第14話 前進

 同点ゴールの立役者である葵は、何やら不満げだ。


「どうした? 難しい顔して」


「今のって、オウンゴール扱いですよね」


「まぁ、そうなるな。相手DFがシュートを止めようと反応して、足を投げたしたところに当たったから」


「どうにかして俺の得点として、カウントされないかなって」


「は?」


 俺は思わずマヌケな声を出してしまう。いや、そうだ。こいつはこういう奴なんだ。きっと、こういうエゴを持つ者が世界へと羽ばたいていくのだろう。


「お前たまにアホだな」


「いや、俺だって記録上変えられないことくらい、分かってますよ。ただ、心情として悔しいってだけで」


「それが馬鹿だなって言ってんの。オウンゴールにしろ、何にしろ、ゴールなのは変わんねぇんだから素直に喜んどけ。それに、見てみろよ」


 俺はそう言って後ろを指差す。そこには、まるで闘牛の様な勢いで、こちらに駆け込んでくるチームメイトの姿があった。


「なーつーめ!でかしたぞ、この野郎め!」


「ほんと、こういう時は頼りになるなお前!普段は、いけ好かねー奴だけど」


「いつもは、嫌味ばっかで気に食わないけど、良くやった!今日1日だけは許してやろう」


 普段の葵への不満を口々に言いながら、肩やら背中やらをバシバシと叩くチームメイト達。

 

 何人か本気で叩いてる奴がいるな…ま、自業自得だし、助け舟は出してやんなくていいだろう。


「いい加減、痛いっす!」


「わりー、わりー。日頃の鬱憤がつい」


「? 鬱憤って何に対してですか?」


 背中を摩りながら、そう尋ねる葵。自分に対する不満だとは、微塵も思ってなさそうだ。


「お前の日頃の言動だよ。胸に手当てて、よーく考えてみな」


「全然、心当たりないんですけど?」


 こいつ、まじで言ってんの⁈

心底分からないとでも言いたげに、首を傾げている。


「はー! これだから、やだね天才は。その他大勢の感情ってもんを、ちっとも理解してない」


「そーそー。もっと、先輩に気を遣えってんだよ」


「お前は、何でもどストレートに言い過ぎ!俺達にだって、プライドはある。言われてすぐに修正すんのはムズイけど、やりゃあできんだよ!」


「別に、そういつもりは無かったんですけど」


「お前がどう思ってるかは、関係ねー。受け取るこっち側の印象の問題だ」


「とにかく、まだ同点だ。ムカつくのは変わんねーけど、もう1点頼むぜ!」


「うす」


 良かった。ここに来て、チームがまとまり始めている。皆んな、普段は言えない本音を直接本人にぶつけることができて、ここ最近の不穏な空気が吹き飛んでしまった。後はこの試合に勝って、日本一を掴み取るのみ!


 東京ヴェルーナは、バテ気味だった綾瀬川選手を下げ、代わりにセンターバックの選手を投入した。

そのまま左へとスライドし、左サイドバックの選手が中盤に押し上げられる。


 3バック、いや5バックのような形だ。どうやら、あくまでカウンターにこだわるらしい。良いぜ、そっちがその気なら、その守備打ち砕く!


 試合が再開しても、自陣に引きこもっているヴェルーナ陣営。プレスも積極的には来ず、センターラインより前には出てこない。


 俺達は、流動的にお互いの位置を入れ替えながら、パスを繋いでいく。何本も惜しいシュートを放ってはいるが、あと一歩が遠い。


 俺は何か手はないかと、兄貴に言われたことを思い起こしていた。そう言えば、一つ意味の分からない練習があった。


『コンビニの看板を数えるー?』


『そ。まぁ、コンビニじゃなくても良いんだけど、練習の帰り道だったり、遠征行った帰りとか、普段何気なく眺めている景色を、良く見て覚えておくんだ。それから、スマホとかで確認して、自分の記憶と比較するんだ。毎日の変化もメモしておくと良いね。工事の進み具合や、車何台とすれ違ったとか』


『それに何の意味があんの?』


『無意識に視えるのと、意識的にのとじゃ、全然違うよ。試合に出てれば、その内分かるはずさ』


 あの時は意味が分からなかった。正直、今でも良く分かってない。だけど、前よりも味方の位置も、相手の位置も視えているのは分かってる。


 そうだ…

左サイドバックに体力がないって分かったのも、何とか葵を活かせないかと、意識的に左サイドをていたからで…


 つまり、フィールド全体を見渡す俯瞰の眼と、局地的に解像度を上げて観るレンズの様な眼。兄貴はこの二つを使い分けていたのか!


 いきなり、兄貴と同じ事をしようと思っても失敗するだけだ。まずは視野を広げろ。フィールド全体じゃなくても良い、相手陣地内だけでも何が起こっているか把握するんだ。


「!」

 

 一瞬、葵と目が合った気がした。


「そういう事か!」


 言葉を交わした訳じゃない。それでも意図は伝わる。俺は葵を信じ、ボールを託す。


 ボールを受け取った葵はドリブルで前進していく。すかさず、翔太が詰め寄ってくる。


 それを、フォローに来ていた味方選手とワンツーで抜け出す。だが、その先のゴールは固く閉ざされたままだ。


 葵は中を無視し、サイドをさらに奥深くまで削っていく。しかし、ゴール左脇、角度がなく直接は狙えない位置に追い込まれる。前後を相手選手に挟まれ、ボールを奪われるのも時間の問題。だが…

 

 ここだろ? ここに居ればいいんだろ。


「葵!」


 俺がそういうのが早いか否か、マイナスのクロスが飛んでくる。俺は相手DFを押し除け、一歩前に躍り出た!


 そして、力の限り右足を振り抜く!


「ガコン!」


 ボールはポストの角に当たりながらも、ヴェルーナゴールに突き刺さった!


「っしゃああ!」


 俺はアドレナリン全開で叫ぶ。


「ナイスゴール!」


「ナイスアシスト!」


 駆け寄ってきた、葵とお互いを褒め、ハイタッチを交わす。遅れて、他のチームメイトもやって来る。


「「「ナイスゴール、照人!」」」


 後半28分、スコアは2対1。

俺達は、日本一の栄冠に手を伸ばした。




⭐︎

祝 

月間100PV &ラブコメ部門週間ランク入り!


皆様のおかげで達成できました、ありがとうございます!稚拙な文章ではございますが、これからも本作にお付き合いくださいm(_ _)m

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