第13話 騙し合い
俺は悔しそうに顔を歪める、夏目に声をかける。
「悪い、今のは誘われてた。俺のミスだ。」
「いえ、俺もいけると思ったんですけどね。あのボランチ厄介です」
「翔太か。あいつ、守備がかなり上手くなってる。」
「知り合いですか?」
「ああ。元チームメイト」
「そうですか。それより、どう攻略するか考えない
と」
そうですかって…
自分で聞いといて、その返答は興味なさ過ぎやしないかい? 別にいいんだけどさ。
「それについては、ちょっと俺に考えがある。
今から俺の言うこと、試してくれないか」
「何です? 無意味なことだったらやりませんよ」
「無意味かどうかは、自分で判断してくれ。いいか、向こうは…」
俺は気付いたことを夏目に伝える。
「なるほど… 試す価値はありそうですね。やってみましょう」
「ああ。ただし、動くのは後半からだ」
「こっちの狙いに気づかせず、相手に上手くいっていると錯覚させる。途中でハーフタイム挟まれて、対策されるのも面倒ですし」
「正解」
「前から思ったんですけど、天内さんって、結構性格悪いっすよね。相手の嫌な位置にいること多いし」
そりゃ、本来はお前を虐める張本人だからな!あと、そういうこと言ってるから、無駄に敵作ってるんだぞ。
「お前も、大概いい性格してるけどな」
「そうですかね?」
「そうだよ、自覚しとけ。 それじゃ、頼んだぞ葵」
「! はい」
試合が再開する。
俺たちはあえて、先ほどまでと同じ様にプレーする。一見すると、闇雲にボールを回している様にしかみえない。
作戦のことは、他のチームメイトにも伝えてあり、既に皆んな了承済みだ。
時折り、ボールロストからカウンターを受けるが、辛うじて失点を凌いでいるように演じる。
ここで、前半40分が終了する。
ヴェルーナの選手たちの表情は明るいが、肩で息をするものが多く、滝の様に汗を流している。
対してユナイテッドの選手たちは、表情にこそ苦しさはあるが、あまり息は乱していない。
果たして、追い詰められているのはどちらかな?
ヴェルーナのボールから、後半が始まる。
後半開始早々、俺達はこの試合、一度も見せていなかった得意のハイプレスを仕掛ける。
前半までは、相手がボールを持つのはカウンターの時だけで、基本俺たちがボールを握っており、試合のテンポ感は遅めだった。
だからこそ、後半立ち上がりの急な圧力に面食らう、ヴェルーナ陣営。なんとかプレスを回避しようとパスを繋げるが、お世辞にも上手いとは言えない。
簡単にボールロストし、守備陣形に切り替わろうとするヴェルーナの選手たち。だが、その足取りは重たい。
俺と葵、それから中盤の1人を加えたトライアングルを形成し、左サイドを攻め立てる。
俺が翔太を背負うことで、葵の道を作る。その道を葵は駆け抜ける。そして、右サイドバック綾瀬川選手と1対1の状況を作り出す。
葵はスピードに乗ったまま、突破にかかる。これに、並走する綾瀬川選手。
だが、そこで急停止する葵。綾瀬川選手は止まることができず、足がもつれてしまう。
その隙に、葵は内側へと切り返す。相手GKとの間に1人残っているが、葵は構わずに強く踏み込み、インステップで弾丸の様な強烈なシュートを放つ。
これが相手センターバックに当たり、GKとは逆側にボールが飛び込んでいく。
後半6分、1対1の同点。試合は振り出しに戻る。
俺達の狙いは単純、相手のスタミナ削りだった。
本日の気温は30度、試合が中止になる一歩手前の暑さだ。
いくら、北海道とはいえ夏は暑く、スポーツをするのはかなりキツイ。ちょっとやそっと、休んだくらいで消える疲労ではない。
さらに、それまでが70分形式だったのに対し、準決勝・決勝は80分形式。80分の試合に慣れてない、この年代の選手たちにとっては、体力配分が難しい。
ハイプレスは体力の消耗が激しい。だからこそ、俺たちは自分たちの体力を温存しながら、カウンター攻撃を甘んじて受け入れることで、相手のスタミナを一方的に削っていたのだ。
これが、サイドバックの綾瀬川選手に効いた。サイドバックはただでさえ、運動量が最も豊富なポジションだ。葵の相手をしながら、カウンターの要を担うのは重労働と言わざるを得ない。
彼は速さとサッカーIQの高さには、光るものがあったが、体力についてはサイドバックとして物足りなかった。これに気がついたから、この案が思い浮かんだのだ。
さあ、勝負が面白くなるのはこれからだ!
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