第4話 1章 エピローグ
試合終了後、ミーティングを終えた両チームの選手達が、続々と家族の元へ戻っていく。
我が天内一家も、スタジアムの外で兄ちゃんを待っていたが、その姿が見えない。
「海斗、遅いわね。」
「良い試合だっただけに、負けたのが余計悔しいんだろう。今は、待っててあげよう」
「でも、あんまり遅いと心配よね…私、試合前に必要以上に期待かけちゃったし。あの子、責任感強いから、気にしてないと良いんだけど…」
「おれ、トイレいくついでに、にーちゃんのこと、さがしてくる」
「迷子にならない様に、気をつけるのよ!」
「はーい」
用を足した俺は、スタジアムの中を散策する。まずは、選手控え室へと向かう。ここはすでに、戸締まりが終わっている様で、人の気配はない。
次に向かったのは、グラウンド。ここも、用具を片付ける人が数人いるくらいで、兄ちゃんの姿は無かった。
次は、何処に行くべきかと思案しながら、ふと、スタンドに視線をやると、静かにピッチを見つめる兄ちゃんがいた。
悔しさに顔を歪めている訳でも、悲しみに暮れている訳でも無く、静かに、ただ静かに。
まるで、この先を見据えているかの様に、ピッチから目を逸らさない姿が、そこにはあった。
声をかけるか迷ったが、何となく…その時間を、邪魔してはいけない様な気がした。
父さんと母さんのところに帰ろうかと思い、出口へと向かっていくと、グラウンドの隅っこから、子どもの泣き声が聞こえてきた。
近付いて行ってみると、見た感じ同い年くらいの女の子が、しゃがみ込んで泣いていた。
「パ〜パぁ! マ〜マぁ! お兄ぃぃ!ど〜こぉー!」
どうやら、迷子の様だ。
とりあえず、声をかけて、落ち着かせよう。
「だいじょーぶ?どうしたの?」
「うわぁぁーん!」
駄目だ、会話にならない。
こうなったら、多少強引な手段でいくしかないか…
俺は、思いっきり自分の手を叩いた。
「パァン!」
驚いて、こちらを見つめてくる少女。
「よし、顔を上げたな! 面白いもの、見せてやるから、俺から目、離すなよ〜!」
そう言って、彼女に笑いかけると、俺は近くに転がっていた、ボールを手に取る。
何をするのかというと、なんて事はない、ただのリフティングだ。
だが、侮ることなかれ、俺だってあの兄ちゃんと一緒に、1ヶ月練習してきたのだ。
50回は安定してできる様になったし、今回は魅せ方を工夫して、モモやヒール、ヘディングを使う回数を増やしてあげればいい。
そうして、リフティングを披露していくと、彼女の表情が明るくなっていく。
もう大丈夫だろうと思い、フィニッシュを決める為に、ボールを高く蹴り上げる。
「コラ! そこの君、何やってるんだ!」
用具を片付けていた人が、俺を注意する。
急に怒鳴られた俺は、思わず後ろを振り向いてしまう。
ほんの数秒、意識が逸れる。だが、その僅かな間は、俺が蹴ったボールが落下してくるには、十分すぎる時間で。
そして、ボールが俺の後頭部を直撃する。
「ぶへっ!」
「ちょっ、大丈夫か、君?怪我はしてないか?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます…」
本当は痛かったけど、俺は何とか平静を装うことにした。
そうすると、用務員の人が少し気まずそうにしながら、こう続ける、
「今のは、急に怒った私も悪かったが、こういう風に備品を勝手に使われて、怪我されたら、私達も困るんだ」
「はい、すみません。これから、気をつけます!あと、これ、借りてたボールです。勝手に使って、すいませんでした!」
「うん、素直に謝れることは良いことだ。それで、そっちの子は?」
「あ、たぶん迷子だと思います」
「そうか。私が親御さんの元まで、送ろうか?」
「大丈夫です、俺が責任持って送り届けるので!」
別に、この人に任せても良いんだけど、乗り掛かった船だし、どうせなら俺が最後まで面倒みたい。
「それなら、よろしく頼んだよ。2人とも気をつけて帰るように」
「はい、ありがとうございました!」
用務員さんが立ち去ると、すぐ後ろから何かに耐えるような、笑い声が聞こえてくる。
「っくく…、あっははは!あ〜もう、限界!おっかしい〜〜!」
「なんだよっ! 笑うなよ!」
「だって、『俺から目離すなよ』とか、格好つけておいて、最後『ぶへっ!』って。ふふふ。あんなの、笑わないの無理だよ! むしろ、直ぐに吹き出さなかった、あたしをほめてよね」
「だから、あれはあの人に急に声をかけられたから、失敗しただけでだな。本来なら、カッコよく決まってたんだよ!」
こんのガキ、さっきまでピーピー、泣き喚いていた癖に。
元気だしたと思ったら、逆にこっちを揶揄いやがって! やっぱ、用務員さんに預ければ良かった。
「はいはい、そういう事にしといてあげる。やくそく通り、面白いもの見せてくれて、ありがと!」
そう言って、とびっきりの笑顔を見せてくれる彼女。不覚にも俺は、ドキッとしてしまった。
泣いているときは、よく分からなかったが、少女の顔立ちは恐ろしく整っていて、将来はとんでもない美人になりそうだった。
決して、俺がロリコンであるとか、不名誉なことを言われる筋合いはない!
