第26話 野望
俺と一条先輩は、ステージの端と端に立つ。距離にして、約20メートルといった所だ。
舞台に上がった一条先輩は、袖裏で見せた様子とは異なり、静かに神経を研ぎ澄ませていく。
その様子は、冷たい美貌と相まって、いっそ神秘的と言える。絵画や彫刻のモチーフにもなれそうな、厳かな雰囲気をその身に纏う。
もう、この人ずっと黙ってれば良いのに…
一条先輩は、心配いらない。
問題は俺の方だ。このパフォーマンスを成功させるには、的が動かないという前提が必要。
即ち、俺がビビって避けないこと。下手に動いた方が、余計危ない。大丈夫、理屈は分かってる。だけど、怖いものは怖い。
やっぱ、プロテクター付けとくべきだったかな…いや、それも今更か。
上手い様に乗せされた気もするが、自分で啖呵切ったんだ、そんなダサい真似はできない。
緊張や不安を紛らわせる為に、客席を見ていると、美鈴の顔が目に入る。
あれは、どういう感情だ?
嫉妬半分、心配半分ってところだろうか?俺と一条先輩を交互に見比べている。
目があったので、笑い返しておく。美鈴を安心させる様ためだ。二重の意味で。
こんな無茶苦茶な人の相手なんて、プライベートでは勘弁してもらいたいし、この人が失敗する所も想像つかない。
だから、俺は大丈夫だと、心配いらないと伝えたかった。
そんな俺の思いが伝わったのか、美鈴の表情が和らぐ。
美鈴の顔を見てたら、緊張や不安が何処かへ行ってしまった。
なんて言うんだろう。勇気が湧いてくるだとか、力が漲るというのとは、またちょっと違う。
敢えて言葉で表現するとしたら、自然体でいられる、というのが近いだろうか。
これから、大事な試合の時は、美鈴の顔を見ることにしよう。
「さあ、準備はよろしいですか?生徒会長!」
今日、ここまで司会進行を務めていた生徒が、そう尋ねる。
「ああ、いつでも構わない」
一条先輩は、そう応える。この人、集中している時は、受け答えもクールなんだな。普段からそうしろよ。
いや、違うか。この、まるで抜身の刀を思わせる様な佇まい、意識・無意識問わず他を圧倒してしまう覇気こそが彼女の本質なのだ。
普段は、周りの人間の負担をかけない様、ワザととふざけたり、ポンコツぶりを発揮させているのかもしれない。
漫画を通して、一方的に知った気になっていただけで、こうして、向き合ってみないと分からなかった。
認めるのは癪だけど、この人の言う通り、飛び込んでみないと分からないことって、意外と多いのかもしれない。
「的役の方も大丈夫ですかー?」
司会の人が俺にも、尋ねてくる。
「大丈夫です」
腹は括った。いつでも来い。
「それでは、皆さんご静粛にお願いします!私が挙げている旗、この旗が振り下ろされたタイミングで、一条会長が弓を放ちます。集中の妨げとなりますので、極力物音は立てないようにして下さい。」
そうして、辺りが静まり返った時、旗を振り下ろす音だけが響いた。
同時に、矢が放たれる。
「ヒュン!」
風を切る様な音が鳴る。
気付いた時には、頭の紙風船は破れていた。
会場から拍手が起こる。
俺は、落ちた矢を拾って、一条先輩に渡しにいった。
「ほら、言っただろう?私は失敗しないって!」
「そうですね、お見事です」
「ふふん、当然だ。けど、君の度胸もなかなかだったよ。さっきは、態と煽る様な事を言ったが、本当に駄目そうだったら途中で止めるつもりだったんだ。存外、君が落ち着いていたから、私も気を散らさずに済んだよ。よく我慢して、身動き一つとらなかったね。褒めてあげよう!」
「それはどうも。知り合いの顔見てたら、落ち着いたんですよ」
「それはもしかして、彼女かな?」
「ノーコメントで」
「なんだい、つれないなぁ。それはそれとして、どうだい?このまま、弓道部に入ってみるのは。他のスポーツと違って、走ったり、跳んだりしないから、脚にも負担が掛からないよ」
こんな短時間で、普通気付くか?歩いている分には、自分でも殆ど違和感無いっていうのに。
「何で、脚怪我してるの知ってるんですか?見た目じゃ、もう分からない筈なのに」
「知ってた訳じゃないよ。ただ、歩く時、僅かに重心が傾いていたからね。そうじゃないかと思ったんだ。」
流石は、全日本チャンピオンだ。観察眼も一流って訳か。
「君なら、結構いい線いくと思うんだ。私から、男子部の方に紹介しても良い」
