第6話 鮮烈デビュー⁈

 前回は俺の話で終わったけど、

今度は兄貴の話をしていこうと思う。

 

 あの負けから、さらに技術に磨きをかけた兄貴にとって、最早敵と呼べるような相手は都内にいなかった。図らずも、本郷さんの言葉通りになったわけである。


 それは全国に行っても変わらず、5年生でベスト4、6年生で準優勝を果たした。どちらも、PK戦の末惜しくも敗れてしまったが、兄貴は大会MVPを獲得し、全国にその名を轟かせた。


 そんな華々しい活躍があり、全国の強豪クラブから是非うちへと、勧誘を受けたが、兄貴が選んだのはユナイテッド・オブ・東京。本郷さんの誘いに応じたのだった。


 中学へ上がり、ジュニアユースのレベルの高さに、足踏みするかと思いきや、すぐさま環境に適応してみせ、夏の大会を迎える前には、主力メンバーの1人に数えられていた。


 秋には1年生ながら、U-15日本代表に選出され、国際大会での経験を積み重ね、着実に成長していった。

 

 中学3年生になると、クラブと代表、両方のキャプテンを任せられた。クラブでは、リーグ戦を制し、UTを3連覇に導いた。

 

 一方、代表ではフランス、トゥーロンで行われたバル・ド・マルヌ・トーナメントに出場し、サッカーの母国イングランド代表を打ち倒し、地元フランス代表をあと一歩まで追い詰めた。


 結果こそベスト8と、過去の記録を塗り替えることは出来なかったが、世界に「天内海斗」の名が初めて知られる切っ掛けとなった。


 高校に上がると、順当にUTのユースへと昇格し、代表には飛び級でU-18に招集された。


 トップチームの公開練習には訓練生として呼ばれ、トレーニングパートナーとしても十分な働きを見せた。高校2年生になると、トップチームのベンチメンバー入りを果たした。


 J1デビューも秒読みかと思われたが、ここで思わぬ足止めを喰らう。というのも、兄貴の競争相手は近々、海外移籍が噂されている有望な若手選手だったのだ。


 U-23日本代表にも何度か呼ばれ、オリンピック代表候補に入る、厄介な相手であった。


だが、ついにその時が訪れる…




 



 6月某日

本格的に梅雨入りする前の、貴重な晴れ間。この日も、兄貴はトップチームの試合に帯同していた。


 元々は、家族で現地観戦する予定だったのだが、父さんの休暇が取れず、兄貴も試合に出れるかは分からないと言っていたので、泣く泣く断念し、俺は1人部屋で、ユナイテッドの試合を観ていた。


 相手は昨年のJ1の覇者、神戸ヴァイソン。0-1のビハインドで迎えた、後半17分、相手DFとの接触により、UTの選手が1人倒れる。


 倒れたのは背番号8、「向井慶太」選手、兄貴の競争相手である。映像で観る限り、深刻そうな怪我には見えなかったが、どうやら交代させるみたいだ。


 もうすぐ、海外の移籍市場が開かれるということもあり、無理はさせない方針なのかもしれない。そして、1人の選手が呼ばれる。


「おや、ユナイテッドベンチここで動きますね。向井選手は、それほど重症ではないように見えたんですが」


「夏の移籍期間が近いですからねー。向井選手は海外挑戦を表明していますし、色々と憶測が飛び交っている状況。もしかしたら、もう既に交渉が纏まっているかもしれないですよ」


「なるほど。ここで怪我を悪化させて、取引きが

破談になるのは避けたいということですか。えー、呼ばれたのは背番号28、天内海斗選手です。なんと、現役の高校生のようですよー!」


 そう聞こえるや否や、俺は慌てて、台所で洗い物をしているであろう、母さんの元へ駆け出す。


「ちょっ、母さん! 母さん!ヤバい! 凄いことになってきた!」


「何よー。お母さん、夕飯の片付けの最中だから、

 あんまり手が離せないんだけど」


「そんなことより、これ見てよ! これ!兄貴がついに、試合でるんだよっ!」


「えーー⁈ だって、あの子、今日はあんまり期待できないって言ってたじゃない! どうしよー?今からでもお父さんに、伝えるべきかしら?」


「遅いよ! ほら、もう試合再開するから」


「ユナイテッド・オブ・東京の選手交代をお知らせします」


「No.28 天内〜海斗‼︎」


 そこからは、驚きの連続だった。

初のプロ公式戦、急遽代役として出場するプレッシャーのかかる場面、UTの選手達はある意味、無慈悲にボールを兄貴へと渡す。チームメイトに信頼されているのか、はたまた、この程度でプレッシャーに呑まれる奴は必要ないということなのか。