というかこの子、まだ俺のこと揶揄ってるな。その証拠に、口元がニヤついていやがる。
認めない、断じて認めないからな! この胸のときめきだって、気の所為だから⁉︎ ちょっと、運動して心拍数上がっただけだから!
って、俺は誰に言い訳してるんだ?いかん、いかん、少し冷静さを欠いていた。ここは、大人な対応を心がけよう。
「まぁ、それで泣き止んだんなら、良かったよ。で、これからどうする?歩けそうか?」
「んー。実は、迷子になって、歩き回っているうちに、もう足くたくたなの」
「じゃあ、手繋いでやるから、スタジアムの外まで行くぞ。今日の試合に出てた、選手の家族は今大体外にいるから。お前のこと見覚えないし、たぶんUTの選手の妹かなんかなんだろう?」
「うん、そうだよ。でも、こういう時って、ふつう、おんぶか、お姫様だっこじゃない?」
文句を言いつつも、俺が差し出した手を握り返す彼女。2人で、スタジアムの外に向かって歩き出していく。
「5歳児の腕力舐めんなよー。そんなことは、できん!」
「何それ、ふふっ。威張っていうことー?あたしのこと、遠回しに重いって言ってない?」
「言ってないっての。大人になったら、いくらでも、してやるっての」
「言ったな〜、約束だからね!あんたが忘れても、守ってもらうからね!」
「はいはい。お前の方が、覚えてたらな」
「む〜。あと、さっきからお前って呼ぶけど、辞めて。名前で呼んで良いいから」
「名前で呼べって、言われたってなー。知らないんだから、無茶言うなよ」
「あれ、あたし自分の名前言ってなかった?」
「言ってないな」
「あはは、ごめん。あたしはね、み…『美鈴ー!
どーこーだぁああ!』 あー、お兄の声だ…」
そう言われ、大声で叫び回る人物を見てれば、そこに居たのは、何と、あの本郷正明だったのだ。
「え? お前…、じゃなくて、美鈴のにーちゃんって、UTのキーパー、本郷さんなの⁈」
「そー。試合だと、頼りなるけど、いつもはあんな感じなのよ。お兄ー、こっちこっち」
美鈴は少し面倒くさそうに、手を振って、本郷さんを呼んだ。
「美鈴ー! 良かった、そこにいたんだな。ん? おい、ちょっと待て… そこのお前、誰の許可を得て、美鈴の、超絶柔らか、天使の手を握っているんだ、あぁん?」
あっれぇー?
この人、かなり面倒くさいタイプのシスコンだわ。
俺試合観て、ちょっぴり尊敬してたのに…
きっと、質実剛健を地でいく、頼れる兄貴分なんだろうなって、イメージを膨らませてたのに…俺の理想の、「本郷正明」を返してくれ!
「おいっ! 黙ってないで、何とか言ったらどうなんだ、ん?」
「あー、え〜と」
圧が凄え。試合の時より、強くね?
「お兄、こいつは… そういえば、あんた名前なんていうんだっけ?」
今、それ聞くタイミングか…?
「み、み、美鈴ぅぅ! ま、まさか、名前も知らない相手と手を繋いだっていうのか⁈ お兄ちゃんは、そんな風に育てた覚えはありません!」
ほら、見ろ。火に油を注いだ。
「ちっがーう!いや、違くはないけど。迷子になってたところを、助けてくれただけ。あと、お兄に育てられた覚えはないからっ!」
「そ、そんな、馬鹿な。覚えていないのか?赤ん坊の頃は、オムツだって取り換えてあげたし、粉ミルクを作って、哺乳瓶であげていたのもお兄ちゃんなんだぞ… つい最近まで、暗がりが怖いから、夜のおトイレも起きて、待っていてあげただろう?」
「あれは、4歳になるまでですぅー、最近じゃありませんー! それに、赤ちゃんの頃なんて、覚えてるわけないでしょ⁈」
「嘘だ…、俺の天使がそんなこと言う筈ない!やはり、お前が全ての元凶。あと、いつまで手を握ってるつもりだ!俺だって、最近は手に触れることすら、許してくれないんだぞ?」
だろうね。俺だって、こんな兄ちゃんだったら、触られたくないもん。
あと、手ね。おたくの妹さんが、離してくれないんですよ。頭に血が昇ってるのか、凄え力で握ってくるんですよ。痛いんですよ。
あー、もう誰でも良いから、この状況なんとかしてくれー!
