゃんが、空いたスペースへとボールを蹴り込むと、味方選手がこれを回収する。統率の乱れた3枚のDFだけでは、ファルコンズアタッカー陣を止めることができず、波状攻撃がUTゴールを脅かす。
そして、再び立ちはだかる本郷さんの壁。一度ならず、二度までも弾き返されたが、最後はこぼれ球を交代選手が押し込み。値千金の同点ゴールを決めた。後半6分、ようやくUTの牙城を崩したのだ!
「「「よっしゃああー!」」」
家族3人、ハイタッチで喜びを分かち合った。
リスタート後、相手は兄ちゃんへのダブルチームを解除し、再びハイプレス戦術へと切り替えた。
だが、得点によって自信を得た、ファルコンズは余裕を持ってプレスを掻い潜り、兄ちゃんへとボールが集まる。こうなると、もう兄ちゃんの独壇場だ。
チームメイトを手足の様に操り、巧みな攻撃を展開していく。これにより、先ほどの失敗を取り戻そうと焦った、相手DFが足を引っ掛けてファルコンズの選手を倒してしまう。ゴール手前、絶好の位置でFKのチャンスを得た。
蹴るのはもちろん、兄ちゃん。
UT側も、兄ちゃんのフリーキックの腕前は知っているのか、壁を左に配置しコースを消しにかかった。
だが、兄ちゃんは右足の精度も高い。当然、誰もが右足で蹴るだろうと思い込んでいた。しかし、兄ちゃんはその一歩先を行く。
ボールの右側から助走をとり、左足で蹴ると見せかけたのだ。これに動揺するのは相手の壁だ。笛が鳴ると同時に駆け出す、兄ちゃんに気圧され、一足先に飛び上がってしまう。
まるで、それを嘲笑うかの様に、グラウンダーの鋭いシュートを放つ。これには、あの本郷さんでも一歩も動くことができず、ボールはゴールネットを揺らす。後半11分、ついに、勝ち越しに成功したのである。
「「「うぉぉー、っしゃあぁぁ!」」」
「何なの⁈ うちの子、天才じゃない?ある@&%々5>$tfpa♪☆*>=々€3vloi@:」
興奮し過ぎて、最早何言ってるか分からない母。
「あれ本当に僕の子? 凄すぎる!」
感動し過ぎて、血の繋がりを疑い始める父。
気持ちは分かるが、普通に恥ずかしのでやめて欲しい。あれだな、自分より興奮している人みると、冷めるってやつ、本当だったんだな。今この様子を録画して、後で冷静になった時に見せてやりたい。
兎にも角にも、これで2対1。
後は、9分間逃げ切るだけだ!
しかし、そうは問屋が下ろさなかった。これで後のなくなったUTは、前線の選手を入れ替えると、死に物狂いで攻めてきたのだ。
それまでとはまた、別種の圧力を醸し出すUTの選手達。それに圧倒される、ファルコンズの面々。
何とか踏ん張ろうとするも、後半15分。実に呆気なく同点弾を許すこととなった。
向こうからすれば、格下の相手に苦戦することすら許されない。ましてや、敗北など以ての外。まさに、鬼気迫る表情で攻めてくる。
ファルコンズも、兄ちゃんが守備に奔走し、DFの枚数を増やして何とかスコアを維持しようとするが、一向に攻め手が止む気配がない。
そして、試合終了間際、相手にCKを取られる。これを最後のチャンスとばかりに、本郷さんも上がってくる。
放り込まれてくるボールを、一度はクリアしたものの回収され、中央に山なりのボールを入れられる。
最後は、これに本郷さんが頭で合わせ、決勝点を決められてしまった。最終スコアは2-3、調布ファルコンズの敗北であった。
試合終了のホイッスルと共に、ベンチへと駆け出し、喜びを爆発させるUTの選手達、一方で呆然と立ち尽くしたり、座り込んだまま動けないファルコンズの選手達。
そんな中、下唇を噛み締め、空を見上げる兄の姿を見つけ、歓喜と絶望、興奮と熱狂が渦巻く舞台の上に、俺も早く立ちたいと願うのだった。
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