 だけど、兄貴はそんな事を毛ほども感じていないかなのように、淡々とパスを繋いでいく。


 すると突然、兄貴が前線へと高精度のロングパスを送り込む。味方FWの1人が、右サイドから裏抜けを狙っていたのだ。


 飛び出した味方選手は、兄貴のパスを見事に収め、ボックス内から強力なシュートを放つ。しかし、これはゴールポストに阻まれ得点には結び付かなかった。


「いや〜、凄かったですねぇ今の!交代直後、決定機を1つ演出します、天内選手。それにしても、デビュー戦、高校生とは思えない、落ち着きぶりですねー」


「天内選手は、飛び級でU-20に選ばれていますからね。正に、将来の日本代表を背負って立つ、注目の若手選手と言っても、差し支えないですよ」


 またも、兄貴にボールが渡る。次は何をするのだろうと、スタジアム中の視線を集めているのが、その場に居なくても分かる。


 兄貴は今度、自分でボールを持ち運び、敵陣へと切り込んでいく。相手選手が寄せてくるが、華麗なターンでこれを躱し、スルーパスを送る。


 これに反応した、元ポルトガル代表、背番号9

「ラファエル・レオン選手」がファーサイドを狙った、強烈なシュートでゴールネットを揺らす。


 中継を通して、スタジアムの割れんばかりの歓声が聞こえてくる。後半29分、同点に追いついた。


「「よっしゃー‼︎」」


 こちらも母と2人、スタジアムの応援に負けじと声をあげる。


「あ〜、もうなんで私たち、今日の試合観に行かなかったんだろう」


「仕方ないよ、父さん仕事だし。兄貴も来なくて良いよって言ってたから」


 実況・解説の人達も兄貴をべた褒めだ。


「いや〜、さっきから凄いとしか言いようがないですねぇ。初出場・初アシストを記録とは、とんでもないゲームメイカーに育ちそうですね!」


「はい、そうですね。デビュー戦であの落ち着き様、緊張とかしないのかな?(笑) 将来がとても楽しみな選手です。そして、一発で仕留めたレオン選手見事でした!」


 最早スタジアムは兄貴の虜だ。

兄貴がボールを持つ度に、期待から歓声が上がる。


 右サイドでボールを受けた兄貴は、股抜きで1人躱すと、中央へ入っていく。すかさず相手のフォローが入り、行手を遮る。


 すると、股抜きをされた選手が背後から迫り、兄貴のユニフォームを引っ張る。やはり、高校生にプロが良いように扱われたのは屈辱だったのだろう、勢い余って兄貴を引き倒してしまう。

 

 笛が鳴り、ユナイテッドはFKのチャンスを得た。

兄貴はチームキャプテンの元へ行き、何やら話し込んでいる。すると徐に、ボールの元へ向かう。どうやら、キッカーを任せてもらえたようだ。


 兄貴のフリーキックはユース年代では有名だったが、プロではまだ知られてない。偏った壁の配置はしておらず、これならイケルと思ったが、そんな甘い世界でも無いだろうと考え直した。

 

 ところが、そんな俺の心配を他所に、兄貴の左足から放たれたボールは綺麗な弧を描き、ゴール左上隅へと吸い込まれていく。これまで、幾度となく見てきた兄貴の十八番だ。相手GKも手が届かない。


 スタジアムは一瞬の静寂の後、怒号ともとれるような歓声に包まれる。1ゴール1アシスト。


 これが、後に語り継がれることになる、兄貴の衝撃のデビュー戦の内容だ。

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