そんな俺の願いが通じたのか、最高の味方が救いの手を差し伸べてくれた。
「うちの弟に、何か御用ですか?」
「む、お前はたしか」
「ファルコンズの、めっちゃ上手いイケメンさん!」
「にーちゃん!」
「「にーちゃん⁈」」
「はい。照人の兄、天内海斗です」
この上なく、心強い味方の登場に安堵すると同時に、先ほどの姿を思い出し、罪悪感に駆られる。
まじでごめん、兄ちゃん。こんなアホな事に巻き込んで。情緒もへったくれもないよね。
「御用も何も、お前さんの弟が、うちの大事な大事な妹を誑かしたからな。ちょいと、問い詰めてやろうとしているだけだ」
「そうなの、テル?」
全力で首を振る俺。美鈴も加勢してくれる。
「違います!迷子になっていた私を、照人くんが助けてくれたんです。だけど、そこのバカ兄が勘違いして、話をややこしくしてて」
「何だ、そうだったのか!最初から、そう言えば良いものを。だが、やはり手を繋ぐ必要は無いと思うがな」
「だから、もう何度もそう言ってるってば…もう、嫌だ、疲れるこの兄」
「そっかー。人助けしてたのか、テルは優しいね。よしよし」
「ちょっ、にーちゃん。俺、そんな子どもじゃないぜ!やめてくれよな」
実を言うと、兄ちゃんに撫でられるのは嫌いじゃなかったりする。ただ、人前では気恥ずかしいだけだ。
美鈴がジト目でこちらを見てきたので、ドヤり返しておく。どうだ、羨ましいだろう?この兄。やらねーけど。
「ところで、天内海斗。お前は、中学はどこのチームでやるつもりだ?」
ん?急に雰囲気変えて、真面目ぶりやがったこの人。
「特には考えてないですね。まだ4年生なので」
「ならば、俺のところへ来い」
うわ、ずいぶん直球できたな。
ていうかこの話、俺と美鈴、聞いてていいの?
「それは、ユナイテッドのユースへの勧誘という事ですか?」
「そうだ」
「何故です? 僕は今日負けたんですよ」
「俺たちが今日勝てたのは、自慢でも何でもなく、俺がゴールを守っていたからだ」
「はい。実際、何度も決定機を防がれましからね」
「俺は、6年だ。俺が卒業した後、アイツらが、お前たち、いや、お前を倒せるとは思えない」
「そうとも限らないのでは?」
「否、断言できる。そうなれば、必然、お前の名は全国に知れ渡る事になるだろう。きっと、様々なチームから勧誘を受ける筈だ。そうなる前に、優秀ななヤツを、スカウトするのは不思議なことか?」
「いえ、思いません」
「それに、お前はもっと上のレベルでプレーするべきだ。お前今日の試合、実力の7割程度しかだせていないだろう?」
まじか、俺全然気付かなかった。これは、本気でプレーしていないとか、そういうチャチな意味ではない。
本気を出すと、周りが付いて来れなくなるという事を暗に言っている。
「………」
沈黙でもって、応える兄ちゃん。
どうやら、図星のようだ。
「その点、ユナイテッドは本気でプロを目指す奴等が集まる。お前のその才能は、周囲の質が高ければ高い程、発揮される。お前自身も、望んでいるんじゃないのか? 全力を出してみたいと」
「考えておきます」
「3年後、お前と同じチームでプレーできる事を楽しみにしている。帰るぞ、美鈴」
「ちょっと、お兄急に帰ろうとしないでよ。じゃあね、照人、また今度!」
「おー、またなー美鈴!」
本郷兄妹がその場を去ると、兄ちゃんは小さく呟いた。
「プロか…」
「にーちゃん?」
「何でもないよ。僕らも帰ろうか」
「うん!」
※
???SIDE
「くそっ! あのヤロウ、僕とみーたんとの出会いを邪魔しやがって。あんなキャラ、原作にいたか?
第一、モブの癖に無駄に美形なのも腹立つな」
物陰から、一部始終を覗いてた者が姿を現す。少年でありながら、粘っこく、陰湿な雰囲気を醸し出している。
「だがまぁ良い。どうせ小学校は一緒だ。それに、僕はこの世界の主人公なんだ、なんとでも上手くいく。クヒッ、クヒッヒヒヒ」
不気味な笑い声が、辺り一面に鳴り響く…
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