「そこまで買ってくれるのは、素直に嬉しいんですけど、遠慮します。俺はサッカー、一筋なんで」
「そうか、それは残念だ。とはいえ、これからの君の活躍に期待しているよ。頑張ってくれ!」
「あざっす!」
こうして、急遽飛び入り参加となった、弓道部の演舞は終わった。
その後、幾つかの部活の紹介を挟んで、遂にサッカー部の出番が回って来る。
明王サッカー部は、今年で創部80年。明王は来年で、創設100周年を迎えるので、割と初期から存在する、伝統ある部の一つだ。
その成績は、過去三度のインターハイ優勝、五度の選手権制覇を誇る。
近年は、目立った戦績を挙げられず、他の部の影に隠れがちだった。
しかし、一昨年の選手権準優勝を皮切りに、かつての栄光を取り戻しつつあり、昨年度はインターハイと選手権の両方を制した。
高校選手権では中継も入る為、注目度が高い。そのため、新入生にとっても、サッカー部は興味を惹かれる対象だったのか、周囲が騒がしくなる。
壇上に姿を現したのは合計11人。つまり、レギュラー全員が揃っている。
テレビでも観たことのある先輩達の登場に、沸き立つ体育館。その中から一人が、一歩前へ出てマイクを手に取る。
「サッカー部主将の桐生有朋だ」
キャプテンの桐生先輩も、高校サッカー界では有名な選手の一人だ。
ポジションはセンターバック。身長は180センチに届くかというところで、センターバックとしては決して恵まれた体格とは言えない。
しかし、足下の技術に定評があり、的確なボール回しで、ビルドアップに貢献する。
そして、1体1には無類の強さを発揮し、超高校級のDFとして、プロのスカウトからも注目を集めている。
「我々が掲げる目標は、高校三冠!高校三大タイトルと言われる、高校総体、選手権、高円宮杯その全てを手にすること!」
「悪いが、選手権の活躍を見て、安易な気持ちで入りたいという者は、ご遠慮いただきたい。我々と本気で頂点を目指す気概のある者でならば、上手い下手は問わない。共に天下を取ろうではないか!諸君らの奮闘に期待したい。以上だ!」
余りの迫力に静まり返る体育館。一拍遅れて、拍手が鳴り響く。
それにしても、高校三冠ときたか。
高校年代のタイトルとして、インターハイと選手権は有名だ。
特に、選手権は冬の風物詩として、夏の高校野球や正月の箱根駅伝に並ぶ、学生スポーツの一大イベントだろう。
そして最後の高円宮杯、正式名称を高円宮杯 JFA U-18 サッカーリーグ。ピラミッド式の3部構成のリーグ戦だ。
まず最初に、都道府県リーグ。これはその名の通り、各都道府県ごとに行われる。
その上に、全国を北海道・東北・関東・北信越・東海・関西・中国・四国・九州の9つで分けた地域で行われるプリンスリーグが存在する。
さらにその上に君臨する、全国を東西で二分したプレミアリーグ。東側をプレミアリーグEAST、西側をプレミアリーグWESTという。最終的に、東西の優勝チームで直接対決をし、年間王者を決める。
各リーグは、プロさながらに、昇格と降格が行われ、明王学園は今年から、このプレミアリーグEASTに参入することになっている。
高円宮杯は知名度こそ、選手権に劣るが、全国のクラブユース・高校サッカー部、その全てが参加する為、規模では上回る。
即ち、高校年代における、真の日本一を決める大会なのだ。
高校サッカー部にとって、このタイトルを取ることには大きな意味がある。
俺や翔太、英介の様にユースに上がれなかった、選手が全国のサッカー部には山ほどいるのだ。
そんな俺たちにとって、高円宮杯は昇格していった連中と本気で試合できる、またと無いチャンス。
ユナイテッドの元チームメイト達。来年になれば、あの葵が上がってくる。
あいつらを相手に、俺の方が上だと証明する絶好の機会…
カチリ。
俺の中の、野望という名の火が燃え上がる。
格上の天才達を喰らい潰し、最終的に立っているのは俺1人という、たまらない征服感!
嗚呼…、考えただけで、ゾクゾクしてくる!
そうだ!
俺はこんな所で、立ち止まっている暇はない。目の前に立ちはだかる連中を全員薙ぎ倒し、兄貴が待つ場所まで駆け上がるんだ!
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