第12話 伏兵

 試合は、俺たちユナイテッドのボールで始まる。


 うちのフォーメーションは4-3-3。

センターフォワード(CF)に俺が入り、前線から下がってボールを受け、中盤の選手たちと連携する、いわゆる偽9番として機能する。両ウイング、特に左に配置された夏目の突破力を活かす形だ。


 対するヴェルーナは、4-2-3-1。

よく日本代表が採用する、お馴染みのフォーメーションだ。ポストプレーに優れた選手をワントップな配置することで、前線でタメを作り、2列目の飛び出しから、得点を狙う布陣だ。特にトップ下を務める相手10番は、ゴール嗅覚に優れ、今大会も得点ランキング3位につけている。


 そして現在、得点王の座に位置するのは夏目だ。いつもなら、その夏目にボールを渡して攻めてもらうのだが…


 ボランチの右に入った翔太が、右サイドバックの選手と協力して、見事に夏目を封じ込める事に成功していた。


 これでは、迂闊にパスが出せない。

ならば、右サイドから攻撃を組み立てようと、右ウイングに入った3年の先輩にボールを預ける。


 だが、流石は長年の好敵手ヴェルーナ。思い通りのプレーをさせてくれる程、甘くはない。


 先輩は、カットインしてからのシュートが上手いのだが、縦への突破力は脅威ではない。縦へのスペースを開ける代わりに、中央の守りを固めてしまえば、ほぼ無力と化す。


 縦への推進力と決定力、その両方を兼ね備えた、うちのエースが夏目だ。しかし、今、そのエースには自由が与えられていない。


 ボール支配率では、こちらが上回っているだろうが、それは相手に持たされているだけに過ぎない。打開策の見えないまま、時間だけが経過していく。


 俺は一か八か、賭けに出る。  

夏目へのマークが緩くなった瞬間を見計らい、パスを出した。いや、しまった。


 ボールを受けた夏目は、そのまま相手陣地を切り裂くかと思いきや、1人の選手に止められてしまう。止めたのは、他でもない翔太だった。


 あの野郎、昔から対人守備は上手かったけど、まさか夏目を止める程とは…


 どうやら相当ヴェルーナで鍛えられたらしい。夏目から、完全にボールを奪い取るまでには至らないまでも、それ以上の侵入を許さない。


 夏目は翔太を簡単に抜ける相手ではないと判断し、仕方なく俺にボールを戻そうとする。


 しまった、と思った時にはもう遅かった。待っていましたと言わんばかりに、そのパスを横から掻っ攫われた。


 そして、そのまま前線へロングボールを入れる。

これを相手FWが、見事に収め、ボールをキープしてみせる。


 すると、相手の10番がその脇をするりと通り抜け、バイタルエリアに侵入する。


 当然、事前に危険な選手である事は知っていたので、ある程度この展開は予測していた。ユナイテッドのDF達の警戒度が一段と上がる。


 だが、それは罠だった。

相手FWは10番を囮にして、ペナルティエリア右手前にスルーパスを入れる。そこには、相手の右サイドバックが既に走り込んでいたのだ!


 スルーパスに反応したその選手は、そのまま右足を振り抜き、ダイレクトシュートを放つ。


 ユナイテッドGKは、なんとかこれに反応するが、無情にも指先を掠めるだけに終わり、ボールはファーサイドに吸い込まれていく。

 

 前半26分、東京ヴェルーナが先制点を奪う。


 思えば、夏目への警戒が緩くなった様に見えたのも、この為だったのだろう。


 こちらが焦れて、夏目を頼りたくなる状況を作り出し、そこを仕留める。俺はまんまと、相手の策略に嵌ってしまった訳だ。


 そして、この作戦の肝は1対1で夏目に抜かれないことにある。


 夏目は既に今大会でも、全国屈指のドリブラーとして注目を集めている。そんな相手を1人で任せられるとは、翔太がチームから相当な信頼を勝ち得ているのが分かる。


 そして、ヴェルーナの右サイドバック背番号2

「綾瀬川英介」なかなかの曲者だ。


 夏目も、なんとかコイツを振り払おうと、オフザボールの動き出しで、工夫していたが、ことごとく対処されていた。


 加えて、足も速い。

後ろを守っていたかと思いきや、次の瞬間にはペナルティエリア付近に現れていた。


 こうして俺たちは、思わぬ伏兵を相手に、苦戦を強いられることとなった…

 

 


 

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